2009/4/30

昭和55年の鶴見線  鉄道
インフルエンザで大騒ぎの昨今、ご多分にもれず私の妹夫婦がメキシコに赴任してるんですよ。やはり近々に帰国するらしいのですが、当の主人は現地に残るとのこと、さすが日本の企業戦士ですな。
まあ普通の成人であれば、死ぬようなことも無さそうなので大丈夫のようです。

さて、昭和55年鶴見線で使用されてた73系が101系に置き換わるとの事で、駆け込み撮影に出かけた時の写真を紹介してみます。
73系と言うと首都圏各線を走り回った車両で、首都圏では「ぶどう色」の国電で有名でした。今の通勤型車両の元祖的なタイプですかね。
旧型車にありがちな改造車が多く、形式が多岐に渡っているので、その辺は詳しくない実情から73系もしくは72系と言う括りで呼んでました。

当時鶴見線は、鶴見を基点に海芝浦行きと扇町行きが3連で運転され、武蔵白石〜大川間は単行のピストン運転でした。

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浅野駅を出る鶴見行き。左奥にチラッと黄色の101系が見えます。
サボは扇町が黄色地で、海芝浦が白地でしたね。

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浅野駅でのスナップ。沿線は工場敷地ばかりなので、撮影ポイントなどは無かったですよね。

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海芝浦駅から運河の夕暮れを撮ったカット。今はどんな感じなんでしょうかね。

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大川支線のクモハ12。正当側の顔つきです。サボはこちらが白地で、反対側は黄色地でした。

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こちらは整形顔です。やはり不自然さが出てますよね。
1駅の折り返し運転なんで、線路脇を歩きながら撮れました。

大川支線は単行と言う性格上、本線系統が101系化された後も暫く使用され続けたようです。
この時以来、鶴見線には乗ってないような気がしますので、景観も結構変わったんでしょうね。
近々、定点撮影も含めて再訪してみたい線区の一つです。

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タグ: 鶴見線 73系 72系

2009/4/27

東十条は撮りやすいです  鉄道
ここのところ毎週日曜日は撮影に出かけてます。
昨日は朝から青空が広がって絶好の撮影日和でしたね。午前中にFe4のシービーさんから撮影の誘いもあったものですから、夕刻の下り「カシオペア」と「足利藤まつり」でも撮って見るかと、前回行って好印象だった東十条駅付近のポイントに出向いて見ました。

日も長くなったので18時頃まで何とか撮れるかなと言うことで、線路脇の道をポジション選び。
線路に沿った道は今だ都心部では珍しく低いフェンスなんで、何処でも撮れるような場所なんです。駅を挟んでカーブとストレートがミックスされた線路形状も中々良い感じで撮れますよ。
私は、上下線とも狙える場所で撮ってましたが、シービーさんは下り優先ポイントで撮ってたようです。ただ、この場所西側が高台になってる関係上、線路に日が届く時間がえらく短い感じなんですよね。

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日曜運休の噂でしたが、今日はタンク車連ねてやってきました安中貨物。
貨車も珍しいタイプとのことで、バックショットも撮っときました。

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続いてやって来たのは、EH500-901です。上り列車は真正面になってしまいますが、写真的には好きな構図です。

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下り「カシオペア」。結構良い感じのカーブですよね。

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今回初めてバックショットも撮って見ました。

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環七の陸橋も欄干が低くて、撮りやすいですね。
足利藤まつり2号。

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「ホームタウンとちぎ」ちゃんとマークが用意されてるんですね。
もう殆ど日陰だらけですよ。

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本日のラストカット「足利藤まつり4号」。ISO800で精一杯でした。

丁度日没を向かえ、飲兵衛オヤジはいつものように反省会と称し、居酒屋へ向かうのでした。
ここも、いつフェンスが張られてもおかしくない場所なので、撮れるうちに足を運んでおきたい場所ですよね。

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2009/4/23

特急「有明」  国鉄特急
もうすぐゴールデンウィークですね。
景気も回復の兆しの見えないままで、長期休暇と言うのもあまりすっきりしないですが、大手を振って休める時なのでちょこっと近場海外鉄でもしてこようと思ってます。

