2011/6/28

鉄道博物館に初訪問  鉄道
鉄道博物館って海外や国内でも遠方にあったら、この機会を逃すと二度と来れないだろうなーと思い何とか都合をつけても訪問する場所かも知れません。
しかし、身近にあると何時でも行ける感覚があって逆に行って無かったりする訳ですよ。そんなんで、大宮に移転して3年も経った先日やっと機会が出来て初訪問して参りました。

仕事上でお付き合いのあるお客さんが、数人で行くと言うので誘って頂き同行した次第。それ程鉄分は濃く無い方々でしたが、古い車両など懐かしく眺めてそれなりに満足されたようでした。まあ、本命はその後の宴会の方だったかも知れませんが。

土曜日の午後。さすがにオープン当時の混雑は無くゆっくり見て回れる感じ。ただ、昨今の節電要請の影響か照明はかなり落してました。さらに、アトラクション的な物は中止されてるのも目立ったかな。まあ、その辺はあまりオッサンには関係ないですけど。

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ストロボを使いたく無かったので、手持ちで1/10秒くらいでしか撮れません。先日、超広角の15mmレンズを買ったので、こんなとこだと役立ちますね。
C57135は昭和50年の生きてる頃に出合ってたので、およそ35年ぶりのご対面。

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同じ格好してるED18は見てましたが、このED17は記憶に有りません。
現在の洗練されたデザインから見るとあまりに無骨ですが、機能美と言う観点からは好感が持てますよね。

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どうしても馴染みのある時代の写真ばかり撮ってしまうなー。
ED75ってこんなに真っ赤でしたっけ。国鉄時代の印象しか無くて良く分からん。黒Hゴムや運転席の窓がサッシ化されてるのがどうも気になるな。

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この「とき」も181系を名乗ってる割には、屋根上にヘッドライトが着いてたりするので、返って161系とした方がしっくりきそうだな。
奥に見える455系ですが、思わず列車番号に食いついてしまった。6107Mなんて出してるんですよね。
まあ普通に考えれば1101M「まつしま1号」とも思えるのですが、敢えて季節列車である「まつしま4号」にしてるとこなんか、作為的な意図を感じずにはいられない。
と言っても若い人たちには分からんか。

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この写真って何故か覚えてたんですよ。まだ小学生の頃でしたが印象に残ってます。
右の気動車区は懐かしの千葉気動車区。照明塔の上から撮ったのかな。

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丁度、駅舎の水彩画を展示をしてたので、懐かしくて本まで買ってしまった。
最近、マイブームで古い駅舎に凝ってたりして・・・

滞在時間約2時間、ジオラマは人が並んでたのでパス。
その後は、大宮駅前にある昭和の雰囲気バリバリの「いづみや」で飲んだくれ。私ゃ渋谷でまたまた飲み直して午前様の帰宅となった次第です。

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2011/6/24

久しぶりのノリノミ鉄Vol.2  写真
2年近く掛かってた代々木上原の高架補強工事がやっと終り、飲食店が多数オープンしました。これで、昼飯のバリエーションも大分改善されるなー。
さて、先週のノリノミ鉄の続きです。

三才で入場券を購入し後半の行程へと突入します。
●ノリ:6本目 信越線「妙高3号」 直江津行 三才10:44〜直江津12:12
●ノミ:シービー御大、缶チュー1本、line、缶チュー1本
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普通列車でヘッドマーク付きと言うのも珍しいですよね。元は「あさま」の車両ですから、普通運賃で乗れる列車としては最も乗り得な感じ。この区間、列車名が付かないのは115系の3連でしたから、6連だと些か持て余し気味でしたね。

●ノリ:7本目 「はくたか11号」 越後湯沢行 直江津13:01〜越後湯沢13:54
●ノミ:シービー御大、缶チュー2本、line、缶チュー2本(+かにずし弁当)
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JRパスは北越急行も乗れるので有り難いです。この区間でショートカット。もう雨は本降りに近くなっており、天気予報は大ハズレ。
長いトンネルばかりで、車窓的にはイマイチな感じ。

●ノリ:8本目 「たにがわ414号」 東京行 越後湯沢14:08〜高崎14:37
●ノミ:なし
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新幹線乗り放題ならではの使い方。関東の方が天気良いのかな。

