2011/12/29

仕事納め  仕事のこと
いゃー何とか今年中にやっておかないといけない仕事も終わった。今年はこれで仕事納め。
明日は一杯飲みながらチョコッと事務所の掃除して、夜は最後の忘年会で締め括りですかな。
しかし、今年はいろいろあって仕事的には厳しい年でしたよ。

今日から休暇の企業も多いようで、朝の電車は余裕で座れました。逆に、ふるさとに向う列車は満員でしょうね。家は夫婦ともに実家が東京都内なんで帰省とは縁がない生活なんですよね。
まあ、正月休み使って遊びに行っても良いのですが、高いし混んでるしと中々触手も動きません。一昔前は海外脱出なんて事もしてましたげど、最近は先立つ物もないしと・・・

そんな中、昔のフィルムを眺めてたら懐かしい光景を撮ってたコマが見つかりました。
ある意味、ホーム内の情景を撮ってた唯一の1枚かも知れません。

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昭和52年の新宿駅1・2番線ホームです。時期はずれですが8月のお盆前ってとこかな。
1番線は17:00発の「アルプス・こまがね」何と入線時刻は発車1時間半前。何かのんびりしてましたよね。2番線は16:00発の信濃大町行「アルプス4号」。

まあ、オッサン世代の鉄の方々なら一度は経験してるとは思いますが、夜行列車に乗るためにわざわざ夕方から並んでたんですよね。もちろん、当時では格安の急行の自由席を狙うわけです。まだ世間的に裕福ではなかった頃でしたし、宿泊代を浮かせるのは最適な移動手段だったなー。
特に多客期はこの人数を捌くために、ホーム内に自由席専用の待機所を設置し乗る列車毎に列を作らせてました。

私が一番良く使ってたのが、東京23:28発の347M大垣行のグリーン車。これは何時もハードルが高くて、何度かは諦めて普通車へと流れた事も多かった。
平成の今、新幹線網も充実し短時間で移動できる世の中。こんな光景が再現される事はないでしょうね。
しかし、こんな光景もっと撮っておけば良かったと後悔しきりですよ。

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タグ: 昭和 国鉄 新宿駅

2011/12/25

急行「ゆのくに」  国鉄急行
今年も残すところ1週間ですねぇー。この連休も何だかんだと会社に出てます。
しかし、12月に入って毎週金曜日は忘年会続き、酒を飲むのは嫌いじゃないので苦にはならないものの不景気風が吹きまくってる昨今、財布の状態が心配ですよ。
30日が今年最後の忘年会になるのかなー。

そんなんで、昔ネタを掘り起こした記事が続きます。
昔の記憶を辿っていろいろ調べて見ると、急行「ゆのくに」って電車で運行されてたのは、たったの1往復しかなかったんですね。どうも思い込みってのは曖昧で3往復ぐらい走ってたと今まで思ってました。逆に「立山」の方が運転本数が多かったとは・・・しかも1往復は気動車急行だったんですね。
そう思うと、関東者にとっては遭遇チャンスも少なかったはずですが、意外と写ってたんですよ。
当時「ゆのくに」狙いで行動してたとは思えませんし、時間的に良いところを走ってたんですかね。

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最初の関西遠征の時撮ったやつかな。昭和51年、新大阪付近。
まだ急行全盛期の頃でしたから、サハシ+サロ+サロの堂々編成ですよ。大型のヘッドマークも健在の頃。

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昭和51年、大阪駅。電動車は60Hz仕様の470番台でしたが、東北の450番台との外観の違いは良く分からなかった。
隣には見えるのはクモユ141かな。

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昭和51年、大阪駅。この線区も列車番号札はかなりいい加減。
322Mで調べると福井発米原行の普通列車の物でした。

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偶然と言おうか、気動車で運転されてた下りの「ゆのくに1号」も撮影してました。昭和52年、敦賀付近。
新潟行の急行「越後」を併結したサロ2両入りの12両編成。七尾線・能登線への多層立て急行だったんですね。

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そして昭和54年、木ノ本付近。既にサハシは外れ、サロも1両と言う寂しい編成へと。
まあ、今じゃこれでも豪華編成に見えてしまうから不思議な物です。

気動車編成「ゆのくに」はゴーサントウで消滅。1往復だけ残った電車「ゆのくに」も昭和57年に廃止となりました。
急行「ゆのくに」。温泉を抱える沿線にとっては中々良い愛称名だったと思いますよねぇー。

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2011/12/20

特急「くろしお」  国鉄特急
来年のダイヤ改正の概要が発表されましたね。
案の定、夜行列車は毎年の如く縮小。不採算な部分はとにかく切り捨てて、需要のある通勤時間帯だけが改善されるって印象だなー。これから数年後、果たして日本の鉄道地図はどんな風に変わってるんでしょうかね。

