2009/12/30

空が近い場所  海外
年の瀬も迫ってきましたね。と言っても前記事でも書いた通り、今は太平洋を隔てた反対側にいて、これを書いてるのが30日の早朝なので新年までは後2日残ってるんです。

妹夫婦の家に厄介になってるのですが、メキシコシティのまあまあの場所で、セキュリティが付いて120平米のマンションが月15万円と言うのは驚きますよ。
メキシコシティは標高が2000mを越えているので夜は冷えるのですが、昼間は暑いくらいまでと言う感じですね。
周辺には世界遺産も多くて、早速昨日一番有名な所かな?に行って来ました。

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シティから車で1時間くらいにある、太陽のピラミッド。エジプトのそれより小ぶりですが、頂上まで登る事ができます。やはり標高が高いので雲が近いし、空の青さが強烈ですね。

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何処へ行っても鉄は外せません。メキシコの旅客列車は、基本的に全て廃止されてしまい、都市部に地下鉄やトラムが残る程度。しかし、アメリカ同様に貨物列車は依然相当数走行してるようです。
そんな中、廃止されてた国鉄中央駅に近郊電車が復活して、再度活気が戻ってきたのは喜ばしい出来事ですな。

メキシコは、全くと言って英語も通じないし、表示も全てスペイン語。数字でさせウノとか言わないと駄目なんで、個人で回るには結構しんどい国ですよ。
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2009/12/26

キハ82特急「まつかぜ」  国鉄特急
いやー、やっと今年の仕事も片付いた。
年賀状も投函して一段落。正月は妹夫婦が暮らしてる、太平洋の対岸に母親連れて行ってくるので、仕事を残すと厄介な事になるなと危惧してたのですが、何とか回避できました。

久しぶりの国鉄特急ネタです。
昭和52年頃の話ですが、気動車特急列車で最も長距離を走ってたのが、上りの特急「まつかぜ2号」でした。下りの1号は大阪発でしたから一駅分短かったですね。
この「まつかぜ2号」は8:15に博多を出て山陰線、福知山線を経由して21:17に新大阪着と言う13時間の長旅をこなしていました。食堂車も全区間で営業してましたから、長旅もそれなりに楽しめたのかな。
この九州まつかぜの他に鳥取までの「まつかぜ1、2号」がありましたが、これは九州まつかぜが鳥取で切り離す付属編成を使用してたと思いますので、食堂車の連結はありませんでした。つまり、下り1号の付属編成が鳥取で開放された後、上り2号にくっ付いて戻ってくると言う運用ですかね。
時代考察がかなり偏ってますが、その後の181系時代に関しては殆ど分からないのでご勘弁を。もちろん写真も撮ってませんでした。

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6両の付属編成を使用した下り「まつかぜ2号」鳥取行。大阪駅にて。

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堂々の13両編成で走る下り「まつかぜ1号」博多行。塚本にて。

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気動車特急最長距離を走る上り「まつかぜ2号」新大阪行。
これから関門を抜けて本州に向かいます。小倉駅にて。

この長距離をあえて山陰経由で乗り通す乗客も居なかったでしょうから、当時の国鉄運用の名残り的な列車でしたね。
この頃、山陰地方は訪れる機会も無かったので、海沿いの景勝地等で撮影出来なかったのが心残りでしたな。

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速度は向上したのでしょうが、あの「まつかぜ」が2両とは時代も変わったものです。
こう見比べるとキハ82の方が断然格好良く見えてしまいますよ。

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2009/12/23

タブレット交換の風景  鉄道のある風景
さすがに押し迫った年末の祭日は休んでられませーん。
年末は28日から休むつもりなので、少しでも仕事を進めとかなくては。

さて、今でも久留里線などでタブレット交換が行われてますが、通過列車などが走る線区ではホーム上にタブレット受けとタブレット預けの機器が存在しました。機器と言えるほどのものでは無かったですが、タブレット受け器は全国的に見ても螺旋状の形で、預け器は、多少の形状違いがあったようです。
当時、走行写真ばかりを追っかけていたので、この手の写真は撮る対象では無かったんですよね。そんな中、1枚だけ投げ込みの写真が出てきたので紹介してみます。
また、以前から鉄友にネタに使ってくれと提供されてた写真にもこの風景が写ってたので、合わせて紹介しましょう。