●ノリ:9本目 「あさま527号」 長野行 高崎14:59〜佐久平15:25
●ノミ:なし
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この列車は結構混んでたな。しかし、長野新幹線は1駅乗車の需要が多いようです。
碓氷峠に向うとまたガスって来ました。

●ノリ:10本目 小海線普通列車 小淵沢行 佐久平15:30〜清里17:07
●ノミ:シービー御大、缶チュー1本、line、赤ワイン1本
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今回初の非電化区間。乗車時間も長いので、混んでたら如何しようと心配してましたが、スカスカでした。

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小海までは飯田線のように駅間が短いですね。小海を出ると山間部を登り始めます。

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予想通り清里駅は小雨とガスの中。土曜日なのに人影が見えません。

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清里〜野辺山間はJR線の最高地点を通る事で有名ですよね。
常備の乗車券を購入。








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この常備入場券は知らなかった。
乙女駅も入れて2倍の金額で売るのも商魂たくましいな。





●ノリ:11本目 小海線普通列車 小諸行 清里17:38〜野辺山17:47
●ノミ:シービー御大、ワンカップ1本
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ここで大誤算。野辺山の窓口営業が17:00までだったのね。
そんなんで、入場券は買えず仕舞。駅前のみやげ物屋も店仕舞いして、かなり寂しくなってきました。

●ノリ:12本目 小海線普通列車 小淵沢行 野辺山18:31〜小淵沢19:09
●ノミ:なし
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雨降りながら日が長い季節なので、薄っすら明るさが残ってます。

●ノリ:13本目 「スーパーあずさ32号」指定席 新宿行 小淵沢19:18〜新宿21:06
●ノミ:シービー御大、缶チュー1本、line、缶チュー1本
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いよいよラストランナー。2回目の指定席はこの列車にて利用。
小淵沢を出ると甲府、八王子、立川のみ停車。往年の特急電車を彷彿する走りを久々に味わったなぁー。と言いつつも外は闇なので、寝てしまってたけど。

この行程を普通に乗ると幾ら掛かるかなどとは算出してませんが、かなりお得だったと思います。ただ、こんな切符が発売されない限りあえて乗るとも思えませんが・・・
しかし、その後渋谷へ移動して腰を落ち着けてまた飲み直すとは、本当に酒好きなんですよね。お互いに。



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2011/6/20

久しぶりのノリノミ鉄Vol.1  写真
JR東日本パスを利用して先週の土曜日にシービー御大と出かけてきました。
今回はとにかく乗って、飲んでの行程が主体。まずコースを作るにあたって、あまり混まない方面でこんな機会しか行かないだろうなー駅と常備券が存在するであろう駅に下車してみると言う事にします。
時刻表を追っかけて行程を組んでくと意外と無駄なく回れる事が判明し、最初と最後の列車をフィックスして指定席を取りました。まあ、後は時刻通りに走ってくれる事を祈るしかないんですけど。
しかし、撮影旅は良く出かけてましたが、乗るだけはホンと久しぶりだなー。

乗った列車の写真は全て撮っておきましたので、時系列に話を進めてみましょう。
本当ならば武蔵小杉から東京への移動が最初になるのですが、これは省略・・・

●ノリ:1本目 長野新幹線「あさま501号」普通車指定席 東京6:24〜長野8:05
●ノミ:シービー御大、チューハイ2本
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指定取ってたので、ここでシービー御大と合流。東京からだと自由席にも余裕があったかな。車内ではシービー御大が早くも1本目を開けてます。私はまだですよー。

●ノリ:2本目 篠ノ井線「しなの4号」普通車自由席 長野8:12〜篠ノ井8:20
●ノミ:なし
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特急も乗れるんで1駅でも利用しなくちゃ。ただ、自由席2両なんで立ち客もあり。
次の目的地、姨捨駅周辺には売店も無いので、ここで飲料を補給。

●ノリ:3本目 篠ノ井線普通列車 甲府行 篠ノ井8:35〜姨捨8:51
●ノミ:駅にてシービー御大、ワンカップ1本、line、赤ワイン1本
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噂通り駅プラットホームからの眺めが最高。飛び出したお立ち台があるので、駅名標の裏側にも駅名が表示がされてますね。下を走るのが本線で、通過列車はここを通り抜けて行きます。

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姨捨駅に同時進入した下り列車がスイッチバックして坂を下っていきます。

