ブログ「種子島原人の日々」

種子島の、人、風景、歴史、現在、原人のたわごと掲載してあります。
「どこまで豊かなんだこの島は・種子島」

 
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投稿者:chiro
これはまた、貴重なものが残っていましたね。
赤米館には、古い農具などが展示されていましたから、さらに増えたわけですね。
鋤は、子供の頃実家にありました。

http://blog.goo.ne.jp/sizen2_2006
投稿者:原人
●湊さん
種子島ではごく普通の馬車鞍でした。
昔は家での娯楽がなかったので集落、町の行事が賑やかでした。テレビが普及して知能も進化したつもり政治もなにもかも知ったつもりになった。そのぶん本は読まなくてよい風潮もある。
今後はネットの使い方がモンダイになってくるが種子島ではこちらは心配いらないかな?
湊の綱引き狂言は生で見たいものです。

●oosawaさん
昔は、馬と家族の人手の農家でした。現在は機械化で、農家の借金は増えるばかり、といっても人手がないから機械が必要だ。難しい世の中になってきました。
投稿者:oosawa
馬が主役の時代は、つい昨日のような気がします。農耕機具も残っているのは珍しいですね。
投稿者:湊
私どもはこの形を普通に覚えていますね。
神社の広場に、鞍に繋ぐ荷車を数台並べて舞台を作り、団子・ご馳走を持ち寄って各班の踊り、網引き狂言等々を見物する。懐かしいですね。あの頃の田舎はうるさいぐらいに活気がありましたね。今考えると一つの集落に300人前後いたのではないでしょうか?
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