2011/5/30

韓国通勤電車の礎 1000系  海外鉄道
久しぶりの海外ネタ。しかし、情報が少ないので断言出来る話では無いかも・・・
初めて韓国に出かけたのが、かれこれ25年位前だったかな。丁度その頃から国内より海外の鉄道に興味の対象が移っていった時期で、近い国だし行って見ようとカメラ抱えて向かったのでした。
しかし、まだいろいろと制約の多い時代。日本の感覚で列車など撮ってると必ず係員が飛んできて制止された事もあったなー。
その後も航空マイルが貯まる度、少ないマイルで行ける国として便利だったし良く出かけてました。
そして年を重ねる毎に制約も緩んできて、最近では鉄道ファンも見かけるようになったとか。早く鉄道趣味も一般的になると良いなー。

ソウルで地下鉄が開業したのが昭和49年。その時に登場したのが韓国初の通勤型電車である1000系でした。最初のロットは日本からの輸入車で、当時の鉄道庁とソウルメトロに納品された訳です。
まあ、外観、内装とも同時代に日本を走ってた103系や営団5000系あたりを参考にしてるようにも見えますよね。ただ、標準軌なので対面するロングシートの間隔は凄く広く感じました。
この初代1000系は、鉄道庁とソウルメトロとも同じ仕様でかつ番号も重複しているので、塗装の違いだけでしか見分けが付かなかったと思われます。

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ソウルメトロ仕様の初代1000系。日本製の編成ですね。ホームで撮ってるといろいろと面倒なので、走行写真だったら良いかと思い線路脇で少々撮影した時の写真。

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103系と雰囲気似てますよね。勿論、今じゃ全車引退してしまってますから日本の方が物持ちは良さそうです。
鉄道庁車はスカ色系をベースにしてたのですが、残念ながら撮ってませんでした。

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鉄道庁所属のトップナンバー1001は、鉄道博物館に保存されており今でも見ることができます。

ここまでが初代1000系。地下鉄区間が直流、地上区間が交流でしたから地上に出る手前で、車内灯が落ちて真っ暗になってましたが、今ではそんな事も無いんでしょうね。

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続いて2代目1000系。塗装も鉄道庁2代目になるのかな。
甲種回送で運ばれてきた新車の時だと思います。メトロ車で同じタイプが有ったのかがイマイチ分かりません。

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そして、最後の3代目1000系。鉄道庁から鉄道公社へと移り、塗装も派手になったような。
最近は行ってないので良く分かりませんが、今も走ってるんですかねぇー。

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ソウルメトロでも続く2代目1000系。既に顔付きも鉄道庁とは変わって、差別化されてきたようです。ただ、塗装は引き継がれてるのかな。

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ソウルメトロ2代目1000系。しかし、顔付きが西武とそっくりですよね。

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参考までに西武6000系の写真載せときます。

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ソウルメトロ3代目1000系。ついに銀電化して登場してます。

韓国も新車投入が盛んのようですから、1000系も今後は数を減らして行くのでしょうね。通勤型の礎を築いた車両ですから、少しでも長く走ってて欲しいものです。
最初にソウル行った時は地下鉄も3路線しか無かったのに、今ではいったい何路線あるんでしょうか。
行く度に新線が出来ててビックリさせられます。

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タグ: 韓国 1000系 通勤型

2011/5/26

ED16は良いなー  鉄道
何だかこのまま梅雨入りしてしまいそうな感じですね。まあ、早く入れば明けるのも早いと期待はしてるんですけど。
さて、連休以降は全く出かける機会も無かったので新ネタがありませーん。今度の週末も天気悪そうだし暫くは古ネタを流して行くしか無さそうです。

私、趣味としては鉄道の写真撮るのがメインなんですが、模型の方も少し手を出してるんです。
昭和40年代後半頃はHOゲージが一般的でしたので、ご多分に漏れず中学生の少ない小遣い貯めては買い足してました。当時Nゲージも有りましたが、やはりプラスチック成型技術が未熟だったのか仕上がりに満足のいく物は無かったような気がします。
まあ、その後は時代と共により高度な加工技術が反映されて、その関係が完全に逆転してゆく訳ですね。
そんなんで、家のコレクションも途中からNゲージへと移り変わっていきます。HOゲージの価格が高騰してきたのもこの逆転を推し進めてしまった元凶かも知れません。
と言いつつも、持ってるNの数は大した事ないんですけど。
今はもっぱら外国型にしか興味が無かったんですが、近々にED16が発売される事を知り久しぶりに購買意欲を掻き立てられてる次第です。