フィルムスキャンもあまり進んでないのですが、もう手持ちのネガからは出てこないであろう物から記事にしてみます。
九州内特急としては、一番歴史のあるのが「有明」です。同じ九州内の「にちりん」は少々後に登場したようです。
もちろん今でも愛称は継続使用されてる列車ですが、新幹線博多開業の折には、はたしてどうなるかは予断を許さない状況ですね。
昭和50年代の話として進めますが、この頃から10往復も設定があり西日本では最多の運転本数を誇ってました。車種的には481系と間合い使用の583系がありましたが、481系しか出会うことが出来なかったようです。
481系もボンネットタイプの初期車ばかりで、200・300番台は殆ど無かったのではとも思えます。

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九州塗装と言うべきヒゲ無しタイプですね。「有明」は初期の赤スカート車が多かったですな。

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初期のタイプはヘッドライトが銀縁でした。私的にはこのタイプが好きでしたね。
連結器カバーもボコボコですな。

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昭和50年代後半に、佐賀線に乗りに行った時撮った写真です。

当時は国鉄でしたから、車両転属も全国的に行われていて九州の赤スカート車は、常磐線に転属して行ったようです。「ひたち」増発用かな?
そして最近、常磐線で使用されていた415系が九州に移動して行った話しも有名ですよね。
これも何かの縁なんでしょうね。

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現在の「有明」。「つばめ」に対して赤いステッカー表示があるのが目印になります。

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2009/4/21

多摩川線、どちらを思い浮かべますか  鉄道
日曜日の続きなんですが、タイトルにも書いた通り多摩川に沿って同名の路線が走ってるんですよ。
同じ東京都にありながら、東急と西武で同じ名前を使ってるので、結構紛らわしい感じがしますよね。
元々は西武だけが使ってた線名なんですが、東急が目蒲線と南北・三田線直通を果たした際、多摩川〜蒲田間を切り離して運転する形態を取った為、この区間を多摩川線と名づけてしまったのです。

私の場合住んでるとこが東急沿線なので、多摩川線と言えば東急なんですが、中央線や京王線沿線の方々だと西武なんでしょうね。
元祖とも言える西武多摩川線は、実際の所今まで1回しか乗ったこと無い路線です。それも夜間なんですよ。
そんなんで、撮影がてら乗って見ようと是政駅に向かって見ました。

西武の本線系統とは全く孤立した位置にあるので、何か不思議な感じのする路線ですよね。全線通しで乗らなかったのですが、全区間単線なんですかね。
2編成が武蔵境と是政間をピストン運転しているようでした。

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片面1線の是政駅。盲腸線なので、ここで線路は終わってます。
数分の停車で直ぐ折り返しです。

最初は武蔵境まで行くつもりだったのですが、車内放送で京王線乗り換えの放送があったので、白糸台駅で降りてしまいました。接続駅になってるのも今回初めて知りました。

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この駅が列車交換駅と電車区になってます。
全く単線運転を感じさず、上下列車が同時にホームに滑り込んでくるのはさすがですねぇー。

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八重桜が丁度満開の時期。ソメイヨシノに比べると見てくれはイマイチかな。

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多摩川線の主力101系。今ではここでしか見られないようです。

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新緑の中、黄色の車体は映えますね。グロベン姿も往年の総武線を思わせます。

この101系を含めた西武の車両は使い勝手が良いのか、中小私鉄で第二の人生を歩んでいるものも多く、日本の各地で見られるようです。
どうも最近は私鉄志向が強くなったらしく、このような支線系統に興味の対象が向いてる気がします。ただ、残念なことに各会社線に跨るフリー切符の類が存在しないため、金額的にはかさむのですよ。

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2009/4/19

南武線のヘッドマーク  鉄道のある風景
今日も良い天気でしたね。
会社まで野暮用があったので、カメラも持ってる事だし、ちょこっと大回りしながら行ってみることにしました。
普段は東横、銀座、千代田線を乗り継いで行くのですが、本日は南武、多摩川、京王、小田急線で代々木上原まで大回りしてみます。このルートで乗り換え駅がすぐ分かる人は凄いと思いますよ。

まずは、前々から気になってたコンクリートトラス橋が架かる矢野口駅で下車。下車と言ってもホーム撮りなんですけど。
ここも最近高架化されて、雰囲気が大分変わってしまいました。この先の稲城長沼、南多摩も高架化工事の真っ最中です。

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両側にコンクリートトラスがあって面白い構造になってます。ただ、終日逆光気味なんですよ。
数枚撮って南多摩駅に向かいます。

