2011/7/7

香港トラム北角ループの変遷  路面鉄道
この週末は久々の出張。日曜から入って1日遊んで来ようと思ってます。まあ、天気次第なとこがあるんですけどね。
さて、ここの所出歩く機会も失ってたものですから、続けて古い海外ネタを引っ張り出して見ました。

香港と言うと二階建てのトラムが走ってる事でも有名ですよね。
香港は人口密度の高さでも世界有数。狭い土地に高層ビルが乱立している状況なので、自家用車を保有するのも大変な事のようです。車が増えれば路面電車などは邪魔物扱いされて廃止されるケースが多いのでしょうが、そんな背景からなのか今だ併用軌道をノンビリと走ってる姿が見られます。
時代と共に公共交通機関もグレードアップされるのが常の世の中ですが、その波に取り残されたような車両が今だ現役で走ってると言うのもまた魅力の一つかも知れませんね。何でも変電設備の関係で冷房車が走らせられないとの話も聞きました。

そんなトラム路線の中でも有名な区間と言えば、北角の春映街を通るループ線ではないでしょうか。香港の路面電車は基本的に片側運転台の構造で、路線の終端は勿論、折り返しの中間駅にも方向転換を行うループ線が設けられています。
その春映街区間は両側に商店が並んでいて、線路ギリギリまで出店が張り出してた事で見応えのある場所でもありました。
しかし、安全面からなのかその出店が排除されてしまい、以前のようなスリリングな光景も見られなくなってしまったのが残念なところです。まあ、旅行者の勝手な言い分なんでしょうけど・・・
そんな春映街を時代を追って並べて見ましょう。

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初めて香港を訪れたのが1987年でした。この時以来、香港にはまってしまい数知れず訪れる事となります。

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広告の雰囲気も20年以上前のレトロさを感じさせます。
隣に写るバスも非冷房しかなかったな。

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初の春映街訪問は1989年。電車が通らない時はこんな感じ。

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人をかき分け電車がやって来ます。

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旧車体は、運転席の日除けと二階部分の窓が小さいのが特長でしたね。

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そして1992年。車体更新車が増えて旧車体は殆ど姿を消してます。

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まだ、スリリングな光景が見られました。抵抗器が屋根上に移されて旧車体とは大分イメージが変わりましたね。

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1993年。規制後の春映街。一気に混沌とした雰囲気が姿を消してます。何か街も寂れたように感じますね。

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時は流れて2007年の姿。少しは活気も戻ってきたのかな。

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望遠で撮れば、それなりの感じは再現できるかも。
ここで気がついたのですが、行き先表示が運行区間別に色分けされたのと、漢字表記が逆書きになったんですね。

こんな感じの変遷があったんです。まあ、今もそれなりに写真撮るには良い場所だと思いますし、今後の姿も追っかけて見たいと思ってます。
ウイッキによると今でも120番だけが旧車体のまま残ってるそうですね。是非遭遇してみたいですな。

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タグ: 香港 トラム 春映街

2011/4/4

荒川線30年後の定点撮影  路面鉄道
昨日は見事に天気予報に裏切られた感じ。どうも桜の方も足踏みしてるようで、今だ咲きはじめから2分咲き程度でしたね。そんな中シービー御大と震災後初めてカメラ持って出かけてきました。

本当は、桜並木と都電の組み合わせを青空の下で撮るつもりだったのですが、昼を回っても空は曇りのまま。昼飯食って三ノ輪橋から1日乗車券で段々と早稲田に向うルートをとります。
お互いに昭和50年前後辺りに都電荒川線も撮ってたんで、その頃の写真を持ってくる手の込みよう。果たして今でも同じアングルが探せるか、歴史を戻る撮影旅となりました。

私の場合、三ノ輪橋から王子間は未乗車なので三ノ輪橋駅の記録は無し。まずはシービー御大の写真を元に同じ場所を探して見ました。やはり線形も変わってるし、同じ場所を探すのは結構難儀。バックに写ってる建物を比較する事で何となく分るような感じかな。
それに対して私の撮ってる写真は、町屋駅付近と飛鳥山付近しか無かったので、それほど難儀はしなかったですね。

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昭和54年頃かな。京成のガードがあるので比較的簡単に同じ場所を見つけられました。

