「あ〜。オモシロかった・・・」 <(^.^)> ♪〜 ・・・と言いながら、いつか死んでいきたい。
『わが家新聞』の「こだわりの毎日」欄です。
2019/5/9
長かった
私的・十七連休も
やっと今日で終わる。
寒暖差の激しい気候に
シンクロするかのように
体調もジェットコースター状態だった。
今日の予報では、
日中、27℃にもなるという。
今9時現在、
外気は10℃ちょいであり、
書斎ではストーヴを炊いている。
なので、
17℃の寒暖差は
生体のホメオスタシス(恒常性維持)を
つかさどる自律神経系にとっては
物理的ストレス以外の何ものでもない。
五月晴れの日は
体調さえよければ
爽快な気分で散歩もできるが、
カラダが重い、だるい、節々が痛い、
耳鳴りはする…では、
仕事がなければ、寝ていよっと、
という「寝てばかりロージン」に
ならざるを得ない。
「散歩」といえば・・・
昨日のお昼のニュースで、
散歩中の園児の集団に
車が突っ込んで4人が重体・・・
という禍々しい速報を聞いて、
ゾッとした。
そして、すぐさま、
テレビ画面に向かって
「どうぞ、みんな助かりますように・・・」
と一心にご祈念した。
この一報を聞いて、
心ある人なら、
誰もがみな
そう祈り念じたことだろう。
しかし、
夜のニュースでは、
二人が亡くなったと聞き、
残念至極であった。
園長が会見で
号泣していたが、
園児に散歩させるなんて
どこの保育園、幼稚園でも
ふだんに見る光景である。
今朝の朝刊のコラムには、
交差点では「よくある事故」だが、
人と車が同じ道路にいる限り、
「起こり得る」車社会の暗部である、
という。
そして、
「散歩」はいつの場合も
安全ではない、ということだ。
かつて、
連ドラの『マッサン』では、
スコットランド人のエリーが
夫のマッサンが毎朝家を出るたびに、
「行って帰りぃ〜!」
と見送っていた。
この聞き慣れない見送りの言葉は
広島の方言で、
「無事に帰ってきてね」
という意味が
込められているという。
我が師の
碧水先生の御歌に・・・
往復の無事こそ祈れ
行く先の遠き近きが
中心ならず
…という、
真実をついたものがある。
『たましいの処方箋』
という拙著では、
「ニューヨーク」に行くにも
近所の銭湯へ「入浴」に行くにも、
人は一寸先、一秒先は
何があるか判らないものである、
であるからして、この御歌の重み、
真実が理解できよう、
と解説を施したことがある。
そして、
『たましいの処方箋』を実践してこそ、
すなわち、事前に
無事を「祈り念じて」こそ、
「御歌を生きる」のであり、
「助かりの道」があるのだと力説した。
長男が小1の時に
交通事故にあって、爾来、
家族が登校、出勤する前には
必ず「無事帰宅のご祈念」を
せずにはいられない。
引率の保育士や園長を
責める気は毛頭ないが、
「いつものお散歩」に慣れ過ぎて、
それこそ「あり慣れて」、
「無事に散歩をし果(おお)せる」
ということを事前に、
願い、祈り、念じただろうか。
いつも「無事」に帰って来れてたことは、
実は、「有り難い」ことだったのだ、
ということに思いを至らせるのが、
形而上的、宗教的、魂理学的な
考え方なのである。
ワイドショー的な
俗世間の形而下的解釈では、
運転未熟の交通事故による
不運な巻き添え・・・という
悲劇で「済ませ」てしまうが、
常時起こって観察できる現象には
「明在系」と「暗在系」が
「光と影」のように
「対存在」しているのである。
安易で軽薄なスピリチュアル解釈に
堕さないように、慎重に
「現象から真実を引き出す」
というのが、
魂理学者の使命であり、
その形而上的意味を
「犠牲者」が残した「教訓」として
現世・後世の人たちに
語り部として伝えるのを
自分の大切な使命としている。
***
別な視点で感じたことは・・・
「交差点でよくある事故」ではあるが、
最近の老齢ドライバーや
認知症ドライバーによる
無謀運転、高速逆走運転での
事故が頻発している。
高齢化社会の暗部なのだろうが、
もひとつ、気になるのは、
ADD(注意欠損)系の成人で
未治療者が周囲に散見されることである。
かつて、
車で来室された
クライエントにも、
我が家の壁にこすったり、
