2010/11/27

急行「八甲田」  国鉄急行
久しぶりに古ネタに戻りましょう。
上野口に到着する客車急行の場合、撮影メモでも取ってない限り今さら列車名を限定するのも大変なんです。当然の如くヘッドマークは無いし。まあ、牽引機によってある程度は限定も可能ですけどね。
ところが、今やネットで当時の編成を知る事が出来るんですよね。いやー便利になったものです。そんなんで、当時のネガを照らし合わせる事で列車名が次々と判明したのです。

まずは、上野〜青森間を11時間で走ってた急行「八甲田」。
昭和51年10月改正から53年改正までの姿。と言うかこの時代しか写真に収めて無かったですけど。
大学時代を仙台で過したので、帰省の際には利用した事があったのですが、既に12系モノクラスになってからしか乗ってなかったかな。
東北急行の中では座席主体の編成で、仙台回転のBネ以外オール座席編成。上野へはグリーン1両を含む9両編成で運転されてました。
牽引機は宇都宮のEF57、EF58でしたが、EF58牽引のやつしか当らなかったですね。

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昭和51年、西日暮里。EF5870牽引の「八甲田」。
上野着が11時過ぎでしたから、仙台以南からの利用客も多かったですね。
機関車次位のオユ、ワサフ編成もこの時代を語ってますな。

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昭和52年、鶯谷。EF58108牽引の推進回送ですかね。
こうして見ると原形小窓のゴハチも格好良いですねぇー。
53年改正前ですから、スロ62にも帯がしっかり入ってます。

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昭和52年、尾久〜赤羽間。EF58122牽引。
後期になると10系客車の比率も高くなってきました。

この「八甲田」も、53年の改正から郵便車の連結が無くなり、54年から12系へと変遷して行ったようです。
しかし、定期列車は編成から判別できますが、51号とかになるともうお手上げですよ。


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2010/11/24

薄暮の新幹線を撮る  鉄道のある風景
今年も来週の展示仕事でほぼ一段落。準備の方も終わったんで、祭日ものんびりと過してました。
夕方近くに、近場で紅葉でも撮ってこようかとカメラ抱えてチョコッと外出。空気は澄んでいるのですが、雲が多くて抜けるような青空バックとはいかなかったですけど。

多摩川駅から東急多摩川線に沿ってブラブラと歩きながら色付いた並木を撮ってましたが、どうもイチョウを筆頭に黄色の木々ばかりが目立ちます。真っ赤に染まるモミジってこの辺りあんまりないんですね。
イチョウも結構落葉してましたから、今週末頃が見収めですかね。

久しぶりに多摩川の土手も歩いて見ます。既に日没後で雲の隙間から光が少し漏れる程度。
500系廃止間際は結構な人数で賑わった多摩川鉄橋周辺も誰一人いません。

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新幹線の白塗装って、こんな場合は目立って良いですね。
小杉の大カーブ直前なので、新幹線と言えどスピードは抑え気味。1/50秒でもそれ程ブレません。
写真的には赤いテールライトを狙った方が正解かな。

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分単位で暗くなってくるので、ISO1600、1/10秒で流し撮り。
かなりザラついてますな。

最近は薄暮の時間に凝ってしまって、明るい時間の写真が少なくなってしまった。


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2010/11/22

稲毛あかり祭「夜灯」  写真
昨日、前記事でも紹介した稲毛あかり祭「夜灯」に鉄友と共に出かけて来ました。小中学時代を過した稲毛ですが、訪れるのは何と約35年ぶりなんです。
まずJRの稲毛駅で降りて、京成稲毛までの道を歩いて見ます。

JR稲毛駅も複々線高架駅となってからは初めての下車。以前は海寄りに本屋駅舎があって、こちら側がメインと言う感じでしたが、現在はどう見ても山側の方が栄えてる感じですかな。
京成稲毛に向う一本道も、昔のバス通りとは程遠く今や平日に数本しか運転されてないようですし、この両駅を結ぶ人の流れも無くなってしまったのですかね。
しかし、京成稲毛駅周辺はホンと昔のままですね。

まだ、ランタンに灯が燈るまで時間もたっぷりあったので、稲毛海岸方面まで足を伸ばします。今でも住所表示には海岸と付いていますが、実際の海際は既にかなり奥まで行ってしまいましたね。若い方々は不思議に思うかも。
4年間通った稲毛第二小も全く変らず健在。そして次に向った稲中も昔のままです。ただ、畑の真ん中にあったのが、今や住宅に囲まれた感はありますな。

