もう秋の気配が漂い始めているのに今更ですが、夏の蕎麦の話です。
築地市場に行く楽しみは旬の魚や野菜によって季節を感じること。
次の楽しみが食事です。
『せっかく出かけていくのだから鮨!』と言うのも分かるのですが、何度も言うように市場の近くだから良い魚が安いと言うわけではありません。安いものには理由がある。その理由が問題なのです。
もちろん場内や場外で長年続いている店のほうが、客である我々にとって良いと思える理由があることが多い。それでも絶対大丈夫かと言うとそうでもなかったりする。
逆に最近できた店はみんな観光客目当ての大資本かと言うと、これまた違ういい店もあるのでややこしい。
鮨も良いのですが、せっかく築地に来たのなら築地らしい魚料理なんぞを食べてもらいたい。例え焼魚でも、スーパーではお目にかかれないような鮮魚や干物が出てくる店がある。干物だってバカに出来ない旨いものがあるのですよ。
でも築地に来るたびに魚と言うのも芸が無い。
天麩羅だったり、生姜焼きだったり、結構美味しい店があるので迷ってしまいます。
その中で蕎麦に関しては行く店が限られてました。
二八の喉越し、生粉打ちの香り、ツユの深み。
いろんな楽しみ方がある蕎麦は、それだけ好みの店も分かれるものです。
築地界隈ではなかなか自分に合う店がなかったので、蕎麦が食べたくなると築地から更に遠出してた。
今年の暑い夏に食べた『成富』の蕎麦は収獲でした。
買い物をすませてから昼飯のために歩きでウロウロするには暑すぎる夏。
たまたま自転車でチンタラと築地まで来たので、普段は通らない道を抜けて銀座新橋方面にでも出ようと朝日新聞社寄りに道をとる。ふと目に止まった『成富』の看板。
思い出しました。
2年程前にごぼう天せいろを食べた時、ごぼうの香りが高いのに驚いた蕎麦屋でした。
以前からまた行ってみようと思いつつ、なんとなく来ていなかった蕎麦屋。
これも何かの縁かなと思い、目指していた店はさっさと諦めて方針変更。
住所は
中央区銀座8−18−6。銀座中学校の裏手。
この辺は銀座と言うよりも築地と言ったほうがシックリとくる。
店に入ってまずはビール。
品書きを見ると合鴨のローストのビネガー仕立てが目にはいる。
さっそく出てきたのは綺麗なピンク色をした鴨でした。
これが美味しい。
鴨独特のクセが活きていて旨味があるのですが、ビネガーのさっぱりとした酸味がクセをうまく抑えている。
添えられている白髪ネギも丁寧な仕込み。きちんと薄皮を取って水に晒してあります。
薄皮が残っていると歯ざわりが違います。日本料理では当たり前のことではありますが、たまに手間を惜しんでいる店がある。つまらないとも思える手間ですが、この手間をかけるのとかけないのでは雲泥の差。
でもこんな当たり前のことをしていると言うだけで良い店だと思えてしまのも、なんだか寂しい気もしますね。最近の外食事情を考えさせられてしまう。
ローストとなっていますが、日本料理で言う酢煮ですね。
青魚などに相性の良い料理法ですが、鴨のようにクセのある素材も美味しくできる。
鴨の皮目をじっくりと焼いて余分な脂を出し、他の表面をサッと焼いて固めたら出汁とお酢で煮ます。
煮汁に醤油や酒を加えるのですが、素材によって配合や組合せを変えることで素材の良さを引き出せるように工夫します。酢を使わずに醤油に酒と砂糖を合わせて甘めに仕上げても美味しい。でも保存を考えると酢煮にしたほうが保ちが良い。煮汁にタカノツメを一つ入れた酢煮ならば10日くらいは大丈夫です。
煮る温度が重要で、たんぱく質が凝固する65度をキープして40分程度煮る。そうすると中心まで火が入っているのに肉が硬くならずにピンク色を保った絶妙な火の通り加減になります。大切なのは常に65度になるような火の加減を守ることと、煮上がってから鍋ごと冷水で冷ましそのまま漬けておくこと。面倒でも温度計を使いながら小まめに火加減を調節すれば家庭でも出来ます。
成富の鴨はさすがにプロの仕事で、サッパリとしながらも旨味をもった合せ地とか鴨の火の入り加減には唸らされます。値段は1365円と高めですが、行くたびに頼んでしまいます。
夏野菜の冷やしそば。
この店の有名な夏の季節の蕎麦です。7種類の野菜のてんぷらが載った冷かけ蕎麦。
アスパラ、茗荷、伏見唐辛子、大葉、チェリートマト、ズッキーニ、ベビーコーン。
薄いコロモとしつこくない胡麻油の香りが蕎麦の風味を崩さない。
それぞれの野菜が美味しい。
野菜と言うものもピンキリです。正直なところ飛び切りの上物以外の違いと言うのは、一口かじっただけでは僕なんかは分からない。特上、上、中、下のなかで分かり易いのは特上です。本当に旨いですから。
中と下の違いは思ったほど分からないものです。実際に値段の違いが産地の違いであったりブランドの違いであったりするだけのことが多い。産地が良ければ必ず美味しい野菜が出来ると言うものではないのは誰でも分かる。その産地の中でも出来不出来があるし、生産者によっても大きく違う。
目利きが出来ない普通の人が上手に買い物をするためには、信用できる店で買うことです。
もっともどこが信用できるのかと言う判断自体が一番難しいのですけど。
成富の野菜のてんぷらは美味しい。野菜のてんぷら自体を比べればもっと美味しい専門店はあるでしょう。築地にも
黒川がある。でも蕎麦と一緒に食べる野菜のてんぷらとして、成富の野菜のてんぷらはかなり美味しいです。
茗荷にしても変なエグミはないし、アスパラもズッキーニも食感が損なわれていない。
美味しいので別に注文をつける気はないのですが、正直な感想を言うとトマトについては別にてんぷらにしなくても良かろうと思います。てんぷらと言うものをどう考えるかによりますが、焼きトマトで充分に調和が取れる。
むしろその方が蕎麦には合うのではないかと思います。
大葉と言う野菜は不思議な魅力がある。
刻んだだけだと香りが強すぎて食べにくい人も多い。
上手に揚げてくれるとその強い香りが柔らかくなり、食感の良さも加わってなんとも魅力的。
これらの野菜のてんぷらを食べながら冷たく締められた蕎麦を手繰ると、強い日差しをふと忘れてしまう。蕎麦ツユもまとまりが良く十割で打った蕎麦の邪魔をしないのに、優しいコクと旨味があっていい。十割蕎麦らしい香を楽しみたければせいろに限るが、この夏野菜の冷やしそばは季節の蕎麦としての楽しみを与えてくれます。
夏の終わりとともに食べられなくなるのが惜しい蕎麦です。

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