あまりに暑くなってきたので、缶ビールを買って多摩川の土手目指して歩きます。
ここは初めてなんですが、多摩川を渡る南武線と武蔵野南線の鉄橋が一望でき、ケーブル類も邪魔にならず鉄橋フェチには持って来いのアングルなんですね。ただし、南武線と武蔵野線の鉄橋の高さが違うので、時間を見計らって反対側に移動が必要です。
11時〜12時過ぎに貨物のスジが多いので、それまでは南武線でもと撮ってました。

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なんかヘッドマーク付きの列車が来ました。遠景で撮ってたので、どんな意味を持ってるマークなのかがイマイチ分からない状態で通過してしまった。
みなとみらいのイラストが書かれているようなのでY150関連かな。次回アップで狙ってみましょう。

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上流側に移動して貨物狙い。日曜なので運休もあるかなと思ってましたが、意外とやって来ましたね。

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この区間、旅客営業はしてないのでビールでも飲みながら、のんびり待つのが良いですな。見通しが良いので、遠くに見えてからでも十分撮影可能なんです。

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春ですね。

2時間程撮影して、橋を渡り是政駅に向かいます。やっと昼飯にありつけるな。

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2009/4/18

西鉄北九州線  路面鉄道
かなり久しぶりの路面電車ネタです。
当時それ程、路面鉄道に興味は無かったので撮影する機会もついで程度で、撮影枚数にしても多くはなかったです。
今は町並みや車なども含めて撮れる対象なので、機会があれば粘着して撮る対象にしています。

この西鉄北九州線も1989年4月に出張の際に時間が空いたので、撮ってきた代物です。
この数年後に併用軌道区間が廃止されるのが決定してたこともあり、カメラを向けた次第です。
このあたりの詳しい経緯は殆ど分からない状態なんで、ネットで調べた請負記事になってしまいますが、ご了承と言うことで。
この北九州線は、門司から折尾までを結ぶ路面電車で、その性格上、並走する国鉄線とは競合すると言う状況では無かったと思われます。
この写真を撮った時点で、門司から砂津間はすでに廃止。砂津から折尾間のみ運転で、砂津から黒崎間が併用軌道区間、その先が専用軌道で敷設されてました。
当時の風潮から、路面電車は車の邪魔者扱いされてましたから、やはり併用区間はご多分にもれず廃止対象になったのでしょうね。

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八幡付近で撮った600系トップナンバー。まだ冷房化もされてませんね。

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電停が八幡駅前になってます。冷房改造されたタイプがこの塗装になってるんですかね。
町並みも一緒に撮れるのが、良いところですな。

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同じ場所で後追い。奥に500系が見えますが、広島へ譲渡された車両もあるようです。

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オート露出で撮ったので、全くのシルエットになってしまった。
2連接車の1000系。

この後、黒崎から折尾間の専用軌道部分は継続使用されてたようですが、北九州の鉄鋼関連の斜陽化からか、採算が取れず廃止されてしまったようです。
現在LRTの復権が騒がれる時代なので、今残っていればまた違った結果が見えてきたのかも知れませんね。

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2009/4/16

東京口ブルトレ惜別「あさかぜ」  国鉄特急
ブルートレインの代名詞と言ったらオヤジ世代は間違いなく「あさかぜ」でしょうね。
昭和50年前後で、唯一の個室A寝台を含む編成を誇ってた贅沢な列車でした。東京ブルトレとしては50.3.10改正まで3往復の設定があり、東京口最後の20系寝台特急でもありました。
50.3.10以降は20系使用で2往復の設定が有ったため、写真の方は1号か2号かはよく分からないということもあり、ここではひと括りで紹介します。

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昭和50年交通公社時刻表より抜粋。
上り「あさかぜ1号」は下関発で東京7:30着。「瀬戸」の5分続行で走ってます。この列車で東京着ブルトレゴールデンタイムの第1段が終わり、通勤列車時間帯に突入します。
次の「あさかぜ2号」が東京着9:30着。2時間の空き時間がありました。
この2号が当時最も豪華な編成を誇る列車で、A個室を備えた唯一の存在でした。
ところで、時刻表の寝台マークの意味知ってますか、★は客車3段式、★★は電車3段式、★★★は客車2段式なんですよ。今では当たり前の2段式寝台も関東ではまだ見られない時代だったんですねぇー。
この2段式が特急寝台として関東で初お目見えしたのも「あさかぜ」でしたな。
多客期に運転されてた「あさかぜ51号」がそうでした。珍しさから初日に撮りに行った思いがあるのですが、ヘッドマークが付いてなくて残念な思いをしたのを覚えてます。