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稲中から京成稲毛に向う道も変わってないですね。
この辺だと、築堤を行く京成も撮りやすかったのね。

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まだ、構内踏み切りも残ってる京成稲毛駅。
駅舎は建て替えられてますが、ホームは昔のまま。

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京成稲毛のランドマーク、火の見櫓も健在です。

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いよいよ日が落ちて、ランタンに灯が燈る。
浅間神社に向う通りに延々とランタンが並び、幻想的な風景を醸し出します。

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ランタンと列車を組み合わせて撮っては見た物の・・

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駅構内にもランタンが置かれてます。
三脚も持ってないし、手持ちで1/4秒ですよ。しかし、稲毛に新京成の車両が来るとは、当時全く予想も出来なかった。

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6両だとホーム一杯に停まるので、ランタンコラボは難しかった。

35年経っても昔の面影って結構残ってるものですね。歩いて見て思い出す物や建物なんかも多かったです。
昔住んでたところを再訪する旅ってのも面白いですよ。

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2010/11/17

紅葉真っ盛りの箱根登山鉄道vol.2  鉄道のある風景
前記事の続きです。
彫刻の森美術館には目もくれず、線路沿いの道を駅に向って歩きます。

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およそ15分間隔なので、次の時間が近くなると沿線で撮ってと。
しかし、デジタルになってからと言う物の前カットの通過時間が情報として残るので、15分後も簡単に分かるんですよ。便利になったもんです。

彫刻の森から1駅ですが、再び強羅まで乗車。こんな時、フリーパスの威力が発揮されますね。
強羅の改札を出るとケーブルカーの列もすっかり無くなってたので、これ幸いと待ち時間無しでホームに。普段は15分間隔ですが、今日は混雑のためその隙間に1便を入れた臨時ダイヤのようです。その臨時便が普段では見られない直行便とのことで、途中駅は全て通過。ちゃんとサボ出してたのですが、撮り忘れました。
10分程で早雲山着。フリー切符はここまでしか使えないので、これ以上はパスしときます。

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標高が高い分木々の色付きも良いのかな。

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早雲山駅前から見た強羅方面。天気がイマイチなんで、遠景が霞んでるのが残念。

さすがにケーブルカー撮るのも何なんで、早々に下界まで降ります。
まだ帰宅ピーク時間前なんで、箱根湯本まではゆっくり座って行けました。
湯本でビールと遅い昼飯。そして、本日のメイン撮影地へとまた移動です。

まあ、箱根登山鉄道で一番有名な撮影地と言えば出山鉄橋でしょうね。ここは鉄橋フェチとしては是非一度行って見ようと思ってた場所。
まだ、混雑してる強羅行き乗って1駅。塔ノ沢駅で下車し、坂を下ってから国道を登ると言う結構ハードな道程。おまけに路側帯が無いので車が怖い事。
やっとこさ到着したら、何と隣接する道路橋が通行止め。途方に暮れてると、関係者が来たので聞いて見ると老朽化が進み架け替えするとの事。来年には通れるらしいです。
しかし、必死こいて来たので、何とか撮らしてと懇願し・・。

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夕方狙いで正解です。幽玄な感じで撮れました。

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半円ループを上がった所にある出山信号場も見渡せます。あの信号場から撮れれば最高なんですけど。

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2両編成の方が収まりは良いですね。車内の照明も良い感じ。

いゃー満足。ツキも味方してくれたかな。
すっかり暗くなった道を塔ノ沢まで戻ります。駅に着くと丁度強羅行きが到着。一駅乗って戻っても良いかと迷わず乗車。

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大平台でラストカット。やっぱりと言おうか超満員でやって来ました。

この1日で多分全ての形式を撮れたような。混んではいたけれど、乗るのも撮るのも満喫できるコースでしたよ。
益々、中小私鉄にはまってしまいそう。


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2010/11/14

紅葉真っ盛りの箱根登山鉄道vol.1  鉄道のある風景
紅葉の中を走る箱根登山鉄道を撮ろうと、ずーっと思ってはいたのですが、中々タイミングが合わず先延ばしとなってます。
そんな昨日、タイミング良く仕事も落ち着いたし天気予報も良さそうでしたから、思い切って早起きして出かけてきました。

まあ、この時期の箱根はある程度覚悟して行かねばならないと思ってましたが、やはり凄い状態でしたね。
武蔵小杉から小田原までは、まあ普段通りの行程です。ホリデー料金の普通グリーン利用にて1時間程で到着。ここで、登山電車・ケーブルカー乗り放題のトコトコ切符1,500円也を購入します。
早速、4連の箱根湯本行きに乗車しますが、既に結構な立ち客。この行程、山を上がる毎に車両のキャパは少なくなるし、運転間隔も広がっていきますよね。まあ、想像通りでした。