まず、タブレットとは単線区間を走れる許可を与える物で、列車交換が出来る駅間で一つのタブレットが行き来しています。それにより、単線の安全運行を保証している代物ですね。
今やこの為に駅員を配置する余裕も無いのか、風前の灯に近くなってるのが実情ですな。

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北上線黒沢駅でのタブレット投げ込み。
北上線の貨物列車は極寒地向け装備のDD51が重連で活躍していて、旋回窓に破損防止用の金網付きと本州で重装備のDD51が見られる事でも知られてました。
タブレット受け渡しの為、機関車は2人乗務でしたね。

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鉄友提供。紀勢線三野瀬駅。
「南紀」がタブレットを投げ込み、手前に写ってる別のタブレットを受け取る風景がしっかりと写ってますね。
特急は通過ですから、預け器から走行しながら受け取って行きます。

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鉄友提供。同じく紀勢線ですが、駅名が見えません。
タブレットに絡んで、車両側にもタブレットキャッチと呼ばれてる装置が付いてるのですが、これを使うか否かは個人の判断に任されていたようです。
今でも付いてる機関車があるのでしょうかね。

このようなホーム上の設備も昔は良く見る機会があったのですが、今残ってる駅はあるのかな。
しかし、もう少しこんな風景にも目を向けていればなーと後悔しきりですな。

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2009/12/20

1001号機を拾い出しみました  鉄道
寒波の影響で積雪区間を走る列車は、かなり遅れてるみたいですね。しかし、各地のスキー場はこの雪でやっと一息つけたんでしょう。
ただ、暖冬傾向の昨今では、この後また暖かくなったりする可能性もありますよね。まあ、生活する分には寒いより暖かい方が良いのですが。

機関車の製造番号と言おうか、製造された順番に1からナンバーがふられてますが、4桁の1000番台を名のっているからと言って実際に1000両以上製造された車両はD51ぐらいしか見当たりません。しかし、このD51に関しても1000の手前に空白番号があって、連続番号にはなってませんから、1000番を名のる機関車は存在しないことになりますね。
その他の機関車の大半は、同形式内で仕様変更がなされた場合に飛び番号になるのか、実際の製造両数とはかけ離れた数字になってしまってます。
ざっと知ってるところでは、D51を筆頭にDE10、DE11、DE15、DD51、ED73、ED75、ED76、EF70、EF65、EF64ぐらいかな?。
特にDE11については2000番台も存在してますね。

そんな中、1001番の機関車を撮ってたのが数枚ありましたので紹介してみます。
最近はネタ的に1001号機が充当されるケースもあるので、撮りやすくなったと思われますが、国鉄時代は偶然を狙うしか手立てが無くラッキーでしか無かったですよ。

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まずはDD511001号機。九州塗装機ですね。
この1000番台は特に区分が存在せず、799の続き番号でしかないやつです。既に900番台は試作機に割り振られていましたから、999の続番はありえなかったかな。

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ED751001号機。高速用区分でP型トップナンバーとして知られてました。
今Pトップと言うとEF65501がメジャーですな。

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EF651001号機。この区分は一番分かりやすいかな。
この写真は昭和51年に撮影したものですが、この機関車、直近まで稼動してたのですかね。最近に事情に疎いもので。

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そしてEF641001号機。イベント機となってからやっと撮れたやつです。

1000番台としては、DE15以外の形式は撮ってるのですが、やはり1001番となるとハードルが高かったですよ。
今でも1001番があれば、機会を狙って是非収めておきたいところです。ところで、どの形式が生きてるんでしょうかね。

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2009/12/18

中央線撮影地を開拓してはみたものの  鉄道のある風景
今年の仕事稼動も残す所1週間ですね。最後の最後にちょこっと面倒な企画書を作らなくてならず、気が重いところです。

本題に入る前に、JR東日本3月改正の概要が発表されまして、川崎市民としては喜ばしい事が出ておりました。
横須賀線の武蔵小杉駅開業に絡んで、停車する列車がどの程度なのかやきもきしてたのですが、何と全ての「成田エクスプレス」が停車となりました。当然の如く、新宿湘南ラインの特別快速、快速も全列車停車となり、JR線としては川崎を代表する駅となりそうです。
新駅のすぐ近くに住む身としては、これからは東急からJRに移行しそうな感じかな。

