2011/4/4

荒川線30年後の定点撮影  路面鉄道
昨日は見事に天気予報に裏切られた感じ。どうも桜の方も足踏みしてるようで、今だ咲きはじめから2分咲き程度でしたね。そんな中シービー御大と震災後初めてカメラ持って出かけてきました。

本当は、桜並木と都電の組み合わせを青空の下で撮るつもりだったのですが、昼を回っても空は曇りのまま。昼飯食って三ノ輪橋から1日乗車券で段々と早稲田に向うルートをとります。
お互いに昭和50年前後辺りに都電荒川線も撮ってたんで、その頃の写真を持ってくる手の込みよう。果たして今でも同じアングルが探せるか、歴史を戻る撮影旅となりました。

私の場合、三ノ輪橋から王子間は未乗車なので三ノ輪橋駅の記録は無し。まずはシービー御大の写真を元に同じ場所を探して見ました。やはり線形も変わってるし、同じ場所を探すのは結構難儀。バックに写ってる建物を比較する事で何となく分るような感じかな。
それに対して私の撮ってる写真は、町屋駅付近と飛鳥山付近しか無かったので、それほど難儀はしなかったですね。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和54年頃かな。京成のガードがあるので比較的簡単に同じ場所を見つけられました。

クリックすると元のサイズで表示します
そして現在の姿。昔はもっと線路に接近できたようですが、今はこれが限界。
京成町屋駅のホームが延長されてるのが分ります。右の建物は取り壊され駐車場に変わってますね。やはり空も狭くなったのかな。

クリックすると元のサイズで表示します
続いて飛鳥山の歩道橋から。これも同じ場所を探すのは簡単でした。

クリックすると元のサイズで表示します
そして今。
昔は飛鳥山に展望タワーなんてあったんですね。30年もすれば木々も伸びてること。

クリックすると元のサイズで表示します
王子から併用軌道を駆け上がるとこ。先日引退した7500形。

クリックすると元のサイズで表示します
信号のタイミングで必ず車に被られました。
新幹線のガードやら何となく空が狭まったようです。奥に見えるサンスクエアのボーリングピンは今だ健在。

クリックすると元のサイズで表示します
面影橋の桜はまだこんな状態。今週末辺りが一番良さそうですよ。

路面電車の場合周辺の建物が結構写ってるので、それを頼りに場所は特定し易いですね。しかし、こんな事やり始めると推理旅のようで意外とはまってしまいそう。
また別の路線でもやって見ようかな。

いつもポチ有難うございます。
0
タグ: 都電 荒川線 昭和

トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ

2011/4/5  20:44

 
≪今回の音≫ 早稲田電停を出発する荒川線 7500形 人間は絶えず記録を残してゆこうとします。会社組織も個人が行う記録活動と同じく、人間という生物の集合体としての機能維持活動の一環として、絶えず循環を繰り返しながら存続と云う記録を続けようとします。 音を拾… 


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