箱根湯本では、既に次の列車を待つ長蛇の列ができてます。今停まってる2連の強羅行きは既に超満員。一人だったので、これに無理矢理乗り込み約40分の満員電車の旅を満喫ですよ。

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やっとさ到着した強羅駅前。次のケーブルカーに乗る列が駅舎の外まで伸びてます。
フリー切符だと乗れるんですが、こりゃとりあえず諦めですかね。

ここから彫刻の森までの区間が道路と並走するので、唯一撮りやすい区間とも言えますかね。
おまけに、アップダウンが少ないのも有り難いですな。

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この日、旧型3連が2編成運用に入ってました。
やはり、箱根登山はこれが似合いますよね。

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天気予報には裏切られた感はありましたが、木々は結構色付いてます。

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15分間隔で運転されてるので、次々やって来ます。
彫刻の森駅まで歩きつつ撮影。

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どうしても縦構図が多くなってしまいます。
これが本来の塗装なのかな。小田急にも同じ塗装のやつが居ますよね。

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山はこんな感じで色付いてます。

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ここは紫陽花のライトアップ区間でもあるようです。今の時期から手入れしてるようですね。

まだまだ撮ってるので、2回に分けて紹介してみます。
しかし、今回は自分なりにも良い写真が撮れましたよ。是非、この時期出掛けてみては如何でしょうか。

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2010/11/10

小菅駅から撮ってみる  分類無
今週から展示仕事が連チャンなので、体力的にもかなりしんどくなりそー。

さて、先週末にFe仲間のシービー御大、つばささんと隅田川貨物駅イベントに出かけてきたのですが、昼集合と言う事もあり少し早めに出て駅撮りもしてきました。まずはその模様から。
東武伊勢崎線の荒川橋梁は全てトラス構造なので、土手からの撮影はちと厳しいんですよね。
北千住から向って鉄橋を渡り終えた駅が小菅で、ここからトラス抜きが出来ると踏んで下車したものの意外と邪魔が多くて難儀してしまった。午前中はほぼ逆光だし、300mmの望遠レンズでないと障害物を抜いて撮れません。おまけに今回は誰も居なかったので良かったのですが、障害物を抜いて撮ろうとすると定員1名で一杯ですかね。

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ホントはもっと左に振りたいのですが、邪魔物があってこれが精一杯。
特急はやはりヘッドマーク付きが一番ええですな。

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しゃがんで、ホーム柵の隙間から縦位置で。
この感じが一番しっくりきますね。ただ、縦構えの望遠って非常に撮りにくい格好なんです。

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駅撮りならではの写真も。

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反対側から撮ると正面は順光。
ただ架線柱が林立してるのでワイドレンズ向きかな。しかし、架線柱も鉄製の年代物に見えますね。

1時間ほど適当に来るやつ撮ってたんですが、まあいろんな車種がやって来るので飽きはしません。ただ、どうしても駅撮りだと同じアングルの量産になってしまいますけど。
さて南千住に移動しますか。続く・・

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タグ: 撮影地 東武 鉄橋

2010/11/6

特急「はまかぜ」を振り返る  国鉄特急
午前中から久しぶりの撮影に出かけてきました。その模様はまた後ほど出すとして、今日はオッサン世代にとっては、一つの節目とも思えるキハ181系の定期列車引退日なんですよね。
そんなんで、本日を持って定期運転を終了する181系気動車特急「はまかぜ」の国鉄時代からの写真でも載せてみます。

「はまかぜ」の歴史は意外と新しいようで、昭和47年からスタートした気動車特急です。確か山陰線の「あさしお」や四国特急と同時に誕生したと記憶してます。
丁度この辺りから特急と言えど食堂車無しの短編成が、お目見えしてきた頃ですね。
私が始めて撮った昭和52年頃は「はまかぜ」もご多分に漏れず、グリーン車1両組込みの6連と言う身軽な編成でした。
しかし、折角の気動車特急なのに非電化区間にまで遠征する事もなく、架線下だけで終始してしまったのも残念な事です。

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昭和52年、大阪駅。まだキハ82系で運転されてた頃の写真。
最近、大阪駅には行ってないのですが、雰囲気も大分変わったようですね。

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大阪駅に入線。隣に写ってる103系も懐かしい存在ですよ。
スカイブルーでしたが、モノクロなんでイマイチ分かりませんな。

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昭和53年、須磨〜塩屋間。
当時から新快速に混じって高速運転を強いられてましたよね。