D型の直流機の中では一番好きだったのがED16。旧型電機の中では遅くまで活躍してたし、都心部から遠くない場所に居たのも親近感があったのかな。
青梅線に出かけてはその姿を追っかけてた時代を思い出します。しかし、景色が良い分どうしても遠景で撮ってしまってる事が多くて、機番が分かるような写真が事の外少なかったようです。
今回はそんな写真を並べて見ます。

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若い番号順に。トップナンバーED161。
何処で撮ったか分かりません。

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ED162。拝島だったかなー。

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ED167。

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ED169。珍しく浜川崎でも撮ってました。

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ED1610。御嶽駅。

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ED1617。青梅駅。

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そしてラストナンバーのED1618。
デッキ付きの機関車だと手摺でナンバープレートが隠れてしまうので、番号が読み取れないのも結構あるんですよね。結局、はっきり機番の分かる写真ってこれしか見つからなかったです。

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最後に青梅で保存されてる1号機の写真を。綺麗に整備されてて一安心。

こうして見るとやっぱり駅間で被り付きのアングルって少なかったんですかね。
今考えると、もっと駅撮りしとけば良かったかなーとも思えますよ。

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タグ: ED16 国鉄 青梅線

2011/5/23

群馬を右往左往 Vol.3  写真
さて、引っ張り続けたGWの記事も今回でやっと終了。
この日、早起きして出かけたので温泉入って食事してビール飲んだらもうダウン。早々に寝てしまった。
そんなんで、翌朝は意外と早く目が覚めてしまい、まずは朝風呂でスッキリ。

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昨晩の雨も上がって、遠くの山まで見通せる程まで回復。漂ってた黄砂も雨と共に流れたかな。
さすがに標高も高いので、朝方は冷え込んでます。
ブッフェスタイルの朝食も種類が豊富でしたし美味しく頂きました。
夕食も含めて食事は群馬の地物がふんだんで、良くある造り置きも無く暖かい状態で食べられるのも高得点です。
参考までに伊香保温泉ホテル天坊と言うとこに泊まりました。

朝食終えたら、もう用は無いとばかりそそくさとチェックアウト。近くのバス停から渋川駅まで路線バスで向かいます。
ここで、カミさんは一目散に帰宅。私ゃ昨日パニックになってた上越線の大正橋鉄橋へと移動します。3日はDD51重連でしたが、4日はEF64重連なんです。
通過1時間程前に到着したのですが、それ程の人出でも無し。やはり、昨日の方が人気高そう。

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群馬デスティネーションのマーク付き115系。遠目に見ると国鉄時代に見られたスローガン落書きを思い起こしてしまった。
しかし、中途半端に雲が流れてくるので、晴れたり曇ったりと露出合わせが大変。

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かなりノンビリ走ってきたので、望遠端から広角端までかなりの枚数をゲット。
やっぱり広角アングルが一番好きかな。

さて、これにて撤収。上り列車まで待つ気も無いので足早に渋川駅へと向います。
しかし、上り列車を狙うのか、既に対岸には無人の三脚が置かれてる状態。しかも、ご丁寧に盗難防止チェーンまで巻きつけてるのさえありますよ。まあ、昔から良く見る風景ですが、あまりに厚かましく思えてなりません。気分悪るー。

真っ直ぐ帰るのも何なんで、前から行こうと思ってた富岡の製糸工場跡へと足を伸ばしてみます。
昨日は車で通っただけなので上信電鉄は未乗車。本日、高崎から上州富岡まで初乗車となりました。2両の普通列車は座席が全て埋まる程度の乗車率。約30分ちょっとで上州富岡着。

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運が良いのか疑問ですが、スリーナイン号に乗車。一般のお客には受けるのかなー。