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これは昭和40年代に東京駅で撮ったやつだと思います。下りの「あさかぜ?号」です。
当時はホーム先端まで思う存分開放されてましたね。

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田町駅から。前後のネガから何号かは判断出来なくも無いのですが、そこまで気が回りませんでした。

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あまり後ろ姿は撮ってないのですが、前のカットの回送分だと思われます。

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根府川を行く「あさかぜ2号」。ここでは、遅い時間帯のやつしか撮れなかったので2号と言うことが分かります。

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しょっちゅう撮りに行ってたようで、こんなカットも有りました。あんまり上手くないですな。

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茅ヶ崎を通過する「あさかぜ1号」。

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私が撮った中では、最も新しい姿の「あさかぜ」。食堂車以外は銀帯の24系25型に置き換わった頃ですね。
この時点で、唯一の贅沢列車と呼ばれていた「あさかぜ」も終焉を迎えた格好になったのですな。

その後は鉄離れしてしまい、EF65PFやEF66が牽引してた頃の写真が全く無いので、変遷もイマイチ分からず中途半端な記事となっちゃったかな。
それでも、この「あさかぜ」が一番光ってた時代を記録できたのは、鉄冥利に尽きますよ。

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2009/4/14

上野着4本の客車寝台を撮る  鉄道
陽気も良いしたまには早起きして東京地区最後のブルトレ、銀トレでも撮りに行こうかなーって気分で、この前の日曜日に4列車まとめて撮影に行って来ました。
今や首都圏近辺では客車寝台列車は上野口でしか見られなくなってしまったので、神奈川県民としては、時間の関係上撮れる場所も限定されちゃいます。
シービーさんも参加するとの事でしたが、前回の爆睡寝坊の件もあったので、あまり期待せず白み始めた中、向河原駅へと向かいます。

南武線の始発電車で川崎を経由して延々と京浜東北で大宮方面に向かいます。
王子付近を走行中に「能登」とすれ違う。本日定時運転ですな。
一番早くやって来るのが「北陸」で上野着6:19なので、行ける場所にも限界あり。さすがにこの時期、日の出が早くなって光量はまあまあって感じですな。
曇ってますが、変な影が出ることを考えればこの位の方が良いのかな。
駅撮りはなるべく避けたいので、東十条の直線区間で撮影。

数十年鉄道写真を撮ってましたが、この場所は初めてです。
今だフェンスも低いし、線路間に架線柱もなく非常にスッキリと撮れる場所ですね。昔はもっと架線柱だらけだった気がしたので、逆に今の方が撮りやすくなったんですね。

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EF641053牽引の「北陸」。この時間はまず被ることも無いようです。
この後、少し遅れてシービーさん登場。今日は大丈夫だったようです。

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EF6437牽引の「あけぼの」。64牽引に変わってからはお初ですね。
個人的には普通色の方がマッチしてるような気がしますな。

上越線系統はこれをもって終了。次の東北線系統は少し時間が空くので、さらに遡って東北線白岡に場所を移します。
ホリデーパスだとほぼトントンの場所です。

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EF8199牽引の「カシオペア」。4本まとめて撮ろうとすると、週末だと日曜日ということになりますね。

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10分続行でやって来るEF8192牽引の「北斗星」。昔と違って単一形式でもいろんな塗装があるので、撮ってる分には楽しめます。

この区間も、これぐらいしか狙う物もなく寂しくなったもんです。
今日はダイヤ通りに走ってるようなので、貨物のダイヤグラム見て機関車でも撮ってこうと、もう少し粘って見ることにしました。
その模様は改めてという事で。

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タグ: ブルトレ EF64 EF81

2009/4/10

東北線船岡の桜道  鉄道
またまた桜ネタです。
東北本線の大河原から船岡にかけては、桜並木に沿って線路が走ってるので、桜の時期には列車との組み合わせで程よく撮れるポイントでしょう。と言うのも今回の写真は30年前の昭和54年の物なんですよ。
実際のところ今はどうなってるのか知りませんので、この写真のように撮れるのかは責任持てませーん。

