チャングム最終回(気を取り直して)

2005/10/30 | 投稿者: kaya

地上波で御覧の方々、ネタバレ注意!!!

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ということで、サブタイトルは「我が道」
うーん、チャングムのこれまでの人生そのもでですね。
そして、今後もそうなんでしょう。
今回のテーマは「初オペ」であります。
鍼による麻酔を会得、ウサギの切開手術に成功したチャングム。
しかし、王様をはじめとして8年間、彼女はオペすれば助かるであろう命が失われていくことを見続けることになります。
最後の最後であの親子を助けた後も、彼女は先駆者としていばらの道を歩んで行くことでしょう・・・・・
しかし、幼くして彼女の優秀な助手としてそだちつつあるミン・ソホンが彼女のあとを継いで、その後の歴史を歩んでゆくに違いない。
そして、内医院でもチャングムの残したものは脈々と受け継がれてゆくことであろう・・・・完
・・・・と、医女・大長今最終回として、きれいにまとめてみました。

さてさて、終ってからいくつかの疑問が残りました。
王様崩御後、その死の責任をすべて押し付けられたチャングム。
事前の王様の手配によりチョンホさまと(医療を行いつつ)逃げ回りますが(余命いくばくもない王様のチャングムとの別れを無言で決意するシーンはぐっときます)なぜ8年後、ああもあっさり身分回復されてしまったのでしょう。

ヒントは皇后様が皇太后になっていたことにあるようです。
チュンジョン王崩御 → 前皇后の生んだインジョン王が王位につく → インジョン王(もともと虚弱だったため)死去
→あの皇后の息子(チャングムが命を救った)が即位・皇后は皇太后へ・・・・

というのが、この8年の流れなのですが身分回復されて都へ戻ったチャングム一家。
宮中で彼らを出迎えた大臣たちの顔ぶれが・・・あれ?
減ってますよね。
「インジョン王が早くに崩御され、障害がなくなった」
皇后様(現皇太后)、あっさりおっしゃいましたがひょっとして、粛正された?
反対派一掃であっさりチャングムたちが戻れたのか^^;
なんとなく、あの皇后様(現皇太后)ならやりかねない気がします。

長官様もいらっしゃいませんでしたね。
彼は、チュンジョン王崩御のおりに殉死されたような気がします。

その後 王宮にのこらず、気ままな暮らしに戻ったチャングムたち。
彼らがああいう道を選んだのも、なんとなくわかる気がします。
「宮中は思い通りにできそうで、じつは何もできないところ」なんですね。

ヨンセン、皇太后様に気に入られているようでよかったです。
ミン尚官、ひょっとしてジョン最高尚官を遥かにしのぐ長期政権?
チャンイの昇格が遅れたのは、彼女の身長のせいだったのでしょうか・・・・
尚官ヘアになるとミン尚官との差がやけに目立ってました(==;
トック夫妻、なんだか着るものが裕福そうになってましたね。
チャングムの大長今時代、きっちり送金してもらってたんでしょうね@@;
チャンドクさんは、あいかわらず金持ちから高額の謝礼とっているんでしょうね。
あのまま彼女にはブラックジャックになってほしい・・・・

・・・・あと、書き残した人はいなかったかな@@
最後に、これすっごく気になっていたんですがチャングムは2週に1度くらいの割合で「亡くなった母が・・・」と口にしてましたが「父は・・・」は十週に一度くらいでした。
(自分が死に追いやってしまった)優しかった父より厳しかった母の方が人生において遥かに重かったんですね(==;

逃亡時代のソホンも子供たちに学問教える傍ら小物作り(?)で稼ぐ父より西に南に飛び回って医療を施す母に尊敬の目を向けていましたね・・・・

慌ただしい最終回でしたが、改めて見るとさまざまな発見があり、やはり感慨深かったです。

さあ、次は新年の「三谷・新撰組」続編だーーーっっ!!!!!
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