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あんまりトイレの写真など撮らないのですが、ここまで凝ってると撮らずにはいられない。
ヘッドライトとパンタまで付いてる手の込みよう。折角なら塗装も黒にすれば良かったのに・・・

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現在、世界遺産申請中の富岡製糸工場跡。当時の自動織機まで残っており、見応えありましたよ。

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周辺は古い建物も多く残ってて、散策するのも面白いとこですな。

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木造3階建ての建物。中々興味深い構造です。

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花吹雪の中を。丁度八重桜の散り時で、豪快な桜吹雪が見られました。

帰りは上信電鉄オリジナル車に乗ってきましたが、西武の車両に比べると揺れる事。ここまで乗り心地の差を感じたのは初めてかも知れません。
有人駅は今も硬券入場券が残ってますし、味のある駅舎も見られたし、またゆっくりと再訪して見ても良いかな。

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2011/5/20

群馬を右往左往 Vol.2  鉄道
もう夏ような陽気が続いてますね。事務所の方も扇風機を引っ張り出してきました。
まあ、うちのような超零細企業が電力消費云々と言ってもあまり関係なさそうですが、今年の夏はなるべくエアコンの使用は控えようとは思ってますよ。

さて、前記事からの続きとなります。
上越線での撮影を終えて、またまた上信電鉄へとやってきました。
デキの運転時刻をよくよく見ると途中駅で結構な停車時間を取ってるのを発見。これならまた先回りして2度撮れます。
昼飯食ってたら、意外と時間が無くなってしまい急いで線路脇へ。この辺も畑の中を走ってるので何処でも撮れるって感じ。しかし、車で移動してると何処の駅間で撮影したのか忘れてしまうんですよ。やはり電車移動だと下車した駅の印象が残るので、こんな事は無いのですけど。この時は吉井〜西吉井間だったよなー。

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待ち時間も無く警報器が鳴りデキ登場。
ヘッドマークを嫌って真横から撮って見ました。しかし、次位のデキ3の狭い運転室に何人も乗ってます。パンタグラフだけは新品のようですね。

線路は丘に沿って迂回してるのですが、道路は坂を登ってストレートで高崎方面へと向ってるので、もう1枚は余裕で撮影。
さて次はDD51の上り列車です。タイトル通り、高崎から渋川にかけてを行ったり来たり。
時間を稼ぐため渋川伊香保まで関越道を使います。渋滞情報も出てたのですが、意外と止らずに流れてる感じ。ロスタイムも無くウサピョンお勧めの撮影地へ到着。
しかし、黄砂が舞ってるのに加えて雨までポツポツと。

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時間とともに暗くなる事。
晴れてればもっと違ったんだろうなー。

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またまた先回りしてもう1枚。本当は鯉のぼりと絡めたかったのですが、意外と無いもんです。

これにて本日は打ち止め。PM5時過ぎにカミさんが渋川駅に到着し、本日の宿へと向った訳です。
ウサピョンにはついでと言いつつ、ホテルまで乗せていただき夫婦共々感謝しております。
数年ぶりに露天風呂など浸かって見ましたが、オッサン度に比例してあー極楽の言葉が多くなってきてるような・・・
ウサピョンこと、つばささんも同記事をアップされてますので覗いて見てくださいませ。

そして翌日に続く。


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タグ: DD51 上越線 撮影地

2011/5/17

群馬を右往左往 Vol.1  鉄道
ゴールデンウイークから早や1週間が過ぎました。次の祭日は7月まで無いので、頑張って働けと言う事ですかな。
さて、今さらですが今月3日、4日の撮影旅の模様を記事にして見ます。前半戦は九州へ、後半は群馬へとかなり思いっきり遊んでしまったこの連休。事前にDD51の重連と上信のデキ重連の情報があったので、出かけるつもりにはなってたんですけど。
折角行くのに日帰りじゃ疲れるしと思い、たまには温泉でも入ってくるかと伊香保温泉のホテルに宿を取りました。一人じゃ何なんで、夕方にカミさん呼んで翌朝には朝飯食って帰すか。カミさんは基本的に観光などに全く興味を持たない人間なので、こんな感じでも十分満足なんですよ。

