2011/1/30

5000系さよなら他少々  鉄道
昨日は久しぶりにネタ列車を追っかけてしまった。
午前中は小田急撮って、そのまま会社に出てチョコッと仕事をこなし、夕方は総武線へと。撮影的にはまあ充実した一日であったのでは。

まずは、小田急5000系10連さよなら運転。
小田急の通勤車と言えばこの顔と言う世代でしたから、何かと思い入れもある車両でした。いつも満員の急行に揺られて毎日通勤してた頃は、この車両ばかり乗ってたような気もしますよ。
さて、本番は何処で撮ろうか。
駅撮りは避けたいので、駅間を探す事にして先週ロケハンにも出掛けて来ました。登戸までは高架なので無理として遊園〜生田間を歩いて見ます。

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上り列車に対しては良さそうですが、下りはちょっとイマイチかな。
おまけにこの付近って上下列車が交差する確率がかなり高かったですよ。

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丁度駅間の真ん中辺りにある陸橋から。個人的には好きなアングルですが車道が線路に沿ってるので、当日は人が入るだろうな。

まあそんな感じで当日を迎えたわけです。
およそ通過1時間半前に向ヶ丘遊園に到着。
生田に向って歩きますが、途中の大カーブは既に三脚の森状態。元々ここはスルーするつもりでしたから、横目で見ながら通り過ぎます。
先週行った陸橋近くは先客が一人だけ。きっと通過時間には増えるだろうなと思い線路脇から標準レンズで撮ることに。

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逆光側になるのですが、贅沢は言ってられません。丁度、梅の花が入って悪くはないですよね。

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多摩急行はまだまだ6000系ばかり。10両でもしっかり入ります。

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そして本命の5000系。もう少しマークが下がってた方が良かったな。
結局この場所、私を含めて3人しか居なかったですよ。そこそこ良さそうな場所なんですけどね。しかし、通過後1分も経たないうちに上りが通過して行ったので、生田辺りでは被ってたかも知れません。

改めて夕方は、千葉を駆け巡ってる185系を撮りに。
あんまり遠方まで行くのも面倒なので、良く行ってた平井駅ホーム端から。しかし、各停で移動中に快速線運転見合わせの放送が・・何でも千葉で車両点検とのこと。最近はこんな理由ばかりですね。
こうなると何時来るのか分からないのですが、折角なので日没ギリギリまで待ってみる事に。

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結局30分近く遅れて通過。もうかなり厳しい条件でしたよ。
わかしお風のマークかな。

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そのまま両国まで行ってチョコッと記録。しかし、車内は空席が目立ってたようで、成功とは言えなかったのかも。

この列車、本日も北総を1周してますが、また別のマークが用意されたようです。さて本日の乗車率は如何なものかな。


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2011/1/28

キハ181特急「やくも」  国鉄特急
やっと週末ですね。気分的にも楽になりました。
関東は毎週末と言うか連日天気にも恵まれているのですが、どうも出かけるのが億劫になって撮影の方はサボリ気味。そんなんで、またまた古ネタをほじくり返してみました。

学生時代から日本国内あちらこちらと出掛けてましたが、一番縁遠い地方が山陰方面でした。都道府県で足を踏み入れて無い所として最後まで残ってたのが鳥取県。数年前にやっと出張で上陸したような感じです。
そんな状況なので海側を走る山陰線での撮影は皆無でしたが、大半の特急列車は山陽側を起点にしていた為、架線下を走ってるやつだけは運良く撮ってたのが多々ありましたね。
今回蔵出しする特急「やくも」は、たまたま倉敷の街並みを撮ろうと途中下車した時にホーム滑り込んできたので、撮っといたような写真。結果的にはこの1回が最初で最後となってしまった。

