最近、和食を作り始めた。
本人は一念発起のつもりなのだが、カミさんはどうせすぐ飽きるだろうと冷ややかに見ている。
まぁ、いつまで続くか分からないけど。
何をしているかと言うと、とにかく毎日出汁を引くんです。
昆布と鰹で出汁を引く。
和食の基本は出汁。
美味しい出汁が引けないと何も始まらない。
普段食べるものを作るのに何もそんなことをする必要はない。
お手軽な出汁の素で充分だ。
だって鰹節を削るのって、結構な時間がかかるのですから。
でも昆布出汁を取り、削った鰹節で出汁を引くと、家中になんとも言えない良い香りが満ちる。

とにかく出汁を引いてそれで椀を作ってます。
初めて作った海老しんじょの清汁仕立て。
清汁は『せいしゅう』と読みます。
いわゆる澄まし汁ですね。
言わずもがなですが、椀物は吸地、椀種、椀づま、吸口からなります。
吸地は出汁汁を調味料で調味したもの。清汁仕立てならば塩、醤油、酒。
椀種は椀の中身の主たるもの。この日は海老しんじょ。
椀づまは椀種に添えるもの。
季節感を出したり彩りを添えたりする。これに若布と小松菜。
吸口は香り物。
木の芽や柚などですね。木の芽が添えたかったのですが、家になかった。
椀物でまず味わうものは香り。
蓋を開けたときに立ち上る出汁や椀種の香り。
この香りが椀物の味わいの半分と言っても良い。
鰹が強くてもいけないし、昆布臭くてもダメ。醤油臭いなんてもってのほか。
上手く取れた出汁の香りは日本人のDNAを刺激する。
香りを味わったら汁を口に含む。
飲んじゃダメです。音を立てずに一口すすり込む。
途端に広がる出汁の旨味。
すすり込むと汁が舌の上を滑りながら広がるので、旨味と味付けが良く分かる。
塩加減が決まっていると、ふんわりと味が広がるんですね。
その日の体調や気候にも拠るので、計量はただの目安に過ぎない。
600mlの出汁に塩は小さじ1/3程度から気持ち少なめ。
醤油は小さじ1よりも気持ち少なめ。
最後に酒をほんの少々。
この微量の酒が香りも味も丸くする。
同じ出汁を使って酒を入れたものと入れないものをつくり、自分で比べてみると体調の良い時はその違いに驚く。
汁を半分以上味わったら種に箸をつける。
しんじょや蓮餅など崩れるものが種のときは、私は先に汁をほとんど飲んでしまう。
だってせっかくの汁が濁るのが嫌なんです。
清汁仕立ての時はなおさら。
料理の土台となる出汁と塩加減の腕を味わうようなものだから、料理人は細心の注意を払って仕上げている。
これを濁らせてしまっては申し訳ない。
この日に椀種とした海老しんじょは、素人には大変手間がかかる。
車海老の模様が殻に付いてしまわないように丁寧に剥く。
1/3は粗く叩いておく。
残りはフードプロセッサーでペーストにしたあと擂り鉢で当たる。
フードプロセッサーは回転する歯で切るだけだから、練れているように見えても切れているだけだ。きちんと擂り鉢で当たらないと粘りが出ない。
そこに白身魚のすり身を入れ、卵黄を油で延ばしたもの、塩、浮き粉、煮切り酒、昆布出汁で粘りと滑らかさを出していく。
この間ずっと、すりこ木を動かしっぱなし。
トロリとした状態になったら、叩いた海老の身を合わせる。
出来た海老しんじょの種は、少々の塩を入れた沸騰直前くらいの昆布出汁の中で火を通す。
ほんのりピンク色でフワフワのしんじょが出来ますが、手際が悪いので、海老の殻を剥くところからフワフワになるまで2時間はかかる。
生シイタケ、小松菜、ワカメは、それぞれ下処理をして吸地八方に浸しておく。
シイタケは温かい吸地八方で、小松菜と若芽は冷ました吸地八方。
吸地(すいじ)とはお椀の汁のこと。
吸地八方はその吸地よりも少し味が濃い目で、素材に下味を含ませる目的で使うもの。
ここでもまた手間がかかる。
いよいよ盛り付けに入るのだが、お椀の中に海老しんじょを入れる前に竹ざるに布きんを敷いた上に置き、サッと吸地を回しかける。
これでしんじょの周りについている水分を落とし吸地の味が薄まらないようにすると共に、しんじょと吸地をなじませる。
お椀にしんじょを置き、横に椀づまを配する。
この盛り付けがまた気を使う。
写真のように締りのない盛り付けではいけません。
後から見たらあまりにも不細工な盛り付けなので、写真は小さくしたのでした。(T.T)
でもこれだけ手をかけると、出来上がった椀は美味しい。
実際は不満だらけ。
出汁の濃さ、塩加減、しんじょの柔らかさ、香り・・・・
それでも出来の悪い子ほど可愛いと言うか、手間がかかっているせいで美味しく感じるのです。

松茸の土瓶蒸しはとにかく出汁が決め手。
松茸の香りがうつった出汁を飲むもの。
国産の松茸なんか買えませんから中国産ですが、出汁修行を兼ねて家で楽しむには充分だ。
だって小振りなやつですが、4本入って1200円だったんですもの。
車海老の方が高かった。
鱧はべらぼうに高かったな。
さすがに捌けないので開いた状態で買ってきて、自分で骨切り。
小骨が無数にある鱧は骨切りがうまく行かないと食べられたものじゃない。
途中で切れてしまうのを恐れずに骨切りすれば、それなりのものは出来上がる。
たまに骨が残っているくらいはご愛嬌と言うことで家族には勘弁してもらう。
出汁を基準にして築地に買物に行くから、いつもと違って回る店が決まってくる。
車海老を買うために寄った浅田水産では、活締めのホウボウが1000円ぐらいだったので迷わず買い。
家で捌いて半身は刺身で頂く。
残りはどうしたかと言うと、牡蠣とホウボウの炊き込み飯。
そんなものがあるのかどうか知らないが、とにかく土鍋を使って調味した出汁で米を炊く。
沸騰したところで半分の牡蠣を入れ、炊上がる寸前に残りを入れる。
牡蠣の出汁も加えたいのだが、全部を入れてしまうとプックリとした牡蠣の身が味わえない。
だから半々に分けて入れるのです。
最後に強火にしてシッカリとおこげを作ったら炊上がり。
蒸らしに入る時に、薄く削ぎ切りにしたホウボウを手早く上に並べる。
蒸らし終わる頃にはホウボウに余熱で軽く火が入る。
牡蠣の濃厚な旨味にホウボウの淡い旨味が消されてしまいそうですが、これが結構旨いんです。
アッサリとしたホウボウの美味しさが、くどくなりがちな牡蠣めしを上品にする。
ホウボウの質が良かったせいでしょうね。
鯛めしと牡蠣めしでは出汁の調味を違えるのだから、この牡蠣とホウボウの炊き込み飯の出汁の調味ももっと改良できるはず。
料理人の手にかかると別物のようになっちゃうんだろうな。
それでも自分で出汁を引くと、食卓にいろんな広がりが出てくる。
最初は面倒だとも思いましたが、鰹節という素晴らしい食材があるおかげで慣れてくると出汁を引くこと自体は手間だとは感じない。
ほんの15分の手間ですが、良い出汁を引こうとすると緊張するものです。
この15分の緊張が、案外と楽しい。
いつまで続くか分かりませんが、一通りのものは作ってみようと思っています。
もちろん椀物だけでなく、焼き物や煮物もね。

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