これで準備は完了。当日はFe仲間のウサピョン(つばささん)が車で行くとの事で、有り難くこれに便乗させてもらう事となりました。やはり、両方を掛け持ちするには車じゃないと厳しいですよね。
ただ、3日と言えば下りの道路事情が一番最悪の日。都内で拾ってもらうには遅くなってしまいそうなので、丁度通り道となりそうな倉賀野駅にて待ち合わせ。
まあ、朝1番の新幹線使えば6時台に高崎まで到達してしまうので、7時15分位には倉賀野駅へ到着できるんです。しかし、道路と同じように下りの新幹線もこの日がピーク。自由席は立ちっぱなしかなと腹を括って東京駅へ。
しかし、到着してみると思いのほか空いてます。やはり震災の影響もあるんですかね。反対側に停まってる東海道の方は通路にも立ってる人が見えますが。
上野、大宮と停まって客を拾うと、やっと満席になった感じでしたよ。

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オリジナル色だった「とき301号」。高崎にて。
すぐ高崎線上り列車に乗り1駅移動。新幹線経由の高崎までの乗車券で自動改札を通ろうとしたらエラー。窓口に渡して出たけど、果たして乗り越し無しで降りれるのでしょうかね。この辺の運賃計算が良く分らないとこです。

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ウサピョンが少し遅れるとの事でしたから、コンビニ探してプラプラと歩いてみますが、全く店が無いんですよ。
そう言えば渋川でも灰皿撤去ですって。もう東日本管内も駅で一服が出来なくなるとは喫煙者にとっては益々肩身が狭くなりますね。

そうこうしてるうちにウサピョン到着。まずは上信電鉄の撮影へと向います。
両者とも全く訪れた事無いので、行きやすい場所と言う事でまずは落ち着きました。

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現役時代には全く興味を持たなかったので、撮りこぼしてたやつです。歳とともにこの手の機関車に哀愁を感じてしまう。
贅沢は言えませんが、ヘッドマークと後ろの電車がちょっとミスマッチかな。

続いて上越線へと移動。私は上越線だと後閑から先ばかりで撮ってたんで、平地部分の撮影地って良く分りません。もうお任せで連れて行ってもらいます。

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さすがに沿線各地は人が出てますね。同じような行動パターンも多かったのでは。

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重連アングルと言うか、サイド方向からワイド系で撮ってみました。
客車も機関車もピカピカなのは、ある意味お召し列車の試運転を思い浮かべてしまった。

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渋川の停車を利用して先回り。こんなのも車ならではの芸当ですな。
この場所って誰も居なかったけど、意外と良い感じだとも思えるのですが。

そして、また取って帰して上信電鉄へと戻ります。まあ、効率は最高ですな。
午後の話は続くと言う事で・・・

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タグ: DD51 重連 デキ1

2011/5/12

山手線  鉄道
飲み屋の会話から思い立ったネタで申し訳ありません。
サラリーマン時代、週に2、3日は帰りがけに外飲みしてたのですが、今じゃ同僚が居るわけではないので、まず平日に外飲みなんてする事も無くなりました。
しかし、元来飲んで歌ってストレス発散するタイプの人なので、週末は請いにしてもらってる社長と良く飲んでる訳ですよ。

そんな中、たまに会話に出てくる山手線の呼び名。
まあ、鉄の方々であれば「やまのてせん」と当然呼びますよね。しかし、まだ「やまてせん」と読んでる人が意外と多いのにビックリするんです。下手すると生まれた歳には既に「やまのてせん」になってるのに旧称を使ってる人さえも居ますね。
もちろん突っ込みは入れるんですが、果たして今後反映されてるのか。しかし、何故これ程旧称が今でも通用してるんでしょうかね。一時期ヨドバシカメラのCMでも物議をかもし出しましたが、正式名称になって既にかなり経ちますよね。

調べて見ると、昭和46年に「やまのてせん」に改称されてるので、もう40年も前に無くなった呼び名なんです。
普通だったら40年も前の呼び名が今でも残ってる方が不思議ですよねぇー。まあ、最近はあまり聞かなくなりましたが、国電なんかも意外と通用してるとこありました。それに比べるとE電は確実に死語となったのも興味深いとこかな。
ところで、E電に変わる通勤区間の名称って今は何て言うんですかね。

