2011/4/23

特急「雷鳥」の軌跡  国鉄特急
関東暮らしだとあまり馴染みの無かった特急「雷鳥」。
東では「ひばり」「とき」がともに10往復以上走ってた時代、西を代表する本数を誇ってたのが「雷鳥」でしたよね。新幹線岡山開業時だと「つばめ」も結構な本数があったかな。
前者が新幹線開業による発展的消滅に対して、後者の「雷鳥」はスーパーの冠も虚しく別の名前に取って変わられると言う、ある意味不運な結末となってしまったような気もします。
ただ、縁遠い存在であったけれど遠征撮影などに出かければ、それなりの本数が走ってた訳ですから狙わずとも撮れる存在でもありましたね。

平成の記録が殆ど抜けてますが、今まで撮ってきた「雷鳥」を並べて見る事にします。
とその前に、文字マーク時代の雷鳥のアルファベット表記に2種類が存在した話が有名ですが「RAICYO」表記は撮れず仕舞いでした。これが存在したのはボンネット用マークだけだったんですかね。

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昭和46年、金沢駅。私の撮った中ではかなり古い類。
回転式ヘッドマークが健在の頃ですね。しかし、これもある意味3種類目の表記なんですよ。この後に登場するのはRAICHOの"O"がローマ字のOで上に━が付いてる、いわゆる長音記号付きに変わってるんですよ。

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昭和49年、敦賀付近。まだ、ボンネットが多い頃だったかな。

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昭和51年、同じ場所。非貫通の200番台。東北特急同様に両端が番台違いもありましたね。

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昭和51年、塚本駅。回送ですが国鉄時代にはわざわざ回送幕なんて出さなかったな。

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昭和51年、大阪駅。今じゃこんな風に撮る事も出来なさそうですね。

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昭和54年、叡山駅。583系も間合い使用されてました。

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昭和54年、叡山付近。湖西線の駅っていつの間にか名前が変わってたりするのね。今や叡山駅が無くなってるとは・・・

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平成2年、信越線。貴重なJR化後の写真。既に9連になり食堂車も外れてますが、新潟雷鳥だけかな。

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平成20年、塚本駅。個人的には最後の姿となった1枚。これも回送ですが、幕は出てるので良しとします。

この間に雷鳥色とかいろいろありましたが、その辺の記録が全くで・・・
実際に乗ったのは昭和の頃に数えるほどだけだったなー。まあ、新幹線が開業して復活する可能性もありですかね。

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タグ: 雷鳥 485系 特急

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