そんな話題の一つに紀勢線大阪口の特急名称が「くろしお」に統一されると言う記事があります。
今や何でもスーパーが付いたりと煩わしく思ってたので、個人的にはすっきりして良い話ではないかと思ってますね。正しく国鉄時代に戻ったようです。
しかし、最近の傾向としてヘッドマークが省略されてる車両が主流。改正時に投入される287系も同様なので、趣味的には益々つまらなくなって来てるような気がします。特にJR西日本は画一化されたデザインを流用してるだけなので、少しは差別化を図って欲しいものですよ。
そんなんで、まだ趣味的に魅力的だった頃の「くろしお」を並べて見ましょう。

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昭和51年、天王寺。最後のキハ81系使用となってた「くろしお」。
この頃、名古屋側はキハ82でしたから、この1両だけが孤軍奮闘してたと思われます。

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天王寺駅ホーム。この時代、阪和線は行き止まりホームを使ってましたので、優等列車は全て天王寺止まりだったような気がします。
ホームを歩く人たちの服装も時代を感じさせますねぇー。
しかし、交通科学館に保存されてるキハ81のヘッドーマーク。もう少し本物に似せて出来なかったんでしょうかね。

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名古屋行以外は全てキハ82を先頭にした「くろしお」ばかりでした。
関東では既に気動車特急は見られなかったので、何でも撮りまくってた感がありましたね。

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さすがに、数をこなしたかったのか走行写真まで撮る時間も無かったようです。
この時以来天王寺駅に降り立った事が無いので、今じゃ相当変わってるんでしょうね。

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そして昭和54年。すっかり新しくなった381系「くろしお」。
ゴーサントウの改正で「しなの」に続き振子電車が投入されました。

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阪和線、山中渓付近。
「くろしお」用の381系は非貫通で100番台に分類されてましたよね。

今も塗装は違えど381系が活躍してるのも嬉しい限り。
その後の写真は全く撮ってませんから、来年の改正前にでも撮っておきたいところ。
早々に大阪方面に出張でもないかなー。

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2011/12/12

世田谷ディープスポットを巡る  写真
この週末、近場の紅葉と街撮りに出かけてきました。
昔の写真見ても列車ばかり撮ってて、駅や周辺の街並みを全然撮って無かったのが今更ながら悔やまれて・・・そんなんで、今でも昭和の面影を残す辺りを写真に残すのも楽しみとなりつつあるのです。
特に再開発が既に進行してる場所は残された時間も限られてるので、早めに記録しとく必要もありますね。

今回手近なところで、三軒茶屋と下北沢のディープスポットを回ってきました。
両方とも戦後の闇市から発展した商店街が残る場所として有名ですが、下北沢に至っては既に小田急線地下化に伴い撤去が進んでるのが実情です。

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246と世田道に挟まった三角地帯に残る三軒茶屋中央劇場。
今だ逆書きの看板を残す映画館。河童のイラストも時代を反映してるのかな。

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まだ営業中なのかはっきりしませんが、千代の湯の煙突がこの辺りでは一番高い構造物。

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歩いた中では一番細い路地だったな。この迷路のような道がまた冒険心をくすぐります。

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路地にあった飲み屋さんで、ちょこっと休憩。
気楽に入れる感じも、こんな場所ならではじゃないでしょうか。

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続いて向ったのは下北沢。
茶沢通りに面したスズナリですが、ここも再開発の地域に掛かってるようで、取り壊しの対象になってるようです。

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線路脇に残る古き建物。アジアの違法建築のようにも見えたりして。

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小田急の開かずの踏み切りも近々に過去の風景に。

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ここも闇市から発展した駅前食品市場。
今じゃシャッターを下ろした店が大半となってます。

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雑多な下北と言えど、トタン屋根はこの一角だけですよ。
駅への近道なので、人通りは意外に多い。

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かなり細い路地を進むとこんな光景が。

この手の古い商店街が唐突に残ってる場所って、探してみると都内に結構ありそうですね。
いつ取り壊されてもおかしくないと思うし、少し調査してまた出かけて見るのも面白そうだな。

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2011/12/7

ウィークエンドパスの旅 Vol.3  鉄道のある風景
ウィークエンドパスの旅も最後の記事。
このウィークエンドパスは連続した2日を使える切符なので、翌日も何処か行かないと勿体無いですよね。1日で十分元は取った感があったので近場で良いやと、富士急行線へと出かけて見ることにします。
若き頃に「ハイランドスケート号」で河口湖まで行って以来だと思うので、もう35年くらい前に乗ったきりかな。