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昭和46年だったら写真も撮り始めてた頃ですが、通勤型なぞ撮る対象でもなかったようで一枚もありません。
多分この写真が私の撮ってる一番古い山手線の姿。昭和48年頃の西日暮里駅。
通勤型の冷房車がまだ珍しかった時代ですね。

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その後のATC対応103系。渋谷〜原宿間。

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そして、今やデジタルのお蔭か、何でも撮るようになりました。恵比寿〜渋谷間。

しかし、この狭間に運用されてた205系の写真が一枚も撮ってないのが鉄として情けないですねぇー。
果たして「やまてせん」は今後何年も継承されるのでしょうか。気になりますね。
あなたの周りにも「やまてせんフリーク」はいらっしゃいますか?


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タグ: 山手線 103系 通勤型

2011/5/10

西九州漫遊記 Vol.4  鉄道のある風景
西九州漫遊記もこれでお終い。
さて、この日は夕方の便に乗って帰宅です。本当だったら、もう一泊くらいして土曜日に鹿児島から出ても良かったのですが、さすがパッケージ商品、多客期に合わせて帰路を土曜日にすると、基本料金+数万円のアップなんですよ。上手く出来てるもんだな。
そんなんで、最終日は一日鉄活動で「SL人吉」の撮影に当てる事となりました。

折角の蒸気なので電化区間で撮るより、風光明媚な肥薩線区間へと目が向きますよね。しかし、肥薩線は列車本数が少ないので効率が非常に悪いんです。
仕様が無いので、普段はあまり利用することの無いレンタカーで周る事に。今回は旅行パックに載ってた1日3500円を利用。乗り捨て無料でこの料金ってかなり激安ですよね。
ただ、鉄友が運転できないので、こちらもアルコールは封印しなくてはなりません。そこが車を使う場合はネックかな。

熊本から九州道で八代まで、ここで降りて後は肥薩線に沿って一般道を走ります。片側一車線の道ですが、全く信号機も無いし車の数も少ないので、止まる事無くスムーズに走行。
肥薩線は今だ乗った事ないのですが、球磨川沿いを走る車窓は良さそうですよ。
そうこうしてるうちに、有名撮影地の一つ球磨川第一橋梁へ到着。下り列車には向かない場所ですが、鉄橋フェチとしては見ておかないと。

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突然警報器が鳴ったので、急いでカメラ取り出し撮影。
キハ31って初めて見ました。しかし、この車両トイレが付いてないんですよね。これだけの閑散区間だとビールの飲みすぎも危ないかな。

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暫く走って、鉄友お勧めの撮影地に到着。
まずは、185系特急「くまがわ」。JR四国では風前の灯ですが、九州ではまだまだ行けそうですな。

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待つこと1時間。俯瞰で撮れる場所なので、望遠使えば相当先から撮る事ができます。
しかし、気温も高かったしかなり靄ってますね。画像処理で少しクリアにしてます。

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そして一番近い所。本当は線路に沿って道路が並走してるんで、車やバイクで追っかけてる輩がいるんですよ。画像処理の本職なんで消えてもらいました。

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列車は途中で長時間停車がないので追っかけは無理と思ってたんですが、西人吉付近でもう一枚なんとか。

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人吉駅は今も駅弁の立ち売りが残ってるんですね。

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結局、上り列車は朝撮った第一橋梁の反対側で。天気予報通りポツポツきました。
九州のキハ40も初めて撮ったかな。

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近くのおばちゃんと話してたら、ここだったら濡れないよと庭先で撮らして頂きました。

これにて全て終了。熊本空港まで車を走らせ、18:45発のJAL機にて羽田へ。
さすがに金曜の夕方便とあってクラスJも空きあり、思わず千円でアップグレード。
羽田からは、最近開業した武蔵小杉行きのリムジンバスを使ってみます。片道900円もしますが、荷物があるときは楽々ですね。
しかし、田園調布に止まる位なら下丸子辺りに止めた方がお客が集まりそうな気もしますけど。

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2011/5/7

西九州漫遊記 Vol.3  鉄道
島原鉄道の旅を終え島原駅に降り立ちました。
駅前の一本道の奥には島原城がそそり立ってます。この島原城も昭和に入ってから再建された代物のようですが、折角なんで天守閣からの眺めでも見て行きましょう。

