2008/12/23  23:50

留学奮闘記15 LAホントに到着  ユウジの米留学奮闘記

長らく間が空きました。
留学の話です。

いよいよ飛行機が到着。
ものすごく長かったような、短かったような。
まったく寝ないでものすごいたくさんの事がものすごい速度で回っていた。

空港を出ると、以前は現地の旅行会社の人が迎えに来てくれたが、今回はなし。

LAではバスしか乗ったことなかったが、初めてタクシーに乗った。
規定通り「サンタモニカまでいくら?」と聞きました。

一応普通の値段だったので、ホテルの住所を渡し、乗車。

ハイウェイに乗るとLAの街並みが流れていく。

ホテル・・・違った・・・モーテルに到着。
以前見たことのあるサンタモニカの海沿いのモーテル。
観光なら最高の立地なのだが、心は華やいでいない。
次にどうするかだけを考えている。

到着して、荷物を置いて、自動販売機でジュースを買って、海を眺める。

ほんの1時間くらいは休憩しただろうか。
日が暮れる前に、といっても夏なので8時まで明るいのだが、飛行機の中のおじさんに聞いたサンタモニカカレッジと日本スーパーマーケットに行くことにした。

さっそく地図を片手にバスに乗って、出かけた。

地図を見ているので大体はわかるけど、よーく気を張ってみてないと怖いので集中していた。

どうにかこうにか、サンタモニカカレッジに到着。

ああ、なんて気持ちいいキャンパスなんだ。
こんなところで大学生なんて最高だなあ、とか思ったり。

広い敷地の中の掲示板をなんとか見つけた。

いろいろ情報が出ている。「ルームメイト募集」
とりあえず、いくつかメモった。

そしてそこからそう遠くない場所、ソウテルという通りが日本人街でそこにあるニジヤマーケットに行った。

おお!なんとうどんやおにぎりも売っているし、ニホンジンイッパイ!

でも知り合いじゃないので、話しかけられず・・・。

とりあえず掲示板で情報を集めた。

夕方にはモーテルに帰った。

4日目には学校が始まるのだが、それまでになんとかなるのだろうか?
モーテルは3日しか予約していない。

お金を払えばそれはどうにかなるものだが、そんなにお金があるわけじゃない。
後で大変なことになる。。
絶対になんとかしなければ!

ちなみにこのとき、1ドル100円だったので、円高の恩恵にさずかっていたのだが。

いろいろ考えるからか、時差ぼけか、ほとんど眠れず・・・。

2日目にまだ家が決まっていないのに、日本人の学生が日本に帰るのに車を売りたいとの張り紙がニジヤに出ていたので、それに連絡してみた。
同じ国の日本人なら信用できるだろう、と。

車はなんとフェアレディZ!!
いいじゃん!
しかもたった20万円!
もちろん古いやつで83年型。
でも日本じゃなかなか乗れないと思ったので、値段も安いし、即決めました!

家より車が先に決まった!

この辺はアメリカは手続きが簡単で、あとで簡単に登録できる。
免許は3ヶ月有効の国際免許だか、それまでにカリフォルニアのをとるつもりだった。

さて、家はどうなるんだろう・・・。

2日目の夜もほとんど眠れず。

正直ものすごい不安でまた先が見えず、この大陸にこの体ひとつしかないことをまさに体で感じていた。
ベッドに寝ていても、大きな大陸の上に寝ている感覚があった。

後にも戻れず、先は見えない。

今この瞬間しか僕にはなかった。

今現在、この瞬間、この体のみ。

不思議な感覚だった。。。


つづく。




2008/11/27  23:45

留学奮闘記14 LA到着  ユウジの米留学奮闘記

彼女と別れ、飛行機はLAへと飛び立った。

この9時間はものすごい9時間だった。

今分かれたばかりで、それだけで通常頭いっぱいじゃないですか!

それが、今度は一人でLAに行くんだし、着いて学校へ初めて行くのにちゃんと手続きは大丈夫なのか?という不安、予約したモーテルは3日しかないので、その後どうするのか?というか、どうしていいのか全く分からない。

当然、希望もあったのだけど、もう1日先、3日先の自分が見えないんです。

これってなかなかないことですよ!

本当に頭真っ白、あれ?いろんなものでいっぱい!