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高崎辺りから雨とガスで見通しも無くて心配してましたが、この辺りでは何とかクリアな景色が拝めました。ホームから見える棚田。時間があれば周辺散策もして見たかった。

●ノリ:4本目 篠ノ井線普通列車 長野行 姨捨9:29〜長野9:57
●ノミ:なし
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3両でほぼ席が埋まる程度の乗車率でした。しかし、列車番号札って今じゃ使って無いのかな。

●ノリ:5本目 飯山線普通列車 十日町行 長野10:15〜三才10:25
●ノミ:なし
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何故、三才駅とも思えますが、ここがJR東日本で唯一硬券入場券を常備してる駅だからなんです。と言っても大人、子供のセット売りじゃないとダメなんですけどね。

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まあ見ても分かる通り、3才になった記念って事ですよ。我々で5セットも買ったので少しは売り上げに貢献したかな。


↑カーソルを乗せると裏面が見られます。
実際は、この他に台紙が付きます。

最近はネタ不足の為、この話を少々引き摺りましょうかね。
次の行程は次回に続くと言う事で・・・

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2011/6/15

最初に乗った飛行機は  航空機
梅雨真っ盛りの割には、降雨量が少ないような気がしませんかね。何となく夏場の水不足が心配です。
天気のせいにする訳じゃないですが、ここの所出かける機会も無くカメラも箪笥の肥やし状態。そろそろ外に出してやらねば。まあ、そんな状態なんで、また古ネタを穿り返して見ます。

皆さん人生初の飛行機体験って覚えてますか。
私の場合、それなりの金額を注ぎ込んで航空券を手にしたので、今でも結構覚えてるんですよ。昭和50年の冬でしたから約35年前になりますかな。
撮影で北陸を回って関西まで行った帰りに、伊丹から羽田まで乗った全日空B727-200が最初の飛行機でした。
今じゃ新幹線よりも安く乗れる場合もあるし、それ程気構えなくても使える交通機関となったのも時代を感じます。

ここで当時の運賃を比較して見ましょう。
まずは、東京〜新大阪、新幹線指定席利用の片道運賃で、乗車券2,810円、特急券2,200円の5,010円となります。続いて、羽田〜伊丹の片道運賃は9,800円。それにジェット特別運賃600円が加算されますので10,400円と言う事になります。
何と2倍の開きがあったんですね。当時は今のように早く購入したからと言って安い運賃で乗れるなど有りませんし、精々往復割引が存在した程度。
まだ学生の身でしたから鉄道切符には学割が適用されてますし、それは多大な出費を捻出した訳ですよ。

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羽田に到着した全日空B727。まだ大半がタラップ使用でしたね。ノーズギアの扉にレジ番の下二桁が書かれていたのでJA8348だったんでしょう。
現在この区間の所要時間は70分ですが、この頃は55分で飛んでました。やはり航路や空港もそれ程混雑してなかったんですかね。

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初めて見る光景に浮かれてたのか、機窓からの写真をバシバシ撮ってました。
九十九里浜辺りですかね。

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数年後、羽田空港にて撮影したB727-200。JA8352。
今じゃ日本では見られない機材ですが、細身の3発機はやっぱ格好良いですねぇー。

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結局クリアな写真も残せぬまま消えてしまった。T字翼も似合ってます。

しかし、35年が経った今、普通運賃は別にして大阪までの航空運賃は殆ど据え置きのようなもの。鉄道はと言うと、約2.7倍にも跳ね上がってます。
こうして比べると航空会社はかなりの企業努力を感じられますな。蛇足ですが、国際線の初機上はユナイテッドのB747SPでした。

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2011/6/11

国鉄千葉局の165系臨時列車  鉄道
何か他人様のブログ見てみると、京葉線が凄い事になってるようですね。
デマと思える事が蔓延してたり、とどのつまりは下品なプラカードを先頭車の窓から出して撮影の邪魔をしたりと、もう終わってますね。
しかし、昭和の頃でも窓から顔を出す輩は見られましたが、撮影を邪魔してやるなどと考えてるやつは居なかったと思いますよ。年々、品格が疑われる行為が加速して如何なる事やら末恐ろしいですな。まあ、こんな現場には近づかないのが一番です。
もう日本の鉄道を趣味とするのも限界なのかも・・・