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そして現在の姿。昔はもっと線路に接近できたようですが、今はこれが限界。
京成町屋駅のホームが延長されてるのが分ります。右の建物は取り壊され駐車場に変わってますね。やはり空も狭くなったのかな。

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続いて飛鳥山の歩道橋から。これも同じ場所を探すのは簡単でした。

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そして今。
昔は飛鳥山に展望タワーなんてあったんですね。30年もすれば木々も伸びてること。

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王子から併用軌道を駆け上がるとこ。先日引退した7500形。

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信号のタイミングで必ず車に被られました。
新幹線のガードやら何となく空が狭まったようです。奥に見えるサンスクエアのボーリングピンは今だ健在。

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面影橋の桜はまだこんな状態。今週末辺りが一番良さそうですよ。

路面電車の場合周辺の建物が結構写ってるので、それを頼りに場所は特定し易いですね。しかし、こんな事やり始めると推理旅のようで意外とはまってしまいそう。
また別の路線でもやって見ようかな。

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タグ: 都電 荒川線 昭和

2010/11/3

都電を撮ってみた  路面鉄道
先月でしたが、たまたま時間が空いたので近場でちょこっと撮ってきました。
どうも最近はブラブラ歩きながら撮れるのが一番あってるようで、都電沿線を歩いてみました。
今でも残る都電はご存知の通り荒川線だけ。大半が専用軌道だったのが幸いした結果ですかね。ガキの頃は錦糸町、日本橋辺りでも乗った覚えがありますが、さすがに写真を撮れる歳でもなかったな。

荒川線も全線乗車はした事など無く、ぶつ切りで乗った覚えがある程度。と言う事で本格的に撮影などするのは始めての事です。
会社から都電の駅に行くのに便利なルートはと考るとまず出てくるのが、町屋まで千代田線で行くコース。ただちょっと遠いな。
もっと近場でと地図を見ると、副都心線の雑司が谷駅が都電と接続があるようです。この辺は仕事でも行く機会が無いとこなので、全く土地勘が無いですな。

雑司が谷駅の地上に出ると、直ぐ隣を複線の線路が走ってるのが見えました。ここから、早稲田方面に向かって線路沿いを歩いてみましょう。

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都心でも緑深いとこ走ってますね。しかし、天気悪いな。

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川に沿って桜並木がありますね。桜の季節には良き撮影ポイントでしょう。
後から分かったんですが、この紫色の車両はデビューして間もないようです。最近流行りのメタリック塗装なんで光線によって色が変わりますよ。

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サンシャインをバックに撮れる場所として有名のようです。
しかし、こうして見ると線路の起伏が激しい事。

その後、終端の早稲田までブラブラ歩き、折り返しは乗車しながらロケハンして大塚にて下車。意外でしたが沿線で写真撮ってる人の多さにビックリ。

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線路脇にバラが植えられてるんですが、中々一緒に撮れるアングルが見つからず。

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大塚に向って坂を下りてくる。やっぱり縦位置アングルが多くなってしまいますね。

世の中の鉄道車両が銀色化してるのに、こと路面電車に関しては塗装車が幅を利かせてるんでしょうかね。構造上の問題なのかな。
まあ、銀色化よりは良しとしなければ。

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タグ: 都電 荒川線 早稲田

2010/5/16

大連と言えば市電とパシナ  路面鉄道
広大な中国でも、路面電車となると日本ほど多くの地域で見かける事はありません。まあ知ってる所で香港、大連、長春程度ですかね。
ここ大連も地下鉄工事が始まっており、今後の存続も危ぶまれる感じも受けました。道路のインフラが車の台数増加に付いていってないようで、何処も激しい渋滞を招いていましたね。

大連の市電は現地で貰った地図に依ると4系統が記されていますが、今回見てきたのは201系統のみです。
車両は旧満州国時代より使用されている、日本が設計製造した旧型の単行と最近流行の低床連接車がほぼ半数の確率で見られる感じですかね。ただ、この旧型車も車体更新が全て済んでるようで、内装に至ってはかなり新らし目に映ります。

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201系統を走る旧型車。まさしく正統日本スタイルの車両ですよね。
チンチン電車の由来とも言える鐘が運転席前に付いてます。

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塗装は深緑とエンジの2色が存在してました。車が多いし、マナーは滅茶苦茶なので運転は大変そうですな。