そんなゴッチャゴチャの頭で上空へ飛び立った。数時間経っても混乱は収まらない。

しかし、そんな中、隣に座った男性がアメリカ人で、アメリカ人らしくオープンに話しかけてくれた。
そして今から留学することを伝えた。

そこで僕は、「あの、LAではどうやってアパート探すんですか?」って質問した。

向こうもびっくりしただろうね。留学するのに住むところ決まってないの!?って。

でも優しく教えてくれました。
「君は日本人だからソウテルっていう通りがここにあって、そこは日本人街でサンタモニカからバスで20分で行くから、そこに行って、そこに日本スーパーがあるから、そこの掲示板にルームメイト募集という張り紙があると思うから、それを見てルームメイトとして部屋を探したら?日本人のほうが互いに安心するよね?
 あと、サンタモニカカレッジというのがあって、そこも学生がルームメイト募集っていう紙がいっぱい張り出してあるから、そこでもルームメイト見つかると思うよ」

これはありがたかったなあ。
この人に会わなかったらどうしていいか全く分からなかったからね!

この9時間はものすごく長かった気がするし、ものすごく短かった気もする。
正直時間の感覚がなかったようだ。

そんな混沌とした頭のままで、まぶしいくらいに太陽の光が降り注ぐロサンゼルスに降り立ったのだった。。。。



2008/11/19  23:50

留学奮闘記13 留学当日  ユウジの米留学奮闘記

いよいよ留学当日。

今まで住んでいた、東京生活のスタートとなったあの風呂なし3万5千円のアパートから荷物を運び出し、ある程度は田舎へ送った。
これで貯金からお金が減った。。。

で、いよいよ電車に乗って成田まで行くのですが、今まで登場していなかったですが、彼女が見送りにきてくれました。

そうです。
彼女です。

世の中不思議なもので彼女なんかいらない!と思っても好きになっちゃうことってあるんですよねえ。

いままでこんな話にブログで触れたことはありませんが。

アメリカに行くと決めてアルバイトを変えて貯金を始めたときは彼女はいなかった。

アルバイトを始めて、僕は変な強がりじゃなく、彼女なんかいらない!だってアメリカに行くことだけが今の目標だから!と思って、バイク便をやっていた。

ところが今までもう1年半も働いていた青山のスポーツクラブのイントラとふと話をするようになり、買える方向が同じほうだったので、同じ電車で帰った。
そこから全ては始まった。。。

彼女は要らないと思っていても、話が合えば、長く話をするし、バイトでデートする時間はないので、日曜など仕事が早めに終わったときには一緒にご飯を食べる。
・・・正直このときの僕に外食は余分な支出でキツかったのですが・・。

そんな感じで、何も意識することなく付き合い始めることとなった。
気がついたら付き合ってたという感じかな。

それがバイトを変えて1ヵ月後ですよ。

心の中では「なんで行くって決めたのに、1ヶ月でこうなるの??」と疑問が。

出発まで10ヶ月かかったのだが、月日が経つにつれて、「アメリカに行くのに、なんで付き合ってんだろう・・。それで、俺、どうすんの??行くとき。。。。」とか自問自答してた。

本当に世の中、不思議です。

好きになって、それを相手に伝えても成立しないこともあるし、好きになるつもりがなくても互いに好きになっていく・・。

運命ってあるのでしょうか?

そんなこんなで10ヶ月が過ぎ、どうしようかと思いながらも、僕はわがままだったんですね。アメリカに行くことを止められなかった。
アメリカに行きたい思いは半端じゃなく強かった。

金もなく、ツテもなく、何もない、先の見えない渡米なのに、強烈に行きたくて行きたくてたまらなかったのだ。

ブルース・リーやショー・コスギ、スタローンやそのた大勢の憧れの人達がチャレンジしたハリウッドに僕も挑戦したかったのです!!
なんかものすごいハングリーだったのです!

アメリカに行くということは、すでに伝えていた。

そして2ヶ月くらい前には出発日を決めた。

時間は刻々と迫ってくる。


いざ当日。

成田まで一緒に行ったのだが、彼女は帰りを一人で帰れるか不安だったので、仲のいい友達を連れてきた。

もう行きのスカイライナーの中で、僕も彼女も涙が止まらない。
笑って話してても涙が止まらない。

こんな感情は初めてだった。

空港のエスカレーターを上るときにもまた涙が止まらない。
自分で決めたことなのに。

出国ゲートの手前で時間ギリギリまで話をしていた。
いや話はしていなかったかもしれない。一緒にいただけかもしれない。

これからアメリカに行って、車のない僕は乗ったことのないタクシーを捕まえていかなきゃいけないし、モーテルにチェックイン、そして学校に先に顔を出さなきゃいけない。
さらに3日以降の宿がないので、それを考えないといけない。しかも何もわからない土地で・・。

そんな大仕事があるのにこの状況。

頭の中がどんなにパニックか分かります???


そして、別れ。。。。。

下にさがるエスカレーターに乗り、自分の顔が床より低くなるまでずっと後ろを見て、涙が流れる。
彼女も涙を流している。

ドラマみたいな、別れ。

そして僕は飛び立って行った・・・・・。

大陸に向って・・。







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