2008/10/29  23:58

留学奮闘気9 就職せず・・   ユウジの米留学奮闘記

2回のアメリカ旅行後、僕はなぜかあまり俳優養成所に行かなくなった。

しばらく行って、ある程度のことは分かったけど、それ以上新しい発見が見つからなかったのかもしれない。

一方でエキストラ派遣会社に登録したりして現場に行ってみたりしたが些細な仕事だけ。
正直記憶に残っていない・・・。

自分なりにいろいろとオーディションに応募して、受けてみたりした。
これが全然いい結果が得られず。。

欽ちゃんの主催する何か劇団のようなものも受けたなあ。
目の前に欽ちゃんがいた。

自分なりに色々追い求めて動いていたつもりだが、何も結果にはなっていなかた。

そんなことをしていると、他のクラスメイト達とは目指すものとか、目指す場所とか、進む方向とか、行き方とか、何か違い、温度差を感じていた。

そのうち親は取ったほうがいいという教員免許も「自分は人に何かを教えるような柄じゃない」と思って、教員過程も取らなかった。

4年生になっても自分に就職をする理由というか目的というか、その時点で就職に魅力を感じておらず、就職したその先に自分の希望があるように思えなかった。

みんなが動いていた中、就職活動はまったくしなかった。
オーディションを受けたりしていた。

俳優もまだかなり曖昧な夢だったにもかかわらず・・・。

なにをしていいかハッキリ分からない。
今就職も自分ではないという気がしていた。

結局卒業を迎えたが就職はせず、スポーツクラブでバイトをしていた。
このころは今はもうなくなったが、青山・外苑前のベルコモンズとなりのビルに入っていたエグザス青山というエグザスでも1店舗目と言われる老舗で働いていた。
日テレでもスポーツ局でアルバイトをしていた。

今では新卒で就職していないもの珍しくないが、当時、今から16年前では「ちょっとまずいんじゃない?」という感じだった。

実際クラスで就職していないものは45名中3名だったと思う。
アウトローなギターリスト、半パチプロ酒飲み、そして僕・・・。
この3人は仲が良かったのだが・・。

このころから僕は当たり前に生きてないのかもしれない。

ちなみにこのときから10年後、今のルネサンス三軒茶屋でそのとき大学を卒業するものがアルバイトで5人いたと思う。
そのうち就職したのは・・・・一人です!!!
ここのメンツがそういう顔ぶれだったのか、いや時代の違いか・・。


僕は兄とはまったく性格が違う。
昔から違ったが、このころを境に兄と親孝行度が逆転したように思う。
僕は高校生まで比較的いい子で勉強もほどほどにでき、高校も進学校だった。

兄はヤンキー友達が多く、親も何回か学校に呼び出された。

しかしその後兄は早くに結婚し、早くに子供が2人もでき、昔から子供の相手はうまかったので、子供の面倒見がよく、親と一緒に暮らしている。
僕は就職せず、アルバイト、そしてアメリカに行くと言い出す。
30歳まで売れない俳優、アルバイト。。。。

どう見ても親不幸者です。。

卒業後も生活は同じだったが、自分の中で何かが膨らみ始め、半年後にアメリカに行くことを決断する。

いよいよ留学への決断!!!!!







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