ご無沙汰してます。
相変わらず更新しようにも時間がないです。
オムライスの店だとか、再開した『達人』だとか、行ってみたい店はあるのに思う様に行動できません。最近韓国料理も食べてないし。なんだか全くソトメシが出来ません。禁断症状が出てきそうです。
西葛西の店じゃないのですが、あまり更新しないのも気が引けるので天丼屋をご紹介。
場所は蛎殻町です。
日本橋と言う名前が冠に付く地名はたくさんある。
日本橋、日本橋浜町、日本橋箱崎町、日本橋室町、日本橋小網町、日本橋馬喰町などなど、数え上げたら切りがない。茅場町だって人形町だって、日本橋が付く。『日本橋』と言う地名は、江戸っ子にとってはそれくらい大きな名前なんですね。
蛎殻町も、やはり日本橋蛎殻町という。人形町の隣街なんていうと、昔から住んでいる人達に『人形町は人形町、蛎殻町は蛎殻町できちんと話が通る』なんて怒られてしまう。
一般にはあまり馴染みがないかもしれないが東京穀物商品取引所があって、近くの東京証券取引所などの界隈と同じように、昔は一攫千金を狙うような人達の往来があった。そんな土地には明治、大正、昭和と続く店が残っている。

東京穀物商品取引所の真裏に『天音』と言う天麩羅屋がある。
住所は
中央区日本橋蛎殻町1−13−2。
取引所の大きなビルの裏手なのでひっそりとした感じも受けるが、この天麩羅屋は三代続いている老舗。
店内はテーブル席と座敷に分かれており、揚げ場の前にはカウンターもある。場所柄なのか客層は落ち着いているが、近くのOLさんたちも気軽に入れる気取らない雰囲気の店だ。
天麩羅屋には天麩羅が有名な店と天丼が有名な店がある。
茅場町『みかわ』、銀座『近藤』、赤坂『楽亭』などはメディアにもよく登場する有名天麩羅屋だ。室町『はやし』、銀座『七丁目京星』などはほとんどメディアには出ることはないが、天麩羅好きな人はご存知だろう。
このなかで『七丁目京星』は大好きな店だが、カミさんと2人で行くと片手はかかるのでおいそれと行けるものではない。でも予約をしておくと歌舞伎を見た後でも店を開けておいてくれるので重宝だし、べらぼうに旨い締めの天茶が恋しくてたまに出かける。
かたや吉原『
土手の伊勢屋』、浅草『まさる』、浅草『大黒屋』などは天丼の旨い店として名を馳せている。天丼が旨いためには天麩羅そのものが旨くなくてはダメなのだから、天麩羅自体で有名になってもおかしくないはずなのに、どう言うわけか天丼だけが一人歩きしている。
これらの店の天丼は、数ある品書きの中で余程強い印象を与えるのでしょうね。
それが天麩羅の旨さだったり、タレの旨さやボリュームだったり。
最初に天丼屋を紹介すると書いたけど、ここ『天音』も天丼が有名な天麩羅屋です。
出前もするし、ご近所のお客さんが多い店だけれど、なかなか侮りがたい店なんです。
なんたって天タネの質が良い。
江戸前にこだわり、活け物にこだわる。
それでいて1000円から天丼を出している。
結論から言うとかなりお得です。
そして美味しい。
文句無し。
天タネの質が良いと書きましたが、私自身は一口食べて質の違いが分かるような神の舌は持ち合わせていない。では何故分かるかと言うと、築地の中卸がそう言うからです。実際に何度か築地場内で見かけているからです。
店主は毎朝築地に足を運んで魚介を選ぶ。良い物だけを選んで買うときもあるが、付き合いでとんでもない物を押し付けられることもある。この場合のとんでもない物とは、『普通じゃ使わないような上物』と言う意味です。
ある日、マグロの中卸のところに行ったときのこと。
『今日落としたマグロはすごかった。開けてみたら今年一番だね。でもこういう日に限って芸者の頭。こりゃ参ったなと思ってたら天音さんが来たので、1番良いとこおっつけちゃった。』
どんなマグロかと話を聞いてたら食べたくてしょうがなくなってきた。
でもその頃はまだ天音の店主とは面識がない。築地から帰ってきてマグロのことばかり考えているうちに、連絡を取ってしまいました。
忙しくなければ良いとこだけ出したげると言われ、食べごろまで教えてくれた。仕入れた物は状態の良い頃合を見計らって出すのだから、中卸に押し付けられたあのマグロが食べたければいつ頃来てくれと言うわけです。
考えてみれば失礼な問い合わせだ。
天麩羅屋に天麩羅について聞いているのではなく、刺身について問い合わせているのですから。それでも丁寧に答えてくれた。
開店と同時に店に入り、カウンターに座る。
我侭を言ったことを詫びると、『本当に来たんだ』と驚かれた。
いろんな問い合わせが来るのだが、実際に来店してくれる人は少ないのだと言う。
