2011/4/27

横須賀線が地下に潜る日  鉄道
いよいよゴールデンウィークですね。少しはイベント業界も復活しつつありますが、昨年程の忙しさは今だ戻ってこないなー。
まあ、こんな雰囲気なんで思い切って明日から出かけてきます。国内ですけど。

さて、また昔ネタが続きます。
今じゃ横須賀線と総武快速は、地下トンネルを介してスルー運転されてますよね。まずそこに至る経緯を説明しときます。
昭和47年に総武快速線が誕生し千葉方面から始めて東京駅までのルートが完成。当初から横須賀線との相互乗り入れが計画されていましたので、車両的にも横須賀線と同様な113系スカ色が登場してます。
昭和51年、総武快速が延長する格好で品川駅まで到達。これでスルー運転の準備は整った感があったのですが、その後の昭和55年まで実現する事がありませんでした。この辺の経緯はイマイチ分らないのですが、貨物専用線だった品鶴線の整備の関係なんでしょうかね。
そして、昭和55年10月改正により、ついに東京地上駅からスカ色の車両が見られなくなった訳です。

この辺りの動きはオンタイムに見られた世代でしたから、この地下線移動前に地上区間を走る最後の姿を撮影に行ってました。
昭和55年夏の記録です。

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東京〜品川間が地下化されるので、新橋駅を中心に撮ってたようです。
新橋駅で並ぶ湘南色とスカ色。30年後の今でも千葉辺りで見られるのが凄いですよね。

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夕方のラッシュ前でしょうね。今見てもそれ程違和感を感じないと言うのも歳をとったせいかな。

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まだ、153系普通列車の設定も多かったですね。2扉だとデッキ付近に人が集中してしまってるのが分ります。
グリーン車のデッキに立ってても、今ほど煩く言われなかった時代ですよ。

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東京〜上野の回送線も健在で荷物列車も見られました。
宇都宮のEF58が新橋駅を通過中。

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有楽町駅ホームからスカ線を。しかし、もう少し明るい時間に撮りに行っても良さそうな物の・・・

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折角なんで、現在のほぼ同じ位置からの写真も載せときましょう。
バックに見える建物は結構変わってますが、架線柱や鉄橋の雰囲気は昔のままですね。

113系など当たり前に走ってた車両ですが今や風前の灯。この辺でもイベント運転などあると大勢の人が訪れるとは、隔世の感がありますな。


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タグ: 横須賀線 国鉄 113系

2011/4/23

特急「雷鳥」の軌跡  国鉄特急
関東暮らしだとあまり馴染みの無かった特急「雷鳥」。
東では「ひばり」「とき」がともに10往復以上走ってた時代、西を代表する本数を誇ってたのが「雷鳥」でしたよね。新幹線岡山開業時だと「つばめ」も結構な本数があったかな。
前者が新幹線開業による発展的消滅に対して、後者の「雷鳥」はスーパーの冠も虚しく別の名前に取って変わられると言う、ある意味不運な結末となってしまったような気もします。
ただ、縁遠い存在であったけれど遠征撮影などに出かければ、それなりの本数が走ってた訳ですから狙わずとも撮れる存在でもありましたね。

平成の記録が殆ど抜けてますが、今まで撮ってきた「雷鳥」を並べて見る事にします。
とその前に、文字マーク時代の雷鳥のアルファベット表記に2種類が存在した話が有名ですが「RAICYO」表記は撮れず仕舞いでした。これが存在したのはボンネット用マークだけだったんですかね。

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昭和46年、金沢駅。私の撮った中ではかなり古い類。
回転式ヘッドマークが健在の頃ですね。しかし、これもある意味3種類目の表記なんですよ。この後に登場するのはRAICHOの"O"がローマ字のOで上に━が付いてる、いわゆる長音記号付きに変わってるんですよ。

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昭和49年、敦賀付近。まだ、ボンネットが多い頃だったかな。

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昭和51年、同じ場所。非貫通の200番台。東北特急同様に両端が番台違いもありましたね。

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昭和51年、塚本駅。回送ですが国鉄時代にはわざわざ回送幕なんて出さなかったな。

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昭和51年、大阪駅。今じゃこんな風に撮る事も出来なさそうですね。

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昭和54年、叡山駅。583系も間合い使用されてました。

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昭和54年、叡山付近。湖西線の駅っていつの間にか名前が変わってたりするのね。今や叡山駅が無くなってるとは・・・

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平成2年、信越線。貴重なJR化後の写真。既に9連になり食堂車も外れてますが、新潟雷鳥だけかな。

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平成20年、塚本駅。個人的には最後の姿となった1枚。これも回送ですが、幕は出てるので良しとします。

この間に雷鳥色とかいろいろありましたが、その辺の記録が全くで・・・
実際に乗ったのは昭和の頃に数えるほどだけだったなー。まあ、新幹線が開業して復活する可能性もありですかね。