昭和54年。「やくも」はキハ181系11連の堂々たる編成を誇ってました。既に「つばさ」からは撤退してましたから、181系では唯一の食堂車組込の編成だったと思われます。
その後の昭和57年伯備線電化に合わせて381系に置き換えられたのは、正しく「しなの」と同じ運命を辿りましたね。

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倉敷駅にて。
さすがに11連となると往年の特急編成の貫禄十分ですな。

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倉敷駅の雰囲気も今では変わってそう。

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最後尾の車両をアップで。
しかし、ホーム長が足りてないな。

昭和53年から特急のヘッドマークイラスト化が始まりましたが、気動車に関しては遅れており181系「やくも」は文字マークしか存在しなかったかも。
しかし今こうして見ると、この時代が特急「やくも」で一番の全盛期だったと思えてなりませんよ。

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タグ: 国鉄 気動車 倉敷

2011/1/24

'89横浜博で走った気動車  鉄道
昨日は近場でちょこっと撮影してきたのですが、もう梅の花も咲き始めてましたね。少しずつではありますが、春は確実に近づいて来てますよ。

ポジフィルムを眺めつつスキャンしてたら、こんなの撮ってたんだと思える写真が出てきたので、この機会にアップして見ましょう。殆ど記憶にも残ってなかったので、いろいろ検索して何とか思い出せる範囲までしか書けませんけど。
平成元年に開催された横浜博の写真です。この頃は各地で地方博なるのものがやたらに開催されてましたが、この横浜博は企業パビリオンやらも林立して規模的には大きなものだったようです。
そんな事からか、会場までのアクセスも兼ねて臨港貨物線を整備して旅客列車を走らせてました。当然、非電化路線ですから走るのは気動車。博覧会協会が発注した新造車両で、2連2組のレトロ風、100型とでも言うのかな。ダークブラウンとダークグリーンの列車が桜木町付近から山下公園を往復してました。
多分運賃が高かったので、乗ってはいないような気もします。

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まずは、桜木町駅前に広がってたシュールなアート群。中々インパクトがありましたよ。
きっと覚えてる方々も多いのでは。

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111+112型、ダークグリーンの方。普段見られない車窓が楽しめた事を思うと、乗っといても良かったかな。

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121+122型、ダークブラウンの方。ホテルニューグラント前を走ってますね。海側の車窓は意外に良さそう。

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奥に見えるのがQE2ですね。このコラボを狙った無理矢理アングルって感じ。
手前が日本丸ですから、この辺りに駅があったのでしょうかね。駅舎に関しては全く記憶に残ってないんです。

この気動車も横浜博終了と共に三陸鉄道に売却され、第二の人生を歩んでたようで。しかし、いろいろ調べるとゴンドラも建設されてたんですね。これは全く知らなかった。
タダで見られる所しか行かなかったので、こんな写真しか残って無かったですが、ある意味貴重な記録なのかも・・。

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2011/1/20

485系1500番台の系譜  鉄道
JALの鶴丸マークがまた復活するようですね。
しかし、やっと今の"太陽のアーク"が認知されて来たのにまた変更ですか。まあ、オッサン世代には日本航空と言えば鶴丸なんで、喜ばしい事と捉えてはいるのですが。
そう言えば、JALのB747最終フライトが2月末でしたっけ。大量輸送時代を切り開いた大型機も今の日本の航空事情には合わなくなったと言う事ですね。何か一つの時代が終わったようで寂しい限りですよ。

さて、鉄道車両の方も常磐線の新型特急用車両導入によって、はじき出されるのが出て来そう。特に交直両用車となると国鉄時代からほぼ原形のまま走り続けてる485系辺りが危なそうですね。そんな485系の中で一番特徴的存在であった1500番台をデビューから現在まで振り返ってみましょう。

485系1500番台は周知の通り、北海道初の電車特急用として開発された区分です。先頭車のヘッドライトが4灯になっており、非貫通タイプとしては唯一自動連結器を装備してました。もっとも今は密着に改造されてるようですが。
デビューは昭和49年で、最初の1年は日本海縦貫線を走る「白鳥」に充当され冬季の試用を兼ねて走り始めました。