大人の休日倶楽部会員だとJRフリー区間内は何でも割引で買えるので、新宿から特急「かいじ」で大月へ。新宿発車時はガラガラでしたが、三鷹、立川、八王子で次々乗ってきて、席は埋まってしまった。約1時間で大月着。
大月では上手い具合に「フジサン特急」に接続。300円の特急券買って自由席車へ乗車。

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元JRのパノラマEXPアルプス。JR時代と内装はあんまり変わってないようですが、かなりくたびれてる感じ。ただ、シートピッチがやたらに広くて座席定員は少なそうだな。
久しぶりの165系サウンドを聞きながら45分のショートトリップ。

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車窓から雲一つ無い富士山も見えます。やはり今年は雪の量も少なめなのかな。
しかし、山梨側は逆光なので、富士山バックの鉄道写真は難しそう・・・

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河口湖畔まで歩いてみます。
下調べしてかなかったのがいけないのですが、この日マラソン大会で周囲はメタメタ。早々に駅へと引き返しました。
さて、昼飯食って行きがけにロケハンした場所へ移動。

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富士山駅へ改名したのも知らなかった。
観光記念の硬券入場券も発売されてます。

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向った先は下吉田駅。この駅舎もかの有名な水戸岡さん設計で生まれ変わった物ですね。
シンプルで中々好感が持てる感じ。
構内には、ブルトレ1両と貨車が保存されてます。

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頂上がカスカスになってしまった。
これまた、水戸岡デザインの富士登山電車。今回は時間が合わず乗れず残念。

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時間が結構空いてたので、俯瞰ポイントを探して坂道を登ってと。
富士山が近すぎて列車との組み合わせはちと無理があるな。まあ、俯瞰好きには堪えられませんけど。

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かなり日が傾いた時間じゃないと完全逆光になるので、撮り難いかも知れません。
横位置だとなおさら列車が小さくなってしまう。

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駅に併設された待合室。もちろん無料ですし、持ち込みOKなのも有り難いですな。
しかし、私一人なのがちと寂しい。

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大月に着く頃には既に夕闇。日も短くなったものだ。

案の定、日曜の上り列車は指定も満席。少し時間が空いてしまうのですが、「はまかいじ」の指定が空いてたので、横浜経由で帰路に。大月の売店でワイン買って飲んだら睡魔が襲ってきて、起きたら新横浜に到着してました。

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2011/12/3

ウィークエンドパスの旅 Vol.2  鉄道のある風景
さて、前記事の続きです。
今回の行程で是非乗っておきたかったのが、来春に廃止される予定である長野電鉄屋代線だった訳です。ただ、何しろ運転本数が少ないので、7時過ぎに東京に戻るとなると如何しても無理と半ば諦めてました。
しかし、出掛ける数日前に長野電鉄のホームページを見てたら、何と当日2000系を使った臨時急行が運転されるとの事。おまけに屋代が12:55発で、無駄なく接続が取れそうです。
そんなんで、念願叶って最後の乗車となるであろう屋代線を満喫してきました。
そう言えばこの区間、大昔に志賀高原へスキーに行く際、急行「志賀」で暗闇の中通った事があったけど全然覚えてないな。

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屋代駅で2000系臨時急行を迎えます。殆ど撮ってる人間も居なかったのですが、大半の乗客はそのまま折り返して乗車するようで、そこそこの乗車率になってますよ。
急行と言うだけあって屋代を出ると途中松代駅に停車するのみ。

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この木造ホームも見納めですかね。
しかし、特に急行運転についての案内も無いし寂しい限り。

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車窓からは雪を被った北アルプスが見えます。
中々風光明媚な路線なのに廃止とは残念だなー。

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松代駅へ到着。10分位の停車時間があったので、少し駅前をブラブラ。

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まるで昭和にタイムスリップしたような光景。
無くなってしまうのも勿体無いな。

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約45分で終点須坂駅へ到着。
松代の停車時間を含めても普通列車とあんまり変わらないですが、クロスシートで車窓を楽しめる分だけ得した感じですかね。

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続いて向った先は長野線の終点、湯田中駅。
駅前の蕎麦屋でやっと飯にありつけました。しかし、駅周辺は何にも無いなー。
ただ、駅舎の反対側に「楓の湯」と言う温泉があるので、そこに寄ってくのも良いですよ。入浴料300円也。

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帰りは長野まで特急で。100円で乗れるのも有り難い事です。
しかし、正しく小田急ロマンスカーだなー。

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途中、信号機故障のトラブルに見舞われ30分遅れで長野へ到着。
時間の余裕も無くなってしまい、早足に新幹線ホームへ向います。

これにて長野電鉄も全線乗り潰し完了。しかし、私鉄線は特急でもトイレが付いてないので、私のような飲兵衛には気楽にアルコール補給が出来ないのが難点かな。
翌日のVol.3へ続く・・・

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