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城の入口は駅から来る道の丁度反対側。近いように見えてもお堀を半周する必要がありました。
これまであまり城の写真など撮らなかったのですが、こうして写して見ると意外と格好良い建築物ですよね。こりゃ全国の城巡りとかにハマってしまうかも・・・

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天守閣から有明海を挟んで阿蘇連山を眺めます。

さて、12時も周った事だしそろそろ足を速める事としましょう。
島原駅に戻り、下り列車で2駅進んだ南島原で下車。次が終点の島原外港なのですが、ここは一駅分歩いて走行写真の一つでも撮って行く事とします。

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島原鉄道の車両区はこの南島原にあります。旧国鉄車は既に見えず、全て新型車に統一されてるようですね。

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南島原駅舎も立派な佇まいですな。

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島原外港に向う途中で。キハ2550形。
どの車両も同じように見えて撮る側としてはちょっと面白味に欠けるかも。

後はフェリーで熊本へと渡るだけ。時刻を調べて無かったのですが、1時間に1本くらいは有るだろーと近くの蕎麦屋で遅い昼食。ところがこれが失敗。
観光地で良くある事ですが、注文してから料理が出てくるまでが長い事。たぬき蕎麦一杯でゆうに30分は待たされました。急いで食ってフェリーターミナルに到着すると、何と1時間以上の待ち時間が有るではないですか。おまけに高速船ではなく普通のフェリーです。
ここまで抜群の乗り継ぎで来たのに初のブレーキが掛かってしまった。もうジタバタしても仕様が無いので、缶ビール片手に堤防で昼寝してました。

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熊本まで1時間の船旅。今も岩肌が露出してる普賢岳が不気味です。

熊本港から路線バスに乗り換え、やっとの事で熊本駅に到着。結局16時近くになってしまった。

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この日、路面電車は全線無料開放。無料とあってか乗客を捌く為に臨時便も走ってます。

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時刻表見たら丁度「SL人吉」到着の時刻。これはラッキーと駅撮りです。
関東近辺と違って駅撮り鉄は一人も見当たりませんよ。ガキの頃、総武線を走ってたハチロクの記憶が有る程度で、こうしてマジマジと見るのは初めてですかね。

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JR九州はアテンダントさんも列車の旅に華を添えてくれますね。オジサンとしては次は是非乗りたいなー。

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これだけは撮っておかねばと北熊本へ。
サラリーマン時代に目蒲線で毎日お世話になってた車両なのに一枚も撮って無かったやつです。かなりお疲れのようでしたが、これからも走り続けて欲しいものです。

今宵は、馬刺しに焼酎で一杯やって明日に備えましょう。
続く・・・

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タグ: 熊本 島原城 SL人吉

2011/5/5

西九州漫遊記 Vol.2  鉄道
昨日まで連休第2段の撮影旅に出かけてましたが、まだ前半戦の九州シリーズが完結しないので、その模様はこの後の登場となりそう。
ネタ的にはたっぷりあるので、当分は旅ブログと化するかな。

さて翌29日。今まで話に出て来なかったのですが、この旅は鉄友と同行なんです。
鉄友は長崎が始めてなので、もう少し見ていくとの事でここからは別行動で動きます。私は早々にホテルを後にし次なる目的地へと移動。
まずは、これまで乗りそびれてた長崎線の旧線と言おうか長与経由の単線非電化区間を乗り潰す事に。こちらは旧線ですから距離も長いので、本線系統の列車に対してグッと本数も少なくなります。

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長崎駅も全く変わってました。確か昔は緑の三角屋根だったような思いがあるのですが。

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長崎8:13発の5122Dに乗車。キハ66に乗車したのも何十年ぶりだろう。
大草辺りからは入り江に沿った波打ち際を走行。中々の車窓じゃないでしょうか。

終着は本線との接点である喜々津。長崎を20分後に出てくる本線普通電車に接続が取られてます。ただ、そのまま行くのも何ですから、途中下車して走行写真でも撮ってく事にしましょう。
駅を出て諫早方面に向って歩き始めます。上手い具合に線路沿いに道が続いてて、暫く歩くとまずまずの場所に到着。