さて、前記事の続きとなりますが、京王を撮影し終わった後に向かったのが中央線の小仏峠。高尾から線路に沿って小仏まで路線バスが走ってるので、終点まで行ってロケハンしつつ撮影してこようと言う魂胆です。

八王子でラーメン詰め込んでJRに乗り換えます。
下り列車を待ってたら、やって来たのが201系ですよ。ホンと6000系と言い201系までも乗れてしまうのは中々ですよ。当然撮っとかないと。
返しの上りを狙い、西八王子ホーム端で待機。

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この大型マークもついに見納めですね。伝統の特快マークだけでも引き継いで欲しかったです。

そんなこんなで、もたついてしまった分、時間だけは経過し明るさは落ちる一方。
路線バスも休日は30分に1本ありますから、アクセスはかなり便利です。細い山道を登って終点まで到着。
いやー寒い(同行者がシービーさんですから輪をかけて)。やはり標高が上がった分気温の差がはっきり分かりますよ。

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アングルは良いのですが、光量が足りずシャッター速度が・・。
「スーパーあずさ」は速すぎて止められません。

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里山の雰囲気を出したいので広角で撮ると、列車ブレはどうにもなりませーん。

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下り列車に対しては、良い場所が多いですよ。

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撤収しようとしてたら、120周年マーク付きが通過。
これで、120周年マークは全て撮影完了。今回は天気以外はホンと効率良く撮れましたねぇー。

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冬至も近いので、日没も早いこと。

この後、EF64重連貨物とEH200貨物があるのですが、さすがに諦めました。
そして、中央線を上り高円寺で海外鉄のFさんと合流し、宴席へと突入して行くのでした。

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2009/12/16

京王6000少なくなりましたね  鉄道
この前の日曜に、いつもの飲み鉄メンバーであるシービーさんと出かけてきました。
12月に入って週末は休めるようになったので、毎週どこかに出没中です。特にネタがあったわけではないのですが、最近の傾向としてJR以外の私鉄を絡めるのが通例となってる感じ。お互いに若き頃は、私鉄車両は目もくれなかったトラウマが残ってるのです。
そんなんで、今回も残り少なくなってる京王6000系でも撮れればと向かって見ました。

6000系2連が旧塗装で登場の話が有りましたが、平日の競馬場線に入る事が多いらしいので、日曜日の今日は期待薄です。それでも、高幡不動の車両区でも覗いて見ればと言う事で移動してみます。
動物園線は4連ワンマン仕様の6000系が居るので、まずはこれを撮っときましょう。

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いくら短区間と言えど5扉車とは。着席サービスが足りないのでは。

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ホーム端でグタグタしてたら、何と目的の2連が出てきましたよ。
帯が斜めに切れてるのは、印象に残ってないですね。結局、入れ替えで転線しただけでまた奥まで引っ込んでしまいました。まあ、撮れただけでもラッキーですよね。

本線を走ってるやつは何時来るか分からないので、ここいらで次の撮影地に向かおうかと列車を待ってたら、何とやって来たのが6000系。
オッサンパワーで運を引き寄せてますよ。

これは、返しもバッチリ撮らねばと北野まで乗ってきます。まあ、時間も無いので駅撮りになりますが、それはそれで。

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北野で並ぶ京王トリオ。6000系は雪だるまのヘッドマーク付き。

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高尾線と同時発車だったので並びを期待したのですが、本線に先行逃げ切りされてしまった。

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京王八王子からの戻りを長沼駅で。新宿寄りはみかんのマーク。
しかし、天気悪いなー。

これで、京王線は十分満足できた結果となり、次の目的地へと向かいます。
その後も運が落ちずオッサンパワー炸裂で、いろんな物を一網打尽で撮影してきました。その模様は次に続く・・。

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タグ: 京王 6000系 旧塗装

2009/12/14

懐かしの「とき」ではないですけど  鉄道
この週末に「とき」がリバイバル運転されましたが、結局行けずじまいで終わってしまった。

まあ、現役当時は東北の「ひばり」と並んで1日10往復以上の運転頻度があり、線路脇に立ってれば幾らでもやって来る列車で、黙ってても写真に納まってしまう程でした。
元々は181系で運転されてたのは有名な話ですが、この頃が一番の「とき」たる魅力があった頃ですね。当然かなりの頻度で撮りに行ってましたけど。
その後、183系1000番台が登場し序々に181系を淘汰して全てを置き換えてしまったのですが、その過渡期には両形式が混同されていたため、この183系「とき」も撮ってた次第です。
但し、鉄道写真に入れ込んでた時期が昭和51年頃でしたから、昭和53年以降のイラストマークに関してはあまり撮ってる実績がないんですよね。
ただ、この「とき」に関しては181系が継続使用されてたので、イラストマークになった後でも出かける機会が多かったようです。
そんなんで、昭和54年頃の183系現役「とき」の写真でも並べて見ましょう。
撮影区間は全て水上〜湯檜曽間。