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昭和49年12月、青森駅。
当然の如く「白鳥」の字幕は入って無かったので、シール代用による表示。しかし、どんな幕が入っていたのかが気になりますよね。

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昭和50年12月、札幌駅。テールランプ改造前の美しい姿は短かったようです。
当初の予定通り特急「いしかり」として冬の北海道に望んだもののダウンの連発だったようで。この時もかなり運休になってましたよ。
その後5年あまりで781系が登場し、再び本州に舞い戻る事となります。まあ、結果的にそれが長生きする事に繋がったんですかね。

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昭和54年4月、船岡。特急「ひばり」
青森に戻った1500番台は東北各地に顔を出すようになりました。
その後、鉄離れしてた時期があってこれらの車両の動向もイマイチ分かりません。

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そして時は過ぎ平成2年4月、鯨波。特急「北越」
塗装も変わって編成も短くなりましたが、まだ現役で走ってました。
この頃だったら「白鳥」にも入ってたと思いますので、その姿を撮れなかったのが悔やまれますな。

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現在の姿は定期運用を持たない波動用。しかし、当初と同じモノクラス6連と言う姿に戻ったわけで、編成的には違和感無しってとこですかね。

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「リバイバルあいづ」。かなりデビュー当時の姿に近いですね。
折角なんで原形テールランプ改造とカマボコカバーを付けてくれれば完璧なのに。
実際に「あいづ」運用に入った事あるんですかね。

独特な形状だったお陰か、デビューから延々と記録できた形式だったな。
しかし、かれこれ37年も経ってるとは、自分も同様に歳を取ったもんですよ。

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タグ: 485系 国鉄 特急

2011/1/17

ED71オンパレード  鉄道
やっと仕事の方も一段落したかな。そんなんで、久しぶりの更新です。
しかし、昨日は千葉へ仕事で出かけてたんですが、市川を過ぎた辺りから雪が積もっててビックリ。同じ東京湾沿岸部でも天気が違うんですね。川崎は雪の気配さえ無かったですよ。

また古ネタですが、私の中では新しい方かな。
昭和53年から55年にかけて撮ってたED71。大学の4年間を仙台で過してたので、それまで全くと言って良いほど縁の無かった交流機がわんさか居たわけですよ。入学してから早速原付の免許を取って、先輩から中古の50ccを譲ってもらい東北線沿線に出没してました。
当時、仙台近辺で見られた機関車と言うとED75を筆頭にED71、ED78と3種類程度でしたが、やはり顔付きの違うED71は魅力的でしたね。
今と違い東北線の交流区間は客車か気動車が主流で、やっと417系が登場した頃。貨物に至っては、幾らでも走ってくるって感じでした。当然新幹線も開業してないので、特急、急行も含めると暇を持て余す事は無かったですねぇー。

ED71は東北線南部区間でしか見られない機関車で、形態的には側面のフィルター数の違いで1次形、2次形と分けられます。2次形は10両程度しか製造されておらず、撮ってた枚数も少なかったようです。1〜3号機が試作機となってますが、これには出会えず仕舞い。

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量産1号機となるED714号機。積雪区間を走らないので、スノウプロウを付けたのは居なかったです。付けた方が似合いそうな気もしますけど。

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普通列車を牽引するED71。国鉄時代は10両編成なんて普通にありましたよ。

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原付で走り回ってたので、こんな俯瞰場所にも。しかし、何処で撮ったのか思い出せない・・

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ED7117、槻木〜岩沼間。1次形は側面フィルターが田の字に並んでます。

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ED7129、舟岡〜槻木間。カラーも撮っといて良かった。

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ED75との重連。あまり異形式との組み合わせって無かったかも。

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ED7147。2次形はフィルターが横一列。次位が1次形なので違いが良く分かりますね。
ただ、ヘッドライトのブタ鼻改造は頂けませんな。