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大村線から直通してくるキハ66。塗装は別にしてベンチレータが全部無くなってしまってるのが残念。

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新幹線開業で長崎線系統の顔ぶれは増えたんですかね。
ソニックの「かもめ」。

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本来の黄色「かもめ」。

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「つばめ」の為に造られた787系もその役目を終えて、各地に顔を出すようになったようです。つばめのロゴもシートで塞がれてるのが寂しく映ります。

一通り撮影できたので、そろそろ移動開始。
まず諫早まで乗車して、島原鉄道へと乗り換えます。小型時刻表には島原鉄道の時刻は出てないので接続を心配してたのですが、上手い具合に急行列車があります。
駅舎の写真を1枚撮ってそそくさと列車に乗り込みましょう。単行でしたが海側のボックスシートを独り占めできる程度の乗車率。
もちろん島原鉄道は初乗車。料金不要の急行ですが、結構な俊足で飛ばしてくれますね。
普賢岳を右に見つつ、やっと有明海が見えてきました。

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こんなに海に近い駅もあります。時間があれば降りて見たいですねぇー。

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目的地の島原駅へ到着。ホームの長さを持て余してます。しかし、有人駅であっても車内清算と言う格好も珍しい。

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島原駅は地方私鉄にしては立派な駅舎ですよね。あまり観光客が降りなかったのが気になりますが。

ここから島原城は目と鼻の先。ちょこっと寄ってきましょう。
まだまだ続きます・・・

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2011/5/1

西九州漫遊記 Vol.1  写真
28日から九州に出かけてきました。
本来なら連休が本格化する29日に出発したかったのですが、何しろ1日の差で旅行代金が倍に跳ね上がる日本独特な料金体系。瀬に腹は変えられず、仕事も暇だし平日の出発となりました。
九州へのパック商品は基本的に航空機利用が安いし、行きと帰りの空港を九州内であれば自由に選択できる有り難さがあるんですよ。そんなんで、今回は長崎へ入って熊本から出るコースを組んでみました。

羽田7:45発のJAL機にて長崎へ。
長崎は昭和60年頃に北九州ワイド周遊券を利用して一度訪れただけ。その時は乗り鉄をメインにしてたので、ただ泊まったようなものであまり印象に残って無かったなー。確か国鉄佐賀線が廃止されるので、その区間を乗るのが目的だったような。
今回は、鉄部分も含まれてるんですが、まず行きたかったのが産業遺産である軍艦島。石炭採掘全盛期の頃に造られた建物が残る島です。もちろん今では廃墟しかない無人島ですが、上陸も可能となり事前に予約してました。

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天気は最高なんですが、風が結構強くて船の運行が心配です。
長崎駅前も変わってしまったなー。確か前に来た時は三角屋根の駅舎だったかな。

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波はかなり荒かったのですが何とか出航。ただ、着岸できるかは現場判断との事。
揺れと波しぶきが飛んでくる中、気合の撮影です。

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島の東側は意外と波も穏やか。いよいよ上陸です。
かなり崩落が進んでるように見えますね。

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建物の近くは危険なので、歩ける部分はかなり限定されてます。
日本最初のコンクリート住宅はここが元祖だそう。この状態のまま残す事さえ出来ないので、今後はさらに崩壊が進むんでしょうね。

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コンクリート建築の部分だけが残って。昔は緑が無かったそうです。

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西側は台風の高波を防ぐため数十メートルもある堤防が連なってます。
この写真見ても分る通りまさしく軍艦ですよね。

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さすが造船の街、長崎。
小さな造船所も味があって良いですねぇー。

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3時間程の軍艦島ツアーの後は、市電撮影に興じます。
現在の出島から電車を撮ってみました。

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メガネ橋近くの電停から。どの電車も乗車率は結構良さそうでしたよ。

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地物の魚をたっぷり味わった後、夜間の流し撮りを数枚。しかし、アルコールが回ってた方が成功率が高いのかも。

軍艦島も世界遺産に登録申請してるそうですが、今でも風雨にさらされてる現状だと果たして何時までこの形を残せるのか。
さて翌日に続きます・・・

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タグ: 長崎 軍艦島 市電


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