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タグ: 雷鳥 485系 特急

2011/4/19

総武線市川界隈を俯瞰撮影  鉄道のある風景
もうすぐゴールデンウィークですが、やはり今年に限っては人の動きは少なそうですね。私ゃ仕事も暇なんで、前半に遠出してくる予定です。国内ですけど。
さて、タイトルに俯瞰撮影などと書きましたが、今じゃこの辺りで簡単に俯瞰など出来ないでしょうね。実は昭和55年の話なんです。

この頃から鉄道写真の撮り方も変わってきて、単純に車両をメインに撮ると言うより景色を広く入れる撮り方をしてました。まあ、そうなってくると写ってる列車の愛称や機関車の機番などは判別できなくなるのですが、街並みの遷り変わりなど記録的要素が生きてくるんですよね。
本当だったら、同じアングルで今の姿とオーバーラップさせて見たいとこですが、それも難しそう。何故なら当時は団地などの階段を勝手に登っても何も言われない時代。線路脇からロケハンして高い建物があれば、階段から撮らしてもらってたりしてました。
今じゃオートロックが当たり前だし、勝手に入ったりすれば不審者居ると通報されるかも知れません。まあ、撮影者に取っても厳しい時代になりましたよ。

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雑居ビルの階段から撮ったのかな。イマイチ覚えが無い。
市川〜本八幡間を走る183系。奥が海側になります。

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同区間を走るEF80単機。やっとズームレンズもリーズナブルになり出した頃。始めて手に入れて使いまくってました。

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江戸川沿いにあるマンションの屋上から。この時は、管理人さんに撮らせて欲しい旨を伝え許可をとりました。今じゃきっとダメだろうなー。
総武緩行を走る101系。川向うが江戸川区ですね。

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このアングルだと走ってる車両以外は今も変わらないかも知れませんね。
まだ、横須賀線とのスルー運転前なので幕は快速表示。

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反対側のアングル。奥に市川駅が見えます。最近は通るだけなので現在との違いは良く分りません。
下を走るは183系「わかしお」。

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手前の総武線鉄橋から順に国道14号、京成本線と並んでます。良く見ると、京成の旧線鉄橋のトラスも残ってますね。

今や走ってる車両は全て変わってしまいましたが、鉄橋だけは今もこの形を残してると思います。しかし、こうして見ると自分の中ではそれ程昔に感じないのが不思議な気分です。

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タグ: 総武線 昭和 国鉄

2011/4/14

今も昔も現役電車博物館  鉄道
ここに来てヒノキ花粉が大量に飛び出したので、苦しくて堪りません。朝は息苦しくて起きてしまうし、目は痒くて・・・あーホンとにこの時期は花粉の無い沖縄で仕事がしたい。
今朝の話題と言えば、川崎でのゴミ処理ですよね。
まぁー同じ川崎市民として恥ずかしいですよ。原発で作った電気を使ってるのは正しく首都圏なんです。そんな立場を完全に忘れてクレームを入れるなど考えられませんね。

さて、今回は私にとっては珍しい昔ネタ。
昭和51年に大井川鉄道でC11が復活運転を始めたので、早速撮りに行った時の写真なんです。当時は私鉄など全く興味の対象外だったのですが、国鉄蒸気が客車を牽くとあっては行かねばと友人4人でいそいそと出かけて行きました。
当然、メインは本線のC11と井川線のコッペル機ですが、線路脇で待ってればそこを走る電車も来ますよね。まあ、走ってる本数もそれ程多くは無かったので、当然の如く撮っていた訳です。
しかし今フィルムを眺めて見ると結構渋い車両が走ってたんだなと思い、ここで日の目を当ててみます。ただ、車両についての知識が全く無いので、ネットで調べられる範囲でしか分らず、間違いが有るかも知れない事をご了承くださいませ。

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まずは大井川鉄道車ではありませんが、当時、静岡から千頭まで臨時列車として乗り入れていた国鉄111系。
普通列車でしたが「いかわ」とかの愛称が付いてたような気がします。

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これは正面に形式が出てるし、書体を見ても名鉄車と分ります。
請負いですが、元名鉄の3800系。

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これも顔付きは同じですが、正面に形式表示が無いですね。

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調べるのに苦労した車両。身延鉄道から国鉄を経て大井川に来たモハ306。
当時でもかなり疲れてますねぇー。

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正面に6011と見えるので、元北陸鉄道の6010系アルミ車ですね。
現在、ゆかりの地で静態保存されてるそうです。

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これがイマイチ分らないのですが、クハ508ではなかろうかと思います。やはり名鉄車ですかね。

