2018/10/11

マラッカ=k世界遺産の街〕  travel abroad

10月5日〜8日、住みたい国世界No.1マレーシアの首都クアラルンプール、週末ひとり旅。クリックすると元のサイズで表示します
さて、クアラルンプールから日帰りで、世界遺産の街マラッカへ足を延ばしました。1400年にムラカ朝の王国誕生から、早くからイスラム教を取り入れ、ムスリム商人の東アジア進出の拠点としておおいに繁栄した王都。大航海時代には、西欧列強の激しい争奪戦が繰り広げられることに。1511年にはポルトガルが武力で征服。1642年には香辛料などを目当てにアジアに進出したオランダがポルトガルを追い出し、さらに1824年の英蘭条約によってイギリスの植民地となりました。また、太平洋戦争中は日本の占領下にも。その歴史からオランダやイギリス、中国が融合した独自の文化が形成され、街には古都の風情を漂わせる建造物や華麗なプラナカン文化が今なお息づいています。2008年には、ヨーロッパ列強の国々に支配された影響と、東西貿易の中継点として類稀な文化が形成されたことが評価され、ペナン島のジョージタウンとともに「マラッカ海峡の歴史的都市群」として、歴史的な町並みが、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。この日も、世界遺産の街ならではの観光客の多さは流石。特にサーモンピンク一色の美しさを誇る"オランダ広場"は、中国系の皆さんであふれていました。昼食には、プラナカンと呼ばれる民族が育んだ食文化から生まれた"ニョニャ料理"を。ワンプレートに、ココナッツミルクで炊いたご飯、いろいろな副食材が添えられ、カレーやチリソースでいただく料理で、手で混ぜながら食べるのが正式とのことでしたが、スプーンで美味しく頂戴しました。貿易都市から観光都市と化したマラッカ。半日観光ながらも、独特のロマンチックな異国情緒を堪能することができました。


"オランダ広場"
1753年創建のキリスト教会をはじめ、オランダ建築様式の建物があつまる広場。
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"スタダイス"
1650年にオランダ総督公邸として建設。東南アジアに現存するオランダ建築では最大最古の建物。現在はマラッカ歴史博物館。
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"セント・ポール教会"
1521年に建設された教会と礼拝堂の跡。フランシスコ・ザビエルはここから日本へ旅立ち、また死後には9ヵ月間、遺体が安置された後にインド・ゴアに移送された。右手首の無いザビエル像が立つ。
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"サンチャゴ砦"
1511年にポルトガルの総督が東方貿易の橋頭堡として建造した要塞。地元では"ファモサ"と呼ばれる。石門には"東印度会社"の
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"チェン・フーン・テン・テンプル(星雲亭寺院)"
明の鄭和のマラッカ寄港を称え、1646年に華人によって創建された中国南部様式の寺院。本堂の建築素材や法具類は中国から運ばれたもので当時のまま。屋根に施された陶磁器の装飾は見事。
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"ジョンカーストリート(ハン・ジュバッ通り)"
15〜17世紀に絢爛豪華なプラナカン文化が栄えたチャイナタウンの目抜き通り。
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"マラッカ海峡モスク"
マラッカ川の河口、市街中心部の南に造られた人工島のマラッカ島に建つモスク。夕日の名所。
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