スーパータイフーン
「19号」も
各地に爪跡を残し、
犠牲者も少なからず出たようだ。
幸いにして、
暴風被害はなかったが、
早朝に近所の河川敷を
見に行ったら、
濁川が堤防の縁まで迫っていて、
あと1m増水すると氾濫したところだった。
もっとも、これから、
さらに増水しないとも限らないので、
警戒態勢である。
そして、それに
挟まれるようにしてある
阿武隈川も民家の1mまで迫っていて、
危険性を感じさせられた。
今日一日は、
水が引くまでは
不要不急の外出は
避けたほうが無難だろう。
隣家のカオリちゃんとも
顔を会わせて
「怖いですねぇ・・・」
と、「大水」の恐怖感を
久しぶりに思わされた。
鳥谷野橋の下は
エライことになっていて、
堤防下の民家よりも
遥かに水位が上がっていた。
万一、決壊するようなことがあったら、
大変な水害になる。
この南町の辺りには、
親友のタケシんちがあり、
1986年の台風10号による
「8.5水害」で水没した。
なので、
今の彼んちも
基礎部分を高くしてある。
その時も、
一中が水没してボートが出たのを
タケシのトーチャンに
写真で見せてもらったことがあった。
実際に水没したのは
初めて見る。
自分たちが
練習していたテニスコートが
見事に池と化していた。
早朝だったが、
『民友新聞』の記者から
取材を受け、
「背中を貸して下さい」
と言われて、
唖然としているパジャマ姿を
写真に収められた(笑)。
↑ かなりマヌケっぽい(笑)。
川幅の広い
阿武隈川の堤防の
ギリギリまで増水していた。
一中は水面より低い位置なので、
万一、ここが決壊してたら、
オラぁ、流されて死んでたなぁ・・・と、
後から考えてゾッとした。
この堤防は
8年前の3.11で、
真ん中にバックリと
地割れが走った処なのである。
自然災害に
「想定外」は付き物だということを
忘れて、夢中になっていた。
これは、命を賭しての
“ブロガー魂”なぞではなく、
単なる“大水好きオサムちゃん”と言われてた
幼少期からの血が騒いだからである。
大水になると
「オサムを外に出ないように
見張ってろ」
と家族に厳命されていたようだ(笑)。
小っさい時から
好奇心が旺盛だったんだねぇ(笑)。
「好奇心を抑えるのは
恐怖心のみである」
という格言の真意を
後年、識ることになるのだが・・・。
…(((=_=))) ブルブル
なので、
台風のたんびに、
川を見に行って行方不明になる
爺様が全国で後を絶たない、
というニュースを聞くたびに、
「何やってんだか・・・」
と思いながらも、
(笑えなねぇなぁ・・・)
とも自戒している。
***
ついでに、
稲荷祭りも視察してきたら、
これから露店や見世物小屋を
組み立てようとしていた最中であった。
午後からは、
暴風と大雨が止みそうなので、
お祭りに出かけて行きたいものだが、
渡利を通るにも、
万一、堤防が決壊したら
クルマごと流されて
お陀仏になる確率は0%ではない。
“お祭り好きオサムちゃん”
とも言われてたので、
血が騒ぐのだが、
命懸けで行く価値があるかどうか・・・、
判断に迷う処である(笑)。
カミサン→ ヾ( `_ゝ´) ノ マテ~ッ ! ε=ε=ε=ヾ(*。>◇<)ノ イキテ~ッ !

0