私はこの5年ほど、外でほとんどラーメンを食べなくなった。
とんこつブームとやらが来て、猫も杓子もとんこつスープを好むようにになってしまった。
まぁ、それはいいです。好みですから。
わたしら、東京醤油ラーメン派の肩身が狭くなっただけのこと。
とんこつブームの前にも味噌ラーメン全盛時代があって、東京醤油ラーメン派は既にその頃から少数派ですから。
いつか再び天下を取れる日を夢見て、細々と生きてゆきます。
そんな私でも食べに行っていた、西葛西のラーメン屋の味が最近変わってしまった。
その店のスープは天然だしが売り物で、うまみ調味料を一切使わない物でした。
出汁のうまみの隠し味に『
焼きあご』を据えていた。
焼きあごは長崎県平戸の名産です。
平戸で水揚げされた『飛び魚』に串を打ち、炭火で丹念に焼き上げます。その後、3〜4日間、天日干しして出来上がります。白身魚である飛び魚を焼いて仕上げたので、煮干と比べて臭みが少なく、ほんのりとした甘味すら感じられ、あっさりとした上品な出汁がとれます。
焼き干を使うようになって、うちの味噌汁は激変しました。そこいらの店の味噌汁なんか太刀打ちできないくらい旨いです。
上物の焼きあごは脂肪の少ない飛び魚から作られます。脂肪が多いと臭みが出るからです。焼く段階で、肥えた飛び魚は除かれます。
焼くときにガスで大量に焼くところもありますが、上物は必ず炭火です。ガスを使うと効率はいいのですが、どうしても表面ばかり焼けてしまい、中心まで焼けないものが出て来るそうです。焼きが甘いと生臭みが出て、焼き干としてはランクが格段に落ちてしまいます。
そして干すのは天火。大量生産品はガスで焼いたあと送風機を使うそうです。しかし、やはり天火で干さないと旨味が凝縮できないとか。
いい焼きあごはこのように手間隙かかるものですので価格も高くなる。でも、それに見合っておつりが来るくらい美味しい出汁が取れるんです。
そのラーメン屋は確かに焼きあごを使っていました。しかし去年のある時期から焼きあごを使うのをやめた。
いつもとスープが違うので店主に聞くと、その通り、焼きあごは止めて別の物に変えたとの事。分かりますかと逆に聞かれたが、毎日味噌汁で味わっている焼きあごの旨味がないんですもの、いくら私でも分かります。
去年は平戸の飛び魚の水揚げが悪く焼きあごの生産量が減ったので、一昨年よりも焼きあごの価格が上がっていました。私が買っている物で100g/800円ぐらい。
『ラーメンを値上げしてないのだから、焼きあごが使えなくなっても仕方ないか。焼きあごを使わずに旨い出汁を取る為に、いろいろと試行錯誤もしただろう。以前と味は異なるが、変に濃厚で臭いだけのとんこつスープより旨いからいいか。』
と、思ったものです。
しかし数ヶ月たったある日、スープにやたらと油が浮いていた。豚の背油のような物ではなく、透明な油が層になってスープを覆っている。
背油ならまだ理解できます。スープにコクを持たせようとしているのか、とも思います。しかしサラダ油のような透明な油が、浮いていると言うよりも上澄みのように覆っている。
これは飲めません。スープを飲む前に油を飲まなきゃならないんだもの。
店にはアルバイトの子達しかいなかった。
その店は、店主がいないのはこの日が初めてじゃなかったんです。このアルバイトの子達は最初ぎこちなくて、おどおどしながら働いていたんですが、月日が経つにつれてそつなく仕事をこなすようになり、いつからか厨房にも立たせて貰えるようになっていました。店主が育てていたんですね。
しかし、ここ数年で最悪の出来のラーメンを目の前にして、いくらなんでもアルバイトの子に理由を聞いても始まらない。だって、全く別物なんですから。
その日、初めてスープを残した。
それ以来、そのラーメン屋には行っていません。
とあるバーでお客さんがラーメンの話をしているのを聞いていると、その店の話になり、油っこいスープの話になっていた。
あぁ、状況は変わっていないんだ。
思えば焼きあごを使わなくなったのも、アルバイトに厨房を任せ始めたのも、手抜きだったのか?
そんなことないですよね?店主!
葛西のちばき屋なんかよりずっと好きだった。
スープの出来、不出来はあったけど、それもご愛嬌。
真面目に作っていたラーメンが懐かしい。
私は、あのラーメン屋が復活する日を待っています。
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