今やこの区間を走ってる車両も様変わりしてしまったと思われますが、30年前はこんな感じでした。
天気がイマイチな日だったのか、くっきりすっきりとは行かなかったようです。

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キハ58系列で組成された、急行「あがの・いわき」。
あがのは磐西線経由の新潟行、いわきは磐東線経由の平行(現いわき駅)でした。

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仙台地区初の近郊型電車とデビューした417系。
3両1ユニット×3の9連で白石まで往復してました。

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455系急行「まつしま」。福島以北は6連が大半です。
多層急行でしたから、福島で「ざおう」もしくは郡山で「ばんだい」などとくっ付いて12連で上野に向かいます。

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485系特急「ひばり」。上野〜仙台間を結ぶL特急の代表格です。
四つ目車両なんで青森車ですかね。

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同じくボンネット「ひばり」。イラストマークになってもボンネットタイプは文字のままだったような気がします。

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ED7523牽引の雑貨物列車。当時はED71狙いでしたから、75なんか来るとがっかりしたもんです。

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ED751030牽引の高速貨物列車。高速貨物は1000番台重連限定の頃でしたね。

今では懐かしの列車や車両ばかりですね。
写真を見てる限りでは、つい最近の出来事のように感じてしまいますが、30年も経ってしまった事実を突きつけられたようで、なんとも言えない気分ですよ。

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タグ:  船岡 東北線

2009/4/8

Fe4桜の陣 夕暮れ編  鉄道
オンタイムの桜ネタで少し間が空いてしまいましたが、Fe4桜の陣の続きです。
勝沼ぶどう郷で上り貨物82レを撮り終えると、次のターゲットは毎度お馴染みのEF64重連貨物2459レです。
昨年秋に比べ日没の時間も遅くなってるので、条件は良くなってるだろうと言うことで幅を広げて撮影地を考えて見たのですが、宴会場所到着時間を考えるとやはり昨年同様の相模湖しかないと言う結論に達しました。

この相模湖駅は両側ともすぐトンネルに囲まれた場所にあるので、撮るのも大変なんですよね。
行き同様、笹子峠を越えると天気は鈍よりした曇り。またもや光量不足に泣かされそうです。駅を出て大月方向に向かってトンネルの上に丁度良さそうな場所が見えたので、時間も無いしそこで場所決め。

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ここの桜もこんな感じ。天気も最悪ですよ。

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編成を入れようとすると縦位置になるかな。ISO800まで上げてなんとかって感じですね。まあ、重連の雰囲気はしっかり出てますよね。

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スローシャッターしか切れなかったので、逆にヘッドマークはしっかり写りましたな。
これにて本日の撮影は打ち止めです。

宴会の地、新宿に19:00頃到着するのに一番良いのが「ホリデー快速ビューやまなし」でしたから、先ほどの普通の混雑を考えると相模湖からでは座れないのではと言うことで、またまたいつものグリーン車。ただこの列車、指定席なので指定券購入となりました。
待ち時間もたっぷりあったので、ホームのベンチで一杯入れて一息ついてました。
もうかなり暗いので、上りの「はまかいじ」も誰も撮らないという有様。そんな時2番線に列車到着の案内放送。とりあえず撮ってみるかなと私一人ホーム端へ移動。

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EH200-901牽引の5479レが入ってきました。これも土日運休なんですが、石油の動きが多い時期なんで運転されてるみたいですな。

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特急を退避して出発の時、見事なまでの赤い閃光がホームに差込みました。
甲府盆地は晴れてるので、山に太陽が沈む瞬間に雲の隙間をぬって光線が入ってきたのですね。

やっとやって来た「ビューやまなし」はことのほかスカスカで、先客1名がいるだけで後は我々3人だけと言う寂しさ。他線と違い車内販売もなく、じっとしてるだけでしたよ。

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約1時間の乗車で新宿着。LEDの愛称表示があるのを始めて知りました。

そして、何でこんなに人がいるのと思う新宿駅周辺を抜けて歌舞伎町の居酒屋へ。
少し遅れて、宴会のみ参加のtakeさん登場。なんか非常にスリムな体型になっててびっくりです。ブログも月1の更新だけしてるみたいなので覗いてみては。
その後は飲み足りず、のん兵衛3人でネオンの中へ消えて行きました。


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桜バージョンですよー。
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タグ: 相模湖 中央線 Fe4


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