しょーも無い話はこれくらいにして、また古ネタを紹介します。
昭和40年代に入ると急行列車からヘッドマークが省略され始め、撮る方にとっても氷河期が訪れます。そんな中でも金沢、四国、千葉鉄管だけはヘッドマークを存続させてました。特に千葉局に関しては臨時列車にも準備すると言う手の入れよう。今思うと、悪名高い千葉動労でしたが、列車に対してはしっかりした一面がありましたね。列車番号の表示も正しく表示されてましたよ。
その中から165系で運転されてた臨時列車を拾い出して見ます。当時の情報が無かったので、憶測で書いてしまう部分も有ります事をご了承のほどで。

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昭和46年頃。臨時急行「富士わかば」。新検見川〜稲毛間。
千葉から河口湖へ向う急行だったと思います。イラストも入ったマークは好感が持てますね。ただ、この列車1年限りで終わってしまったかも知れません。

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昭和48年頃。快速「潮干狩」。新検見川〜稲毛間。奥に稲毛駅の跨線橋が見えますね。
両国から木更津間だったかな。この列車はこの後も長々と運転されてたようですが、ヘッドマークは差込式へと変わったようです。

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昭和49年頃。団体「ハイランドスケート」。千葉駅。
冬になるとレギュラーで登場してた団体列車で、河口湖に未明に到着するダイヤで運転されてました。いつ頃まで走ってたんですかね。

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そして、JR化後に撮った快速「鴨川ビーチ」。誉田駅。
唐突に出てきた1枚なので、時期も不明なんです。名前からして意外と長続きしてそうな気もするのですが、果たして・・・

その他、修学旅行列車なども立派なヘッドマークが用意されてたし、この沿線は結構楽しめましたよ。今じゃ大そうな愛称が付きますが、臨時や快速などの表示だったりして面白くもなんとも無い時代となってしまったかな。
そう言えば、165系の「まきば」なんかも撮った覚えがあるのですがネガが見つからない。

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タグ: 臨時列車 165系 千葉

2011/6/6

18切符の旅(1987年8月)  鉄道
珍しく昭和60年代に撮ってるフィルムが出てきたので、記事にしてみたいと思います。
この頃は、どちらかと言うと乗る方に比重が置かれてたのか、線路脇で列車撮ってる写真って殆ど無かったですね。既に社会人として働いていた時代でしたから、列車に乗って一杯やってが一番だったかな。
今こうして見返して見ると、かえって当時の風景が良く写ってるので、これはこれで良い記録にも感じます。しかし、毎度の事ながらメモなどは全く取ってないので、フィルムのコマ順に記憶を甦らせるしかありません。
フィルム袋に1987(昭和62)年8月13日〜14日と記してあるので、お盆休みを利用して出かけてきたようです。昭和62年と言うと国鉄からJRに変わった年ですよね。確か同年4月でしたから、JRになって数ヶ月後の姿って事ですな。

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最初のカットは友部駅。機関車にもしっかりとJRマークが付いてますね。
都心からまず常磐線でスタートしたようです。

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次の1枚は、いきなり日光駅。まあ、水戸線で小山に出て宇都宮から日光へと移動したのでしょう。
日光線も165系が普通列車運用に入ってたんですね。ホームの感じなどは今も変わってないな。

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こんなのも撮るようになってたのね。
昭和57年の新幹線開業でこのサボの出番も無くなったのかな。しかし、165系だったら「日光〜宇都宮」は使いそうな気もしますけど。

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次に向ったのが、烏山駅。キハ40も既に烏山色になってますね。

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烏山から茂木までは、別運賃ですがJRバスを利用しました。
元々はこの区間を鉄道で繋げる計画も有ったとかで、バスも列車接続を取ってたと思います。まあ今となっては夢物語でしょうけど。

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茂木駅。ここで蒸気運転が復活するとは思う由も無かった・・・
この日は、小山で1泊。

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翌日は早朝から、両毛線で出発。1本目、栃木駅で乗り換えが有ったんでしょうね。
今や栃木は高架駅に生まれ変わってますよね。

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すぐ隣を走ってた東武線。こちらも既に高架駅に。

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高崎から信越線に乗り換え長野方面に向かう。
横川機関区を見ながら碓氷峠へと差し掛かります。

