人魚日記

装飾塗装や空間デザインなどを手がけるユニット「ステンシルラボ」の代表MICHICOが創っているページです。
俳号、尾崎人魚から「人魚日記」と致しました。

 

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舟越 桂 <夏の邸宅>

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これまで、こんな展示があっただろうか?

目黒庭園美術館(東京都庭園美術館)は、建物そのものがアールデコ様式のアートそのものとも言えるが、
今そこは、正に「舟越桂」の彫像達のための邸宅となっているのだ。

浴室に置かれた裸婦。

書斎に置かれたセーターと眼鏡の男。
彼は今そこに暮らしているかのようだ。

暖炉の上に鎮座する女性像。
その背後の遠近法で描かれた壁画は、それを待っていたかのようにさえ見える。

豊満な胸と、おおらかに柔らかく膨らんだ腹部をもつ女性像の背中から伸びる2本の手は、天使の羽を思わせ、手も足も持たぬ女のトルソの背から唐突に伸びる男の手は、彼女に寄り添う近しい人の手のようでもあり、彼女自信が現実を掴もうとしているかのようでもある。

古い邸宅の、かつて機能していた各部屋の、空気が、光が、調度品が、全ての物が今、彫像達の為に意思を持っているかのように機能しているのである。

そして、浴室の裸婦の艶やかな肌は光りの中で呼吸をしているかのように、妖しく美しい。

また、能面を思わせる厳しい表情の彫像は、怒りに満ち満ちているかと思えば、時として哀しげにも見える。

個も性も種も時も宇宙をも突き抜けた世界が今そこにある。

舟越自身が言っている「リアリズムではないリアリティー」そのものだ。
そのリアリティーが凝縮され、作品のテーマ(題名)となり、それはまるで、俳句や、短い詩を思わせる。

別館で流されている、制作過程の映像は必見だ。
作家自身の言葉と、彼と関わる人々との会話だけで、BGMもナレーションも無い構成が、作家自信の言葉に集中させてくれる。

たっぷりと時間の余裕を持って見たい展示会である。
あっという間に3時間が過ぎていた。

かつて仏像たちは、色彩も衣装も纏っていた。西洋彫刻の影響と、塑像が彫刻の主流となると共に、それがいつしか剥ぎ取られ、白く四角い美術館に色を持たぬ裸婦が乱立するようになって久しい。
その、彫像にはタブーとまで思われていた色彩と衣装、そして濡れ色の眼球を与えたことにより、舟越の彫像は親密な存在となり、見る側に語りかけてきた。

ところが、衣服を着ていた舟越の彫像がそれを脱いだ時、より雄弁にリアリティーを語るようになった。

はたして、次は何を脱ぎ捨てるのか?着込むのか?


 舟越 桂 −夏の邸宅ーにて

  金秋を纏いて妖し女身像  人魚

    彫像の背にひとかけら秋日あり 人魚


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投稿者:ningyomn
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