2009/7/24

なつまつり  祭り

御輿ねりではじまります。
クリックすると元のサイズで表示します
次に○×クイズ、遊びコーナの後、盆踊りです。
クリックすると元のサイズで表示します
閉めは花火の打上です。
クリックすると元のサイズで表示します
撮影2009年7月18日 場所:松阪市の幼稚園

2009/7/24

四つ翼  樹木

カエデの実の翼は2つが普通ですが、四つ葉のクローバーと同じようにまれに三,四つの翼もあるのに驚きです。
三つ翼
クリックすると元のサイズで表示します
四つ翼
クリックすると元のサイズで表示します
撮影2009年7月20日 場所:松阪城跡

2009/7/17

夏鳥  野鳥

アカショウビン雌雄
三重県中勢の山間部で子育て中のアカショウビンの雌雄です。2羽で交互に餌を何度も運んでいました。木陰に隠れ撮影していると偶然にも巣の前にある電線に2羽が休息をしてくれました。初夏に登山に出かけると『キョロロ、キョロロ』と鳴き声を良く聴きますが、なかなか姿を見せてくれません。今日は思う存分姿を楽しむことができました。
クリックすると元のサイズで表示します
子育てに、空きスズメバチの巣を利用しています。他に朽ちた木や崖などに穴を掘るか、キツツキ類の古巣などを利用するようです。
クリックすると元のサイズで表示します
撮影2009年7月16日 場所:三重県中勢の山間部

2009/7/16

鍛冶安 大徳  祭り

祇園祭のお店:職人さん
鍛冶師? 鍛冶師は主として鉄製品を扱い、刃物、金槌、鍬などの製造販売、修理を行う。
クリックすると元のサイズで表示します
前に工芸品が陳列されてます。値札ちゃんとついてました。なかなかの賑わいでしょう。
クリックすると元のサイズで表示します
撮影209年7月12日 場所:松阪市街
【自己紹介】
商号 鍛冶安 大徳
五代目 赤畑大徳

1975年4月 飯南町下仁柿に次男として生れる。
1994年3月三重県立相可高等学校普通科卒業
1978年3月大阪体育大学体育学部普通科卒業
 中・高の教員免許取得(保健体育)
 アメリカンフットボール部に所属

現在 紆余曲折、決して近道ではないが
鍛冶屋の道をあゆみはじめる。
----------------------------------------
鍛冶安 大徳

明治27年4月初代 安市により鍛冶安創業
二代目 義三、 三代目 一郎(祖父故人)ともに農道具、山林道具などを誂(あつら)える。
四代目 誠一(父)は鍛冶業に従事せず、鉄工建築業を始業
昭和60年祖父が他界、鍛冶業は約20年間休止されるが、五代目 大徳(私)が再び鍛冶業を復活させるべく、京都の刃物鍛冶師 義定 当主山口悌市朗氏に師事、平成20年4月、鍛冶安 大徳として開業現在に至る

2009/7/14

祇園祭・子供たち  祭り

平生町子供連 母ちゃん暑いよー! 
クリックすると元のサイズで表示します
中町・子供神輿 さあ 行くぞー
クリックすると元のサイズで表示します
撮影2007年7月12日 場所:松阪市市街
昔はご褒美の御菓子が楽しみだったが、今の子供は何が楽しみなのかな。

2009/7/13

松阪祇園祭  祭り

この時間帯、幾つかの神輿が練り歩いていたのですが、この公民館は神輿が鎮座しています。祭りの本日の日曜日は子供さんたちが家族で祭りを楽しみたいとのことです。神輿は昨日、町内を回ったそうです。
クリックすると元のサイズで表示します
ここの公会堂は神輿は出た後で、子供たちの健やかな成長を願って祀られている菊慈童が留守番をしていました。
クリックすると元のサイズで表示します
撮影2009年7月12日 場所:松阪市市街地
菊慈童(きくじどう)は、古代中国の周の穆王(ぼくおう)に仕えた童子で、元の名を慈童という。慈童は穆王の寵愛(ちょうあい)を受けたことでねたまれ、あらぬ罪をきせられて16歳で流刑の身となる。その後、さまざまな難から逃れるため、毎日経を唱えて過ごしていた。ある時、菊の葉に経文を書き込んだところ、葉から露がこぼれ、それを飲んだ慈童は、不老不死の仙人となり、やがて菊慈童と呼ばれるようになった。

2009/7/7

七夕の朝  

毎夕、散歩はこの蓮の咲く荒木橋の東詰めまで行きます。でも蓮は朝早く行かねば綺麗な姿が見られません。9時13分に撮影、ぎりぎりセーフです。
クリックすると元のサイズで表示します
撮影2009年7月7日 場所:松阪市荒木町



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