料理を始めたきっかけはパスタだった。
香港に住んでいる時、イタリアンを食べたくなると行く場所が少なくて困っていた。
香港島にもいろいろなイタリア料理店はあったのだが、当時は今ほど軒数は多くなく選択肢は限られていた。コンラッドホテルのイタリアンは最高のレベルであったが、さすがにそうそう行けるものではない。家族そろってたまにはパスタでも食べに行こうかと言う場所はほとんどなかった。
満足いかないパスタにお金を使うぐらいなら自分で工夫してみようと思い立った。
パスタぐらい自分でも何とかなるだろうと高を括っていた。
アーリオ・オーリオぐらい出来るだろうと。
もちろんそんなはずはないんですけどね。
自分で料理をすると好きな味付けに出来る利点はある。
レパートリーが増えてくると友人に振舞おうなどと分不相応なことを考え始めるものだ。
これがいけない。
自分で作って自分で食べる分にはいいのだが、人様に作るとなると出来る限り上質に仕上げたくなる。そして上質に仕上げたくなるというのが、またいけないのだ。
結果としてプロと素人の違いを痛感することになる。
素人は素人らしくしなくては美味しい料理は出来ない。
アーリオ・オーリオ・ソースで雲丹のパスタを作ろうとする。
オリーブオイルにニンニクの香りをまとわし、その熱いオイルを回しかけることによって雲丹に火を通す。簡単なようでこれが難しい。
ニンニクをカリカリになるまで強めに火を通したオイルにするのか、香りが立った時点で火を落としニンニク自体の旨さも残すのか。それによってニンニクの微塵切りの大きさは変わる。オイルの熱し方も変わる。
変わるのは分かるが、どう変えるかが分からない。
そんなことまでレシピ本には書いてない。
試行錯誤をしながら迷宮をさまようことになる。
そんなことを悩まないで、素人は素人らしくするのが一番だ。
火を通す料理用に雲丹を選んで買ってくるわけでもない。
火の入れ方も知らない。
だったらニンニクの微塵切りの大きさが多少変わったところで関係ないのだ。
美味しいものを食べさせようと一生懸命に作ること。
これが一番大切。
美味しいものを食べてもらおうと一生懸命に作る。
これはプロにも通じる料理の極意だろう。
プロは技を持っているし、アイディアの引き出しも格段に多い。
でもそれにばかり頼ると、食べ手である素人の客もゲンナリするものが出来上がることがある。
見栄えばかりが良い皿。
美しい盛り付けだけどひどく食べにくい料理。
一皿一皿は美味しいのだが、組合わせると何故だか美味しさがぼやけてしまうコース料理。
親しい人と楽しい会話をしながら食べている時には気がつかなかったが、後から思い起こしたときに『あれ?』と思ったことが誰にでもあるはず。
だから自分が食べて美味しいと思う料理にするのがいい。
人に食べてもらうにしても、『今の自分が最も美味しいと思うものを作りますよ』と言う気持ちで作った方が良い。ヘタに食べる人の好みに合わせようとするよりも、精一杯のものを作る方が誠実だ。
雲丹のパスタを作るときはトマトと生クリームのソースにしている。
アーリオ・オーリオ・ソースよりも美味しいと思う。
雲丹の美味しさは甘み。
冷たいままで美味しいのだが、仄温かくなると甘みが増す。
その甘みを楽しみたい。
しかし甘みが増すくらいの温度になると磯臭さも増してくる。
それを『香り』と感じる人にとってはいいのだが、『磯臭い』と思ってしまうと鼻につく。
トマトソースをベースにすると雲丹の磯臭さを上手く隠してくれる。
それにアーリオ・オーリオにすると雲丹に火が入る過ぎることがある。
フライパンではなくボウルの中で和えるだけにしようとすると香りが立たない。
火が強く入っても焼き雲丹が好きな人にはいいでしょう。
でも私は雲丹のねっとり感を楽しみたい。
だから仄温かい感じに仕上げて、香りも立てつつねっとりとした舌触りを保たせたい。
そうなるとトマトソースの方が勝手がいいのだ。
失敗がない。
トマトソースに生クリームを合わせる。
半分の雲丹を加えて潰れないように混ぜ合わる。
そこにアーリオ・オーリオ・ソースを回しかける。
生クリームでコーティングされた状態の雲丹に熱いオイルがかかることで程好く温まる。
雲丹に直接熱いものが触れることがないので失敗しない。
トマト、オリーブオイル、ニンニク、そして雲丹の香り。
なんとも旨そうだ。
パスタの茹で汁を少々加えた先ほどのソースを茹で上がったパスタに絡ませる。
ここでまた雲丹が温まる。
このくらいの温まり加減が丁度いい。
ソースが余りもせず足りなくもない。
パスタを丁度良くコーティングできたらしめたもの。
多めのソースがかかったのも悪くはないが、ソースが余ることなくパスタに絡まったくらいの方が食べやすい。ソースが跳ねるのを気にすることもなく食べられるし、塩茹でされたパスタとソースの一体感が美味しさを増してくれる。
皿に盛ったパスタの上に残しておいた雲丹を乗せる。
トマトの程好い酸味、生クリームのコク、そして雲丹の甘み。
クリームの使い方を抑えれば、生の雲丹と温まった雲丹の違いもちゃんと楽しめる。
雲丹の香りが足りない時には、ハーブの香りを加えるよりも質の良い海苔を揉んで少量かけたほうがいい。その方が日本人には合っているように思う。
一時期、雲丹を裏漉ししてソースに加えていたこともあったが、そのままトマトソースと混ぜ合わせた食感のほうが好きだ。
いい雲丹が手に入ると無性に作りたくなる。
贅沢だけど大好きなパスタ。

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