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早速乗って見ましょう。運賃は1元(14円)。
内装の木材は張り替えられているようですが、捕まり棒や照明は当時のまま利用されてるように見受けます。既にICカードも導入されていますね。

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210系統の終点、王家屯で並ぶ新旧車両。
戻りは新型に乗車しましたが、やはり乗り心地、加速とも全然違いますな。

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電車ついでに、噂に聞いてたバスを始めて見ました。おそらく中国にしか無いと言われてる寝台バスです。
突然来たので、あまり良いアングルで撮れませんでしたが側面窓が上下2列になっており、車両に対して平行に2段ベットが並んでるようでした。いゃーさすが中国。

いよいよ帰国日となり、空港に向かう途中に最後の見学地を訪れます。
大連車両基地に併設されてる大ラウンドハウス。ここも取り壊しの対象になってたようですが、鉄道関係者より保存の声が高まり再整備される事が決まったようです。従って今は自由に入る事が出来ませんが、すばやく写真だけ撮ってと、潜り込む程度は可能でしたよ。

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入庫線は何線あるのか、ゆうに円弧200°位はありますな。
整備される日を待ち望みましょう。

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そして満鉄の顔、超特急「あじあ」を牽引したパシナ機。
中国でもここ大連と瀋陽にしか残ってないと言われてますよね。とにかくデカいですよ。動輪直径2m。
庫内に留置されてますが、かなり傷みも目立ちます。中国は今だ日常的に蒸気整備している場所もありますから、是非動態保存でもして欲しいものですね。

この後、渋滞に巻き込まれながらも13:00発JAL828便にて無事帰国。
大連〜成田間は偏西風に乗って飛行するので、飛行時間も2時間ちょっと。話題のアバターを見てたら最後まで見れずに終わってしまった。参りました。

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成田からは大増発されたNEXで武蔵小杉まで一本で帰れます。ただ中国帰りだと日本の交通費の高さに敏感になってしまいそう。
久しぶりの缶チュウが旨い事。

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2009/4/18

西鉄北九州線  路面鉄道
かなり久しぶりの路面電車ネタです。
当時それ程、路面鉄道に興味は無かったので撮影する機会もついで程度で、撮影枚数にしても多くはなかったです。
今は町並みや車なども含めて撮れる対象なので、機会があれば粘着して撮る対象にしています。

この西鉄北九州線も1989年4月に出張の際に時間が空いたので、撮ってきた代物です。
この数年後に併用軌道区間が廃止されるのが決定してたこともあり、カメラを向けた次第です。
このあたりの詳しい経緯は殆ど分からない状態なんで、ネットで調べた請負記事になってしまいますが、ご了承と言うことで。
この北九州線は、門司から折尾までを結ぶ路面電車で、その性格上、並走する国鉄線とは競合すると言う状況では無かったと思われます。
この写真を撮った時点で、門司から砂津間はすでに廃止。砂津から折尾間のみ運転で、砂津から黒崎間が併用軌道区間、その先が専用軌道で敷設されてました。
当時の風潮から、路面電車は車の邪魔者扱いされてましたから、やはり併用区間はご多分にもれず廃止対象になったのでしょうね。

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八幡付近で撮った600系トップナンバー。まだ冷房化もされてませんね。

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電停が八幡駅前になってます。冷房改造されたタイプがこの塗装になってるんですかね。
町並みも一緒に撮れるのが、良いところですな。

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同じ場所で後追い。奥に500系が見えますが、広島へ譲渡された車両もあるようです。

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オート露出で撮ったので、全くのシルエットになってしまった。
2連接車の1000系。

この後、黒崎から折尾間の専用軌道部分は継続使用されてたようですが、北九州の鉄鋼関連の斜陽化からか、採算が取れず廃止されてしまったようです。
現在LRTの復権が騒がれる時代なので、今残っていればまた違った結果が見えてきたのかも知れませんね。

いつもポチ有難うございます。
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2008/8/1

アレキサンドリア市電  路面鉄道
当社で言うと今月がラスト1ヶ月なんです。今期の業績はまあまあと言う感じで終わりそうですかね。
まあ少し余裕があればレンズでも買っちゃおうかなぁー。

久しぶりの海外鉄ネタです。
会社を起業した頃は、まだ仕事も少なかったので、思い切った長期旅行も可能な時期があったのです。そんなんで、連休も絡まない平日をたっぷり使って北アフリカのエジプトに遊びに出かけて行きました。
今こんなことやったら仕事無くなるだろうなぁー。