近所の塀にぶつけたりしながら
帰った方々がおられた。
後日、大事故を起こし
車を大破させた方もいる。
それらは、
注意の転動性や集中困難、
空間認知の障害などが原因だが、
本人に病識がなかったり
治療動機が低いなどで
薬物治療を受けていないと、
職場や公共の場で
事故や社会的問題に繋がることが
少なくない。
今回のケースが
そうだとは言わないが、
「免許返納しないプチ認知ドライバー」
と同程度に
「未治療のADDドライバー」や
「自傷他害(狂信的テロ)ドライバー」は、
車社会の暗部と言えよう。
教員時代の80〜90年代に、
中国へ修学旅行を三度も引率した、
という稀有な経験がある。
85年頃の蘇州は、
まるで日本の戦前のような光景に
タイムスリップした感覚で、
未だ人民服を着ていた人もいて、
道路はウンカのような
自転車の大群だった。
三度とも中国の学校と
交流会や食事会を催し、
歓談し、ギターを弾いたり、
「書」を頂いたりと、
中国語も勉強して
それは良い印象があった。
大学院時代には、
李さんという女性の先輩がおられ、
親しくさせて頂いて
我が家でのお茶会にもお招きし、
能書家であられたので
いくつか茶席用の「書」も
お願いして書いて頂いたことがある。
なので、
その頃はまだ中国に対して
悪感情を抱いていなかったのだが、
習 近平主席になってから
共産党体制の締め付けと
軍拡路線が露骨なほどで
嫌悪感を抱かざるを得ない。
南沙諸島には、
絶対に軍備を配置しない、
とNHKのインタヴュー番組で
温家宝は公言していたが、
真っ赤なウソ、大ウソであった。
そして、
国際司法裁判所の違法裁定に対しては
「効力のない紙屑だ」
と公言して
公然と国際ルール無視を宣言した
トンデモナイ違法国家、
ナラズモノ国家である。
それが、
習主席自身が国際会議で、
一帯一路の構想は
国際ルールに従う・・・という、
二枚舌で公言した。
「ウソつきプーさん」
とでも書こうなら、
中国内ならネット削除のみならず、
当局に拘束もされかねないから
一党独裁の恐怖政治である。
GDP第2位になるや
金に物を言わせて、
あからさまな軍拡と領土拡張に
走っている。
90年代に流行った
『ノストラダムスの大予言』では
「眠れる獅子が立ち上がる」
というフレーズがあったが、
それを五島 勉は「中国」のことだ、
と解釈していた。
1999年の人類滅亡は免れたが、
米中が前面衝突して
核戦争にでもなったら
日本も安穏ではいられなくなるだろう。
そこに、
北朝鮮、ロシアも
得意のドサクサ紛れの火事場泥棒で
参戦したら、何がなにやらの
混沌のバトルロワイヤルになる。
日本以外は全部、
核兵器を持っているので、
木刀で真剣や拳銃と闘えるはずも
ないだろう。
中露北の属国にだけは
なりたくないものである。
今朝の三隻目の
空母建造中の記事が、
平和ムードの「令和」の幕開けに
キナ臭い雰囲気を漂わせていた。
連休中に、
院の大先輩(82歳)から
譲渡されたヴァイオリンの
メンテをした。
古色がかった一本は、
エチケット(楽器内ラベル)に
「Arturo Barini
Mirecourt」
の文字が確認され、
1784年頃のフランスの
ミルクール地方の
リューティエ(製作家)と判った。
ミルクールは
ラコートというギターの
名リューティエを輩出した
楽器の街で名高い。
エチケットは
修復家か鑑定家による
後世の物のようだが、
裏板に特徴的な紋章の封蝋が施され、
200年くらい経っている
古楽器ではありそうだ。
指板や魂柱、フィッティングは
現代の物に置き換えられているが、
基本のボディは
当時の物のように見える。
音色は渋く、落ち着いている。
現在の世界のオークション価格では、
およそ30万円台を推移してる。
もう一本の方は、
現代・西ドイツのリューティエ
Franz Kirschnekによる
1976年製の43年物で、
これは明るく輝きのある音がしている。
オークションでは
20万円前後を推移している。
なので、
この二本だけで
50万円相当の楽器を
譲渡されたことになる。

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