このED71も仙台で暮らす事が無ければ、まずこんなに撮ってるとは思えませんから、ある意味良い時代に行ってた物だと今さらながらに感じますね。
実際、数年後には全機引退したようなので、ギリギリセーフだったのかも知れません。しかし、今でもこの辺りで見られるのはED75と583系くらい。時代も変わったものですよ。

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タグ: ED71 国鉄 東北線

2011/1/11

スカイツリーを入れて撮る  鉄道のある風景
今週末も含めて土日に現場仕事が入ってるので、当分は休みなしですよ。まあ、働いた分だけ実入りになるから文句は言ってられないのですけどね。

今年の鉄初撮りは1月3日。まだ先の話ですが業平橋駅が改称されてしまうので、スカイツリー建設中の姿も含めて周辺の写真でも撮ってくる事にしました。
正月休みなんで昼間から一杯やっても良さそうだしと、シービー御大にも付き合ってもらう事に。
業平橋駅も初めて行ったんですが、スカイツリー自体を間近で見るのも初めて。やっぱり真下から見ると迫力ありますね。ホームから撮ってる人も多いので、駅の案内放送もやれ危ないとか大変そうでした。
とりあえず自販機券ですが入場券も買って、浅草方面に歩いて見ます。

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魚眼でもなければ、駅名とスカイツリーを入れて撮るのは難しい。
交差点名も変わるでしょうから、入れて撮っときました。

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午後は浅草向きが順光になるので、スカイツリーと逆向きがベストアングルになってしまった。しかし、運河に掛かる橋から良い感じで撮れるんですね。

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全部入れようとすると、こんな大胆なアングルに。

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業平橋から遠ざかって2本目の橋まで来ると、何とか横位置で頭まで入る感じ。
ただ、完成時は更に100m近く高くなるので、きっと入らなくなるでしょうね。

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隅田川に掛かる鉄橋をサイドから。しかし、変わった構造のトラス橋ですな。

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さすがにここまで来ると横位置でも十分入りそう。
この辺り桜並木がいっぱいでしたから、花の季節には良さそうですよ。

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正月料理に飽きてきたとこだったんで、辛い韓国料理で一杯。
最近マッコリに凝っててここでも頂きました。飲み口が良いので、後から効いてきますよ。
しかし、日本の韓国料理店でおまけの皿が出て来るのって始めてです。スンドウブチゲも本格派で本場の味が楽しめました。

まあ、こんな感じで今年も撮っていくような・・。
そう言えばブログ始めて丸4年、良く続いたもんです。

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2011/1/7

特急列車4台並び  鉄道
世の中まだ本格稼動してないのかな。やけにマッタリしてますね。

昨日は、久しぶりの遠出仕事で常磐線の東海まで行ってきました。
商品撮影の仕事でしたからカメラは当然持っていて、あわよくば寄り道も有りかなとほのかな期待もあったのですが。しかし、そんな期待もはかなく行き帰りともお客さんと一緒でしたし、時間も押してしまったので真っ直ぐ会社に戻ると言う残念な結果となりました。

普段だと普通列車でも使ってノンビリ行くでしょうが、仕事となるとやっぱり特急利用範囲ですよね。上野10時発の「スーパーひたち」にて待ち合わせだったんですが、少し早く到着すると意外やオールスターが並んでるじゃないですか。
上野駅地平ホームに来るのも久しぶりですが、今どき特急4本が並ぶ姿が拝めるとは。早速カメラ取り出し記録しときます。

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寝台特急2台並びってのも、今や朝の上野だけしか見られないのでは。
昔は、あちこちで見られた光景も貴重な存在なんですねぇー。

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今も変わらず撮ってる人が多いですね。
最近は、あえてその場の状況を残すため周りの人を入れて撮るようにしてます。