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雪晴れだと国鉄色はホンと映えますね。

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このJNRマークは、秀逸のデザインでしたな。

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往時の特急は、この長編成が普通でした。

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昨今の記事でマークの緑が薄いと騒がれてますが、当時から編成によってはこの写真のように黄緑タイプが存在してましたよ。

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降雪の中でも、視認性はピカイチですな。
これも黄緑地タイプですから、それなりに色違いも走ってたと思われます。

現役時代を見てない世代にも受け継がれる列車として、これからも車両がある限りリバイバル運転は残して欲しいものです。
個人的には、字幕はいっぱい撮ってるのでイラストマークの列車が良いですね。イラストマークの「そよかぜ」なんか撮ってないので、やって欲しいなー。
字幕の「とき」に関しては、かなりのカットを撮っているので、整理がつき次第紹介して見たいと思ってます。

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タグ: 183系 特急とき 国鉄

2009/12/10

雪まみれの後ろ姿  鉄道のある風景
ここ数日外出仕事が多くて本業のDTP仕事が滞ってしまい、右往左往の大忙しでした。
やっと片付いたのですが、急いでやったのでチョンボが心配ですよ。
今度の土曜日の展示撤去で今年の展示会業務も終了。やっと忘年会モードに突入できるかな。

やはり暖冬なのか、晴れるとかなり暖かい陽気ですね。各地のスキー場も雪不足でオープンもままならない所が多いようです。
そんなんで、そろそろ冬気分を味わえる雪ネタでも出して見ましょうかね。

また、古い話なんですが、列車が雪まみれの写真を何点か見つけたので紹介してみます。
最近の車両は、無塗装化や塗料の改善などで、あまり着雪してる姿って見かけなくなったと思いませんか。関東などの湿った雪などは、雪煙が上がる事は無いでしょうけど、乾燥した積雪地域を走る列車などは、足回りや最後尾にぴっちり着雪してる姿を良く見ましたね。
特に、ヘッドマークを付けてる特急の後姿だと、マークに雪がくっ付いて見えなくなってしまってるなんてのもありましたよ。

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昭和51年。701M、急行「佐渡1号」新潟行。長岡を出る後姿です。
上越線の豪雪地域を駆け抜けてきたので、凄い顔つきになってますよ。165系では新ニイが一番厳しい運用だったと思えますね。

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昭和52年。特急「雷鳥」大阪行。金沢を出る後姿。
豪雪で北陸線がメタメタになってた時撮ったやつですね。隣の発車したEF81が「北陸」ですね。

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昭和49年。急行「かむい3号」、急行「狩勝1号」札幌着の並び。
もう後ろ姿は、真っ白ですよ。やっぱり北海道の雪は、本州の雪とは違うんでしょうね。これだけくっ付いちゃうと、485系がエンコしてたのも分かるような気がします。

最近は雪中撮影もご無沙汰なので、こんな場所にも近づいてませんが、鉄道写真の魅力として雪との戦いは絵になりますよね。
この冬は、少しでも出かけるよう心がけていきたいと思ってますが・・。

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タグ: 昭和  鉄道

2009/12/6

207系さよなら運転  鉄道
毎日、千代田線で通勤してる身としては、このさよなら運転は記録しとかないと思い、出撃してきました。
元々は総武線沿線に住んでたので、あまり千代田線とは縁も無かったのですが、勤め人になった時、会社の最寄駅が代々木公園だったもので、その時以来利用する頻度も増してきたような感じです。
その後、転々として利用しない期間もありましたが、また現在、表参道〜代々木上原間を毎日利用させてもらってます。

勤め人になった昭和57年当時は、まだ小田急線とは線路が繋がっておらず、代々木公園が西側の終端駅でした。その頃、国鉄は103系、営団は5000系と6000系が走ってただけだと思います。
当時から、通勤型などあまり撮るつもりも無かったのか、数あるフィルムを見返して見ても全く出てこないんですよね。そんな思いもあったので、今はなるべく撮っとく事を心がけているのです。
ただ、試作編成の207系は1本しかなく撮れる機会も逸していたので、今回は外せない思いでした。

