2009/3/30  23:23

Mの伝説〜最終章〜  diary

今まで数多くの伝説を残したジムトレーナーM橋。

伊調姉妹や吉田沙保里と一緒にレスリングをやってたあの女の子(24)ですが、彼女の伝説もひとまず最終章を迎えることになりました。

というのも昨日をもってルネサンス三軒茶屋をやめ、実家のある静岡に帰ったのです。

ちょくちょく一緒にトレーニングをしていたのですが、最終トレーニングの日にまた最後の伝説を残しました。

一緒にトレーニングをしていて、僕は1日の最後で、この日は9本のパーソナルトレーニングを行なったこともあり、少し疲れていたのと、ご飯を食べてから5名のトレーニングをしていたので、自分のトレーニングをする時には少しお腹がすいていた。

トレーニング終盤に
「ああ、お腹が減ってなんか力が出ない。。」と言うと・・・・

「無になればいいんですよ。“無”に!」と鋭く言い放つM橋。

ん??
お腹が減ってるのに対して・・・無になる?

うーん、分かったような、わからないような・・・・・。

無になってもお腹すいてるんだけど・・・・

僕はしばらく無言になりました。。。。

そして無言のまま、次のセットに入りました。。。


相変わらずすごい精神論だなあ。


彼女は静岡に帰って静岡のルネサンスで働くことになっています。

まあ、向こうでもかなり目立つでしょうね。

この間の飲み会の時も、みんなが「向こうで初日からスパッツでトレーニングしてそのヒップ見せてやってくれ!」とか、「最初は懸垂でド肝抜いてやってくれ!」とか言いたい放題でした。

頑張り屋なのでどこでも大丈夫でしょう。


ここを読んでいる方で実際にあった方もいると思います。
応援してやってください!


Mの次はSです。

明日は久々のS君登場です。





2009/3/30  0:10

ユウジのイエス その2  人生

さて、昨日に続いて映画「イエスマン」のような僕の人生におけるイエスです。

2回目はなんと「パーソナルトレーナーになる」という決断です。

僕はもう29歳になっていました。

その時はまだ「自分は俳優でやるんだ!」という思いを持っていました。

このハングリーな思いは20歳ごろから始まり、アメリカに行く23歳ごろからさらに強烈になり、そんなハングリーな思いで、友達がドンドン出世していく年頃にどん底を這うような生活をしながらもハングリーな思いでまだ生きていた。

ぜんぜんそれで飯が食えてないのに。。。。

そんな中僕は表参道のフィットネスクラブ「クランチ」がクローズになり、そこを経営していたルネサンスの一番近い三軒茶屋に移ることになった。

もちろんアルバイトのトレーナーとして。

それから1年近く経ったとき、当時のマネージャー、そして現在のマネージャー山田さん(例のビルダー)の2人から「一緒にパーソナルトレーニングを始めないか?と誘われた。

当時はまだ大手のスポーツクラブではパーソナルトレーニングを提供していなく、ルネサンスの中でも都心部にあるこの三軒茶屋で他店に先がけてパーソナルトレーニングを始めよう、という話だった。

マネージャーは経験があり、山田さんは本格派のビルダーで筋肉作りのプロ。

その2人が今までの僕のスポーツクラブでの経歴や仕事を評価してくれた上での誘いだったと思う。

しかし・・・・

僕は最初は「ノー」と言った。

僕はまだ俳優でやる気でいたし・・・・・と言っても実際には悩んでいる最中でもあった。

8年以上本気でやって芽が出ない。
今後どうやって生きようかと。

トレーニングが好きなのでやはりスポーツクラブという線を考えた。

当時急上昇中のジムの社員と言うことも考えた。

半年くらいいろんなことを考え、情報を集め、悩んだ。

アメリカのエクイノックスの面接もアメリカまで受けに行った。
Vice Presidentとアポを取って。

アメリカで暮らすという夢も追いかけたかったのだが、面接の結果はうやむやのままに・・。

もうそろそろ人生の方向を決めようという時期に来た。

結局半年近くたってから山田さんに「イエス」と言った。


俳優、アメリカ・・・という最初に望んだものとは違う。

だから本当に望んだもの、という始まりではなかった。かもしれない。

しかし一度決めたからには、今までの人生のぶんを埋め合わせしたい!運命に復習したい!自分の力で!

と思って全てに全力で本気で取り組んできた。

そして今に至る。

これもあのとき、マネージャーと山田さんが言ってくれなかったら、イエスと言わなかったら今はなかったかもしれない。

これも感謝しなければいけない。



しかし人生は誘われて言う「イエス」と自分で決める「イエス」とがあると思う。

バスケ部に入ろうと思ったのは自分のイエス。

東京に行きたいと決めたのは自分のイエス。

スポーツクラブで働き始めたのは自分のイエスとアパートに風呂がなかったから。

俳優になろうと決めたのは自分のイエス。

アメリカに足を踏み入れたのは誘われたイエス。

留学したのは自分のイエス。

パーソナルトレーナーを始めたのは誘われたイエス。

運命は色々と変化する。

最終的にイエスと言うのは自分。

自分で決めた運命で生きることになる。

自分で決めたことに間違いはない。

全てが自分を作る。

次はどんなイエスか?







2009/3/28  23:10

ユウジのイエス  人生

さて昨日の映画「イエスマン」の続きで、僕のイエスと言って人生が変わったイエスを紹介してみたいと思います。

記憶にある大きなものは2つ。

19歳のときにアルバイトしてたスポーツクラブの先輩でボディビルダー2人とお客さんボディビルダーのおじさんが

「今度ロサンゼルスに行くんだけど、一緒に行かない?
 お前英語学科なんだろ?俺達全然話せないからカタコトでも一緒にいてくれると助かるんだよ。」

とロサンゼルス旅行に誘われた。

ちなみに今から19年前。

正直時代が違います。

インターネットがないので海外って本当に何も分からない。

まだHISもなく(多分)、格安航空券が今のように安くない。

当時まだ発展途上だった韓国の大韓航空でさえ往復10万円。それが一番安かった。
今は大韓で4万ですよ!

なのであまりまわりに海外旅行に行った人が今ほど多くなかった。

僕は19歳だし、田舎出身で18歳まで外国人に会ったことがない純朴な少年です。

3万5千円の風呂なしアパートに住む身分なので、お金はない。

でも誘われたことに、特に拒否する気持ちはなく、「どれくらいお金はかかるんですかね?」と聞いた。

その航空料金と、宿泊は知人に頼んでほとんどモーテルでものすごい安かった。
実際あとでLAに住むようになって分かったが本当にモーテルで日本人観光客が泊まるようなところじゃなかったな。

しばらく考えて、いくまでに数ヶ月あるので、今からお金貯めます!

と言っていくことを決定!

これが最初のイエス。

このときははじめての海外旅行。初めてのアメリカ。

多くのことを見て体験した。

みんなは毎日ゴールドジムに行くというので、「僕は毎日はいいです」と言って一人でユニバーサルスタジオへ。そしてサンタモニカビーチへ。

それがその後、翌年に別の先輩を僕が誘って2人でまたLAに!

そしてその後LAへ2年の留学。
これまた数多くのことを経験した。信じられないくらいに多くのことを。

あのときイエスと言って行ったから、僕は英語を話せるようになっただけでなく、性格も変わった気がする。考え方というか。

人間形成に大きく影響を与えた。

あのときの「イエス」で。

それこそ1回のイエスでどんどん人生が回っていった。
何年もかけて。

それは本当に良かったと思うし、誘ってくれたことに感謝している。



明日は2つ目のイエス。
驚きです!!







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