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横並びの4台を何とか入れたかったですが、やっぱり無理。
見えてませんが「北斗星」「カシオペア」「草津」「スーパーひたち」と並んでました。

往年の賑わいとは程遠いものですが贅沢は言ってられません。今後、これ以上の並びが見られる事も無さそうですし、良い瞬間を見せてもらったのかな。
帰りに初めて653系にも乗りましたが、房総特急と同じ感じなんですね。

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2011/1/4

35年前の東京口ブルトレをふり返る  国鉄特急
本年も宜しくお願いします。最近は更新頻度も少なくなってしまってますが、何卒お付き合いのほど。
当社本日より仕事です。ただ、周りのお客さんはまだ休業中のとこが多くて電話もありませんけどね。

さて、新年一発目のネタは・・古ネタです。
私が国鉄車両追っかけてた全盛期はちょうど昭和51年頃、西暦だと1976年。今年が2011年なんで、35年が過ぎたわけですよ。今当時の写真を見返しても、もうそんなに過ぎたのかなと思うと何か寂しささえ感じてしまいます。まあ、確実に歳はとってるって事ですよね。
前置きはそのくらいにして、その頃一番撮ってた写真は、やっぱり東京口の特急ブルトレでした。今でこそヘッドマークが付くのが当たり前ですが、この時代東京口にやって来るEF65だけにしかマークが無く、格が違う感じでしたね。
そんなんで、35年前の東京口へ到着するブルトレの勇姿を到着順に並べて見ます。実際には昭和50年から52年の間に撮った写真なんで、多少のバラつきはご勘弁を。

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まずは東京6時台到着の「紀伊・いなば」。この列車のみEF58牽引でしたし、唯一のマーク無しでもありました。「いなば」は14系ハザ2両の連結もありましたね。
牽引機はEF58163宮原区。写真を見て気が付いたのですが、ワイパーの位置が窓の端っこに有るんですね。レア機かな。

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次は東京7時着の「出雲」。EF65507東京区牽引の24系。この「出雲」も24系時代は1年ちょいと短い間でした。

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7:25東京着の「瀬戸」。EF65540東京区牽引の20系。食堂車の連結はありましたが、営業はしてなかったような。

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5分続行の7:30着は「あさかぜ1号」。EF65528東京区牽引の20系。前述の「瀬戸」と共通運用でしたが、こちらは食堂営業してましたね。
ここで、朝のブルトレ到着タイム第一弾は終了。東京圏はラッシュ時に突入します。

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第二段の一発目は博多から来る9:30着の「あさかぜ2号」。EF65510東京区牽引の20系。
この時代では唯一の個室A寝台を備えるナロネ22を連結してた最高峰の特急寝台でしたね。その関係か東京口最後の20系特急でもありました。

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10:10東京着の「富士」。EF65528東京区牽引の24系。「出雲」「はやぶさ」同様24系時代は短かった列車です。

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10:30東京着の「はやぶさ」。EF65539東京区牽引の24系。確かこの頃、運転停車を除いて通過駅間が最も長かったのが「はやぶさ」だったかな。上りは糸崎〜岐阜間が無停車でした。

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11:05東京着の「みずほ」。EF65504東京区牽引の14系。後述の「さくら」と共に14系化が早かった列車です。Aネ、シは熊本編成に入ってます。

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ラストを飾るのは11:30東京着の「さくら」。EF65536東京区牽引の14系。
下り列車に関しては末端で昼寝利用が可能でしたが、上りに関しては最後まで無かったですねぇー。この時間帯なら売っても良かったと思えるのに。

ざっと35年前の姿を並べて見ましたが、蒼々たる面々ですよね。しかし、こうして見るとブルトレの牽引機って、やっぱりEF65の500番台が一番似合ってると思えませんか。
次々と新幹線に愛称名が復活してますが、オッサン世代にとってはやっぱり今一つ馴染めないかなー。

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タグ: ブルトレ EF65 国鉄


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