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軽井沢到着。115系も冷房準備車でしたから、窓全開でも文句なし。しかし、禁煙車が付いてると言う事は、他の車両ではまだプカプカできたんですねぇー。

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EF63もまだ竹槍のようなアンテナが取り付けられる前でした。あれは不細工でしたよね。

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この行程で初の走行写真タイム。平原駅で降りて数枚撮ってました。
189系「あさま」。

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そして、小諸から小海線へと進みます。
小海駅は列車交換で降りただけだったかな。小海線のキハ58は正面のヘッドマークステイに車番を取り付けました。

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最後のカットは小淵沢で撮ったEF6458。
当時は、ホリデー快速の類など無かったので、延々と普通列車で帰ったんでしょうね。

既に20年以上も前のフィルムですが、退色も無く非常に良い状態にビックリしました。この頃、好んで使ってたコダクローム。やはり外式の現像だと劣化には強いんですね。
しかし、今や国内販売も終了してしまったので、フィルムさえも思い出でしか無くなってしまったんですよ。

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2011/6/3

韓国唯一のナローゲージ  海外鉄道
韓国鉄道ネタをもう一つ。
1995年まで残ってた韓国唯一のナローゲージが鉄道庁、水仁線でした。線名が示す通り、水原と仁川を結ぶローカル線でしたが、鉄道離れが進むとともに路線が短くなり、最後は水原と漢大前の20.2kmで幕を閉じたようです。
この水仁線、ソウルからもそれほど遠くない場所に位置してたので、1993年11月に一度訪問していました。
前述のように水仁線は韓国内でもかなりのローカル線で、一日の運転本数はわずか3往復。日本の日中線と同じような感じですね。運行も朝昼晩に1本づつで、旅行者が利用しやすい昼間の1便だけは途中駅での交換がありません。まあ、簡単に考えれば乗って戻ってくれば良いのですが、盲腸線の終端である蘇來駅で4時間も待たなくてはなりません。

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1993年11月の時刻表より引用。

起点となる水原駅は韓国の大動脈京釜線の駅ですし、ここまでは通勤電車も走っており簡単に移動は可能。
ふと時刻表の巻頭にある路線図を眺めて見ると、この10月に新たな通勤路線として安山線と言うのが開業してるようです。ただ、路線図上は同じ駅扱いになってないので少々不安は残りますが、そんなに離れて無いだろうと見込んでこの安山駅から戻ってくる事にします。

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このページだけ漢字表記になってるので大変助かりました。
他のページは全てハングルなんで、とても使い切れません。

さて、行程が決まって朝のソウル駅からスタート。
折角なので、通勤型のロングシートでは味気ないかなと思い、窓口で水原までの長距離列車の切符を購入。言葉が全然ダメなので、紙に書いて窓口へと渡します。
出て来たやつは11:20発の湖南線、木浦行。特急だと思いますが、当時最速だった「セマウル」ではありません。何しろハングルは記号にしか見えないので、さっぱり分かりません。

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まだ、ソウル駅は全て非電化でしたから、余計な物も無くて空が広いですよね。
一番奥に見えるスカ色の車両が気になります。多分、普通列車用の客車かな。

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この列車に乗り込みます。

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参考までに、昨年行った時のソウル駅。架線も張られてるし、屋根も付いちゃってますね。
入って来る車両もKTXばかりが目立ちます。

そして、無事に水原駅からナローサイズの気動車に乗って安山駅まで到着。
しかし、その辺の写真を全く撮ってないんですよね。何故かと言うと、水仁線で日本人が珍しかったのか片言の日本語を使って話しかけてくる人が多くて、ゆっくりしてられなかったんですよ。
もう参りました・・・

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安山駅を降りてやっと撮った1枚です。後ろの旧塗装車が撮れて無かったのが残念。
懸念していた新規開業の安山線は何と右に見える線路の上を走ってました。しかし、線路幅の違いが分かるような撮り方まで気が回らなかったのかなー。

結局、わざわざ乗りに行ったのに写真が無いし、あまり充実した旅でもなかったかな。
最近の話では、この廃止された水仁線の一部が新たに電化再開業されるようで、ソウルのベットタウンがここまで広がって来た事を物語ってるんでしょう。
きっと、当時の車窓とは比べ物にならない変貌を遂げてそうです。

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タグ: ナロー 水仁線 韓国


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