カイロに泊まっていたのですが、折角なんでエジプト国鉄の最速列車でも乗ってくるかと思い、ラムセス中央駅から地中海沿いのアレキサンドリアまで行って見ました。

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アレキサンドリア駅前を走るトラムウェイ。形状的にはやはり欧州スタイルですな。
算用数字もアラビア文字が多いので良く分かりません。

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エジプトでトラムが走るのはカイロとここだけです。
とりあえず乗らねばと適当な列車に乗り込む。トラムの場合は線路の上を走っていますから、逆方向に乗れば戻ってくるのが簡単なのでそれ程心配は要りません。

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海沿いのトラムターミナル駅。この時の運賃は何と日本円で5円程度。
これ程安い運賃は今だかってお目にかかってないです。

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別線の電車ですかね。パンタグラフの取り付け位置が高いこと。

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遺跡の多い街なので、いろいろ見て回ってたら、現地の女学生にサインをせがまれてしまった。漢字が珍しいのでしょうね。もちろん変な日本語は書いてませんよ。

帰りは砂漠ロード経由の高速バスがあると言うので乗って見たけど、思いのほか日没が早くて砂漠の景色を堪能できる事は叶いませんでした。

エジプトと言えばピラミッドですよね。もちろん見てきましたが感動ものです。
日本からは遠い国ですが、これを見るだけでも行く価値がありますよ。
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2008/6/29

本州最北市電でした  路面鉄道
よく降りますねぇー。雨の日曜日が続いてますな。

今では本州最北の路面電車は都電となってしまいましたが、昭和51年までは仙台市交通局が運行していた仙台市電がありました。
仙台市は平野部も広かったので、仙台駅を中心に長町、北仙台、陸前原ノ町方面に各路線が張り巡らされていました。
地方都市の場合、国鉄駅周辺は繁華街から離れているところが多くて、中心部まで行くのにこの市電を使うのが旅行者にとっては明解で便利だったのを覚えています。
それでも、ご多分に漏れず専用軌道を持たない路線は渋滞の元凶と廃止される運命を辿ることとなるのです。

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昭和50年に撮った仙台駅前を行く市電。今では歩道橋が張り巡らされている辺りですかね。
数回乗ったのですが、撮ってたのはモノクロのこの1枚だけでした。ベースカラーはモスグリーンだったような気がします。旧玉電塗装に似てたかな。

現在は、市営地下鉄や仙石線が市電ルートをカバーしていますので、昨今のトラムウェイ復活の話題にはあてはまりそうではないですね。
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2008/6/10

昔はこんな色だった  路面鉄道
新たなカテゴリーとして路面鉄道を作ってみました。
日本の場合は全て電化されているので路面電車でも良かったんですが、海外の場合は気動車タイプもあるので、路面鉄道と言う事にします。
この範疇も難しいところもあるのですが、基本的に道路併用区間を走る低速度の車両と言うことにしときましょう。

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昭和55年頃の王子駅付近。すでに都電は荒川線しか残っていない時代ですが、今思うとこんな塗装だったんですね。都電と言うと赤帯を連想する世代だったもので。
東北線のガードを走る455系との組み合わせも懐かしさを思わせますな。

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この7500系も今では別物のようなボディに乗せ変えてます。
路面車両は足回り等を流用して、いかにも新製車両と見せかけるのが得意ですね。

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飛鳥山の勾配を登りつめた所です。
この7000系も旧車両の流用ですね。スタイルは現在でもそれ程変わって無いかな。
ヒューゲルのパンタは路面電車の象徴でしたが、今も見られるところが残ってるのでしょうかね。
都バスの旧塗装も懐かしいです。

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京成の高架下を抜ける7000系。町屋辺りの雰囲気も今とはだいぶ違う感じですね。

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現在の7000系と町屋周辺の景色。上の写真はガードの反対側から撮ってるようです。
塗装はもちろん、パンタや屋根周り、LED表示等違いが見て取れます。

路面鉄道は世界的に見ても復活の兆しが見えていますが、まだアジア諸国では衰退の雰囲気です。
それでも日本は検討の対象になって来つつありますから、環境を考える意味でも路線拡張を願ってやまないですな。
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