2008/3/15  23:52

LAの10歳の天才日本人サーファー  diary

今日、ものすごい驚いた。

朝、テレビのワイドショウで「カリフォルニアに住む10歳の天才日本人サーファー」というのを特集していた。

ロサンゼルスの中心部あたりから(もしくはサンタモニカから)南に50kmくらいのところにあるハンティントンビーチというサーフィンのメッカ。
このあたりはロサンゼルス国際空港の南に当たり、日本企業に赴任している日本人が多く住むトーランスという地域がすぐそばにあるところで、日本人もまあまあ住んでいる。

とても環境のよいところで、安全な地域。
ゆっくりした時間が流れる海沿いの街だ。

ここに住む10歳の日本人の少年がサーファーとしていま有名になっているという。
スポンサー企業も11社つき、全米のジュニアの代表にも選ばれるかも、というくらいサーフィンがすごいらしい。

少年はロン毛で少し色落ちした金髪。肌は浅黒く、いかにもサーファーだ。
確かにその波に乗る姿は凄かった。
クイクイと波を蹴って方向を変え、軽快に滑っている。

そのあと、お父さんが紹介された。
「お父さんもサーファーであることから息子もサーフィンを始め・・・」とナレーションが言った瞬間、お父さんが映った。


な、な、なにぃ!!!!!

イガラシさん!!!!!

イガラシさんじゃない!!!!!

ビックリ!!!!

そう、知り合いです!

長らく会ってないけど。




思い起こせば僕が21〜23まで働いていた外苑前のエグザス青山。

ベルコモンズの隣のビルの7,8Fにあったエグザスの1店目で、日本フィットネスのかなり初期ということもあり、ジム・スタジオタイプのプールがないフィットネスクラブだった。
その後プール付きが全盛期になり、地価が上がったこともあり、僕が23のときにクローズとなった。

今頃になって、都心でこそジム・スタジオタイプが流行るとは想像もできなかったころだ。(残念)

そこで働いていたメンツは面白い人、凄い人が多かった。

ジムではその後プロレスの世界に入った人もいた。素性不明の有名人なので名前はナイショ。
スタジオには今ルネサンス三軒茶屋にもいるエアロビクスでは有名な岩沢さんなどもいて、同じエアロビのイントラでやっていたのがその五十嵐勉さんだったのだ。

彼は僕より5つ上でとにかくかっこよかった。
背がすらっと高く手足が長く、サーファーだったのでロン毛で茶髪、肌も焼けて、そしてハーフのような顔立ち。クールな喋り。

かっこいいなあ・・・といつも思っていた。

エグザスがなくなって、しばらくして五十嵐さんはLAにいくという話を間接的に聞いた。

そして僕はエグザスがなくなるときには決めていなかったLAに1年後くらいに留学する。

LAに行って2,3ヶ月たったころ、ベニスビーチのメインストリートでバッタリと五十嵐さんに会ったのだ!!

「LAに来てるって聞いてましたけど、偶然ですねえ!」

そのころ五十嵐さんはビバリーヒルズ近辺に住んでいた。
しかしメールもない時代、連絡もしないままに。
全く会うことはなかった。

あれから13年。

まさかテレビで息子の話題で彼を見ることになるとは。

今はあのあたりで寿司レストランのマネージャーをしているそうだ。

この番組を見ていろいろ考えちゃったなあ。

「この長い年月の間、俺は何をしてたんだろう」とか、

「自分もLAに住みたいという願望があったのに、願わなかったなあ・・」とか、

「俳優というものも砕けちゃったなあ・・」とか、

あの頃、全てをかけて、日本での全てを捨てて、LAに行って、チャレンジして、し続けて、仲間がいて、でも結果は得られなかった。
得たものは、その精神と人間性だろうか。

そして、考えた。

さて、これからどの方向に生きていこうか。
生きたいように生きられるのか。
常に壁を打ち破って前に進むことを考え、そうやってはいるが。

今でもやっているけど、無性にチャレンジしたくなってきた。
LAにいた頃の僕は、まだ死んでいない。
臆病になんかなってられない。

やるか。

やるぞ!









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