出してくれた刺身はしっとりとしていて良い色合い。
中卸が今年1番だったと言うだけあって、マグロを頬張るとなんとも良い香りが鼻に抜ける。
マグロは水揚げしたばかりの卸したてよりも、こなれてきた頃の方が断然美味しい。
ビールを飲みながら暫し天麩羅の話などをした。
お互いに初対面なのだが、付かず離れずの良い距離感で話ができる。
こういう相性の良い店と出会えると幸せだ。
いろんなことを教えてもらった。
この日以来、近くに行くと寄らせてもらっている。
頼んだのは上天丼。
天丼の味は見ての通り濃い目だ。
揚げたての天麩羅を甘辛いタレにジュッと浸してご飯の上に乗せている。
特有のクセのある香ばしい胡麻油に負けない強めのタレ。これがしつこく感じて苦手だと言う人もいるでしょう。しかし好きな人には堪らない天丼です。
下町の老舗の良い所は、暇なときには客の我侭を受けてくれるところ。
天麩羅をどっぷりと浸さないでタレは上からかけてくれといえば、余程忙しくない限りそうしてくれる。
なかには品書きにないかき揚げ丼を頼む客もいると聞いた。
言われれば作るのだが、値段は時価だと言ってました。
時価と聞くとなにやら高飛車な印象を受ける方もいると思うが、これにはこれで理由があるのです。
天丼は3種類ある。
上2000円、中1350円、廉1000円。
値段の差は天タネの差。
上天丼には活け巻海老と芝海老摘み揚げ、中は大正海老、廉は芝海老の摘み揚げ。
かき揚げも、上は青柳小柱、白魚、本三つ葉。中は青柳少なめ。廉は青柳は入らない。
青柳の貝柱は小柱と呼ばれるが、一つの貝には貝柱が2つある。大きい方を大星と言って、こちらの方が値段は高い。真っ当な天麩羅屋が使う小柱は大星だ。ところがこの大星というやつは海が時化ると途端に入荷がなくなる。一粒50円以上する超高級食材になってしまう。かき揚げにするのに2〜3粒しか使わないなんてことはないから、これだけで天丼の原価が1000円近く跳ね上がってしまうのだ。
さらに使う三つ葉は本三つ葉。私達がスーパーで見かける三つ葉は水耕栽培の三つ葉。土で栽培された三つ葉は、本物と言う意味で本三つ葉として取引されている。この本三つ葉というのがまた高い。これからの長雨の時季になると一把1万円にもなる。1ケースじゃないですよ。たったの一把、いちわです。
でも水耕栽培物は相変わらず100円で売っている。
何が違うかというと、香り。本三つ葉と水耕物を並べて比べると一目瞭然。
いや、一嗅ぎ瞭然か。
天麩羅屋でも胡麻油にひたすらこだわる店は本三つ葉を使う。胡麻油の強い香りに負けないためには水耕栽培物ではダメというのは、一度本三つ葉の香りを知ると納得してしまうのだ。
でも実際に大星や本三つ葉を使ってかき揚げを揚げている店がどのくらいあるかというと、なかなかお目にかかれないというのが実情です。原価のぶれ方が半端じゃないので、天丼一つで3000円近く取る店じゃないと難しいのだと思う。
つまり私たちが普段使いするような店では、ほとんどお目にかかれないと思った方がいい。
天麩羅の華を海老と考えても、活けの巻き海老はこれまた値が張る。
そこに大星と本三つ葉のかき揚げが乗るのだから、天音に行ったら上2000円を頼むのが最もお得だと思う。
もちろん中や廉も値段以上の材料が使われている。
大正海老だって芝海老だって、ピンからキリまである。
その中で上物を揃えて揚げているのだから、こちらだってお得と言えばお得なのだ。

天丼と一緒に頼むのは、赤出汁よりも吸い物の方が良い。
もちろん赤出汁味噌の芳醇な香りを胡麻油の天麩羅と合わせるのも好きだし、赤出汁の塩気が甘めのタレになれた口の中をすっきりとさせてくれるのもいい。でも胸のすくような三つ葉の香りと大星の甘みを味わうのも好いものですよ。
赤出汁が150円、吸い物は300円。
この店はいわゆるコストパフォーマンスが良い店だとお勧めできる。
しかし、それはたまたま築地をフラフラしながらこれらの食材の値段を見ているからだ。大星や本三つ葉の値段なんか、普通の人は知らない。知らないとこの店の真価は分かりかねてしまうかも知れない。しかし間違いなく、チェーン店や中途半端に安い天麩羅屋よりも真っ当な食材を使っている。真っ当な食材とはそれなりの値がするものなのだ。
500円で天丼が食べられると聞くと、その値段を聞いただけで思わずコストパフォーマンスが良いと感じてしまいがちだ。しかし本当の意味でコストパフォーマンスの良い店とは、天音のような店のことなのだと思う。

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