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そして時代は移り2008年。同じく須磨〜塩屋間。
関西出張の折、初めて撮った181系「はまかぜ」。

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2008年、元町駅より。
関西出張の度、時間を作り最後の181系を撮ってました。

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2009年、塚本駅より。
結局これが最後の181系「はまかぜ」の写真となりました。

昭和の終りから思いっきり歯抜け状態になってしまいましたが、車種的には何とか撮れたので結果的には満足してます。次の新型車は今焦る事ではないのですが、3世代目もしっかり押さえておく必要はありますな。

キハ181系は中央西線「しなの」でデビューし、特に東日本では「つばさ」「あおば」での活躍後、全く見られなくなりましたので、オッサン世代じゃないとあまり馴染みも少ないかも知れません。
しかし、国鉄時代から続いていた特急ナンバーの181系はついに欠番になってしまったのですね。寂しい限りです。

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2010/11/3

都電を撮ってみた  路面鉄道
先月でしたが、たまたま時間が空いたので近場でちょこっと撮ってきました。
どうも最近はブラブラ歩きながら撮れるのが一番あってるようで、都電沿線を歩いてみました。
今でも残る都電はご存知の通り荒川線だけ。大半が専用軌道だったのが幸いした結果ですかね。ガキの頃は錦糸町、日本橋辺りでも乗った覚えがありますが、さすがに写真を撮れる歳でもなかったな。

荒川線も全線乗車はした事など無く、ぶつ切りで乗った覚えがある程度。と言う事で本格的に撮影などするのは始めての事です。
会社から都電の駅に行くのに便利なルートはと考るとまず出てくるのが、町屋まで千代田線で行くコース。ただちょっと遠いな。
もっと近場でと地図を見ると、副都心線の雑司が谷駅が都電と接続があるようです。この辺は仕事でも行く機会が無いとこなので、全く土地勘が無いですな。

雑司が谷駅の地上に出ると、直ぐ隣を複線の線路が走ってるのが見えました。ここから、早稲田方面に向かって線路沿いを歩いてみましょう。

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都心でも緑深いとこ走ってますね。しかし、天気悪いな。

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川に沿って桜並木がありますね。桜の季節には良き撮影ポイントでしょう。
後から分かったんですが、この紫色の車両はデビューして間もないようです。最近流行りのメタリック塗装なんで光線によって色が変わりますよ。

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サンシャインをバックに撮れる場所として有名のようです。
しかし、こうして見ると線路の起伏が激しい事。

その後、終端の早稲田までブラブラ歩き、折り返しは乗車しながらロケハンして大塚にて下車。意外でしたが沿線で写真撮ってる人の多さにビックリ。

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線路脇にバラが植えられてるんですが、中々一緒に撮れるアングルが見つからず。

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大塚に向って坂を下りてくる。やっぱり縦位置アングルが多くなってしまいますね。

世の中の鉄道車両が銀色化してるのに、こと路面電車に関しては塗装車が幅を利かせてるんでしょうかね。構造上の問題なのかな。
まあ、銀色化よりは良しとしなければ。

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タグ: 都電 荒川線 早稲田

2010/11/1

竹槍タイフォンカバー  鉄道
台風が通過してもスッキリしない天気ですね。今週は週中に祭日があるので、気持ち的には楽ですよ。
天気も良さそうだし、久しぶりにどっか出かけてこようかな。

一発ネタと言うか1枚しか撮ってなかった写真です。
多分、新潟地区にのみ存在してた物だと思います。165系のタイフォンと言えば縦スリットかセンターから開く開閉式が一般的ですよね。そんな中、竹を斜めにカットしたようなカバーを付けてるやつが存在してたんです。
実際、新潟ローカルの70系などに付いてる姿は知ってたんですが、165系のやつはあまり覚えがなかったですね。まあ、豪雪地域を走ってるので、着雪防止の意味合いが強そうですが、蓋をしてしまって本来の意味があったのか疑問は残ります。実際の音はもちろん聞いた事が無いので、かなり気になるところですけど。
結局、昭和51年に撮って以来、その後の写真にはこれが付いてるのは見られませんでした。

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新潟から夜行で上野に向う708M急行「佐渡4号」の回送。
両側に付けてる訳でもなく、片側と言うのも面白いとこです。竹槍のイメージがありませんか。

昭和51年以前にも「佐渡」の写真とかも撮っているのですが、これが付いてるのは見つからないので、かなり限定的な使われ方をしてたんでしょうね。
まあ、ある意味貴重な1枚となりました。

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タグ: 国鉄 165系 佐渡


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