この時以来全く行って無いのですが、今では関西私鉄の車両ばかりなのかな。ただ、塗装は譲渡前のままが基本のようですから、大鉄色自体も過去の物となってしまったようです。
C11復活の後に9600も動態保存すると言う話があって喜んでいたのですが、結局静態保存に落ち着いてしまい残念だったのを思い出します。

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2011/4/11

列車と桜三昧  鉄道のある風景
震災から1ヵ月が過ぎて、やっと余震も収まってきたのかなと思ってたら、また来ましたよ。
さて、週末で桜と組み合わせて写真が撮れる最後のチャンスであろう昨日、午前中から近場をうろついてきました。
天気も快晴とまでは行かなかった物の時より日差しが出る感じ。マニュアル露出で撮ってる身には一番やり難い状況だったかな。

川崎で桜の有名所だと二ヶ領用水があります。川に沿って桜並木が続いてるのですが、これと列車を組み合わせるとなると、南武線の小さな鉄橋くらいしか思い当たらないので、まずはそこを目指します。
延び延びとなっていた南武快速も土曜日から走り出したので、初乗りも兼ねてこよう。
宿河原駅から歩いて10分位で桜並木と鉄橋がクロスする場所に出ます。天気も気温もバッチリなので、桜の下は宴席で満員御礼ですな。

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線路を挟んで両側に桜並木が続くので、ワイド系で撮ると良い感じ。

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快速を初撮影。下りの快速は宿河原を出ると幕を回してしまうので、この辺で撮るのは難しいですよ。

撮影後そのまま登戸まで歩いて武蔵小杉まで戻ります。丁度運良く快速川崎行が到着。
小杉までだと3駅しか通過しませんが、気分的にも速さを体感できましたね。やはり運転開始から日が経ってないので、通過駅案内の車内放送が頻繁にされてました。
小杉で東横線に乗り換え田園調布へ。ここは、通勤時にロケハンしてた場所。

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環八の陸橋から。線路を挟んで桜が植えられてますが、もう少し密度が欲しいかな。

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反対側だとこんな感じ。しかし、東横線も8割程度の本数だし、日比谷線直通も休止中とあってかなり混雑してましたね。

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続いて隣の多摩川へ。ホワイトバランスを太陽光に変えて撮って見ました。

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丸子橋の欄干にカメラ置いて1/5秒で。

まあ、こんな感じで撮りまくってきました。
これから桜前線も北上しますが、こんな時こそ東北の桜祭は派手にやって欲しいものです。鉄道が開通すれば、是非撮影にも訪れたいなー。

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タグ:  撮影地 快速

2011/4/4

荒川線30年後の定点撮影  路面鉄道
昨日は見事に天気予報に裏切られた感じ。どうも桜の方も足踏みしてるようで、今だ咲きはじめから2分咲き程度でしたね。そんな中シービー御大と震災後初めてカメラ持って出かけてきました。

本当は、桜並木と都電の組み合わせを青空の下で撮るつもりだったのですが、昼を回っても空は曇りのまま。昼飯食って三ノ輪橋から1日乗車券で段々と早稲田に向うルートをとります。
お互いに昭和50年前後辺りに都電荒川線も撮ってたんで、その頃の写真を持ってくる手の込みよう。果たして今でも同じアングルが探せるか、歴史を戻る撮影旅となりました。

私の場合、三ノ輪橋から王子間は未乗車なので三ノ輪橋駅の記録は無し。まずはシービー御大の写真を元に同じ場所を探して見ました。やはり線形も変わってるし、同じ場所を探すのは結構難儀。バックに写ってる建物を比較する事で何となく分るような感じかな。
それに対して私の撮ってる写真は、町屋駅付近と飛鳥山付近しか無かったので、それほど難儀はしなかったですね。

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昭和54年頃かな。京成のガードがあるので比較的簡単に同じ場所を見つけられました。

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そして現在の姿。昔はもっと線路に接近できたようですが、今はこれが限界。
京成町屋駅のホームが延長されてるのが分ります。右の建物は取り壊され駐車場に変わってますね。やはり空も狭くなったのかな。

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続いて飛鳥山の歩道橋から。これも同じ場所を探すのは簡単でした。

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そして今。
昔は飛鳥山に展望タワーなんてあったんですね。30年もすれば木々も伸びてること。

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王子から併用軌道を駆け上がるとこ。先日引退した7500形。

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信号のタイミングで必ず車に被られました。
新幹線のガードやら何となく空が狭まったようです。奥に見えるサンスクエアのボーリングピンは今だ健在。

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面影橋の桜はまだこんな状態。今週末辺りが一番良さそうですよ。

路面電車の場合周辺の建物が結構写ってるので、それを頼りに場所は特定し易いですね。しかし、こんな事やり始めると推理旅のようで意外とはまってしまいそう。
また別の路線でもやって見ようかな。

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タグ: 都電 荒川線 昭和


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