実際、常磐緩行線は昔から撮りに行ったことも無かったので、以前に撮った出庫回送線で後追い構図を狙う事としました。
個人差はあるのでしょうけど、私の場合、後追い構図でもあんまり抵抗ないんですよね。
Fe4のつばささんと新松戸で合流して松戸まで戻ります。
松戸から金町方面に15分位歩くと本線を跨ぐ歩道橋があり、そこから綺麗な編成写真が撮れます。さすがに後追いアングルは嫌われているのか、ここで撮ったのは3人しか居なかったですよ。

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回送幕で来られなくて良かったなー。団体幕も始めてでは。

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出庫線なのでノロノロで走ってるは良いのですが、手前に写ってる快速が途中で追い抜いていき、ハラハラの瞬間でしたよ。

続けて、上りを何処で撮るかを考えなきゃいけませんが、時間も無いし電車で移動しても失敗しそうなので、松戸駅を挟んだ北松戸側に足を進めます。
あれこれ探して、駐車場から金網をクリアできれば良いなと言う場所を確保。
ここで以前にお会いしたHさんも合流。饅頭の差し入れも頂き有難うございました。

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奥に黄色のイチョウも入って中々の感じです。この時も超スローでしたから、かなりのカットが撮れましたよ。

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後追いも余裕で撮れました。

実は、後から分かったことなんですが、この場所近くで30年前頃に撮ってたんです。千代田線乗り入れ車両の写真が無いかなと探してたら、1枚だけ103系の写真が出てきて、良く見ると松戸駅近くで撮ってるんです。

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歩道橋の向こうに見えるイチョウも大きくなったのが分かりますね。

これ1枚が出てきたので、何とか国鉄時代からの車両遍歴が途切れずに記録できた事になり資料的にも充実できたのかな。
やはり、通勤型も選り好みせず記録しとく事が大切ですね。

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2009/12/5

ロマンスカー 一気撮り  鉄道のある風景
今日は朝から207系さよなら運転の撮影をFe4仲間のつばささんと行ってきました。天気の方も涙雨とならず、まあまあの成果を残せましたかな。
この模様は後日のネタに取っときましょうかね。

先週の土曜日に同じくFe4一番の酒豪シービーさんと色づいた木々の中を走るロマンスカーを狙いに、沿線に出没してきました。
この日も午前中は天気も良くて、木々の色づきも美しく再現できるかなと期待してたのですが、午後には雲が張り出してすっかり光量不足の状況に陥ってしまったのです。
前々から車窓を覗いて気になってた、玉川学園〜町田間に狙いを絞り向かってみます。

町田で下車し徒歩で新宿方面に。JR線沿線に比べると私鉄沿線は今だ高いフェンスに囲われてる事も無いので、意外とポイントは多いですねぇー。ただ、やはり住宅地とあって建物や鉄塔などが写り込んでしまうのは止むを得ないところですな。
昼を少し過ぎた辺りなのに周囲はかなり暗くなってしまってます。おまけに、日没も早いので実際の撮影時間は少なくなりそうですよ。

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まずは20000系。後追いですが、編成は綺麗に収まりますね。

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続いて10000系。愛称マークが側面なので良くわかりません。
線路沿いのススキと右の木々を入れようと努力してます。

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土日は特急車両フル稼働ですから、7000系旧塗装も狙えますよ。

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一番目にする30000系。シャッタースピードが遅い分、LED表示はハッキリ写りますね。

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従来塗装の7000系。やはりロマンスカーの正統を受け継いでいる形式なので格好良いですな。

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新鋭の50000系。この車両は広角気味に撮るのが好きなんですよ。

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もう限界露出近くで撮った60000系。
土曜日の下り列車なのにガラガラでしたよ。新宿発に比べると苦戦してますねぇー。

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最後はさすがに走行写真は撮れなかった371系。
実は町田から、これに乗って帰ってきました。もちろん車内では飲んでましたが、乗車時間が短いのでビール一本で丁度良い感じですね。

この後は新宿で反省会。物足りず続けて渋谷で2次反省会と続き、結局午前様の帰宅と相成りました。

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