不意打ちのようにやって来る  














暗い湖に朦朧と沈む膨張した死体の夢
網膜のなかに書き殴られた最期の詩
叫びはふやけた肉体に阻まれ
二度と出られぬまま溶解して流れ出る
いつだって午前二時
破裂と飛散を望むものたちが
内壁で騒動を起こすので
ある程度を彼らに任せるより他ない
生身のなかで死を学ぶ羽目になるのは御免だから
唇を開かずに話す
きちんと聞かせる為ではない言葉のような羽虫
生体として意味を感じさせない周辺を飛び回る
その羽音はこちらに届くことはない
必要のないものは認識されないようになっている
さあ、水を穿り、躯を引き摺り出すと良い
それを捌かなければおそらく必要なものは手に入らない
ナマズのような唇の間に腕を突っ込んで
掴みあげられるほど簡単なものではない
生かせてもらえないのだ
生かせてもらえやしないのだ
すべてを切り離してあらん限りの成果をそこにばら撒くことが出来なければ
いくら時計を見つめても眠ることなど出来るはずもない
それは欲望のように、激しい雨の日の雨垂れのように
容赦なく存在を蝕みにくるから
やつらの息が枯れるまで吐き出してやらなければならない
主導権がどちらかなんて
気にしていたらなにも始まらないままに終わりを迎えるだろう
いつだって理由はきちがいじみた衝動のなかで
切り刻むためだけの牙を光らせているものさ
暴力や暴動―他人のために行使すると
大多数の人間が認識しているそんな衝動を
おのれの内側に閉じ込めるのがここでのやり方
その場合、吐き出すべきものはふたつある
ひとつは言葉で、ひとつは血だ
そしてその違いは意外と誰にも分からないようなものだ
肉体を激しく切り刻んだことがあるか?
そのとき床に流れ落ちた血液と
衝動のままに並べられた言葉を時々見極めることが出来ない
どちらもどちらである、なんて
割り切ることが出来たらいっそすっきりするだろうけど
そう片付けることはなぜか許されてはいない
たとえ舵をとってもその方向には流れて行かない
いくつかのタブーがある、それは
ひとつひとつ丁寧に紐解いていけば
「もっとも容易く見つけられる答え」がそうだと気づくことが出来る
道など引かれていない場所だからひとはそいつを探そうと思うのだ
そんな本能はいったいいつのまに蔑ろにされてしまった?
言葉は止まることが出来ない、そんなもの必要ないのに
衝動は萎むことがない、そんなもの必要ないのに
「必要ないのに」と口にする連中がこぞって
負け犬みたいな吠えかたをするのはどういうわけだろうか?
衝動は最も敏感なコンパスの針だ
あるべき方角を瞬時に指してくれる
本当だぜ、俺は口だけの青二才じゃない
そんな人生を何十年も生きて来たんだ
衝動は剥き出しにして差し出して初めて効果を発揮するものさ
生活のために嘘をつける連中には理解出来ないだろう
ほら、懸命に、手繰り寄せる湖のほとりで
死体はますます冷たいにおいを放つ
完全に口を閉じたものがもっとも雄弁に話すことが出来る
ノイズと静寂が脳味噌に描く模様は意外と同じものだ
死体のように―死体のなかにあるものを語ることは出来るだろうか?
いつだって午前二時、死体の衝動を知りたくて内臓を掻き回している
きちがい沙汰だって、そうさ
そんなふうに振舞えることが嬉しくてしょうがないんだ
そう―なによりも


それが理性によって行われてるなんてよく出来た話じゃないか








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愚かさの取り分  


























こと切れそうな灯りが、埃の海に飲み込まれそうな木の床を探している
流れているジャズはスローで、消えないものに心をこだわらせる
まばたきのつもりだったのに眠っていたのか、そんな判断もつかないほど
現在は曖昧で、一枚板の分厚いテーブルの上でグラスの滴りに濡れている
週末の夜に街路を賑わせていたのは雨粒だけだった、俺は傘を探して
最早家に帰るのも面倒なくらいにくたびれ果ててしまった、タクシーは
濡れ鼠など相手にしないで恵んでくれそうななりのやつに媚びるような速度で近付く
酔いは最も針を当てられたダーツの的のように途切れがちで、無意味な痛みとすり替わる
どうせならシャンソンにしてくれればいいのに、こんな夜に流れる音楽は
そうすればすべては舞台の上の出来事みたいに思えるだろう、少なくともいまよりは
ささやかな週末の夜にだって叶わないことのひとつやふたつはあるものさ
問題なのはもうそれにイラつくことすらなくなった自分自身の腹かもしれない
死んだ魚が川を流れるような毎日がいつか幸せにつながるかもしれないと
売り上げの為に慰めてくれる歌たちは言ってるけど、笑わせるんじゃないよ
誰かの戯言を鵜呑みにして生きる理由にするようじゃ始める前から終わってる
気づかぬうちにグラスの底をテーブルでカタカタと鳴らしていた、結構やかましく
隣に座っていた汚い肌の中年の男が俺を見ながら舌打ちをする、お前俺より臭いけれどな
俺が鼻で笑うとそいつは椅子を蹴飛ばしながら立ち上がって向かってこようとする
修行僧のようにグラスを拭き続けていたバーテンが顔を上げてこちらを見る
どちらに原因があるのか出来るだけ早く突き止めようとしているかのような冷たい目で
「よう」男は俺の側で見た目ほどにはでかくない声で凄む「なめてんのかい」
俺は黙って首を横に振る、それからグラスに残った酒を飲みほす、氷が小さな音を立てる
男はそのグラスを手で払い落す、グラスは床で幾つかの欠片に分かれる、俺は立ち上がる
「やんのかよ」と男は年甲斐もない口調で言う、俺は黙って立ったままそいつを見ている
「黙ってないでなんとか言え、ビビってんのか?」とこれまたよくあるやつ
俺は漫画で覚えた中国語を喋る、確か、「この包茎野郎」とかいった意味の
男はポカンとする、一瞬怒りやいらだちが消え失せた顔になる、俺はもう一度繰り返す
「チャイニーズか?」違うよ、と俺は答える、男はまたポカンとしたあと、ブチ切れる
ふざけるな、と大ぶりのパンチ、言葉と動作が連動している、交わすのは簡単
男のパンチが空を切ったタイミングで俺はそいつの膝の下あたりを軽く蹴る
男はバランスを崩してテーブルを巻き込みながら床に倒れる、「おいおい、大丈夫か?」
俺はバーテンの方を見る「だいぶ酔ってるみたいだ」バーテンは困ったように笑う
「散らかしちゃってすまないね」と俺は彼に詫びる、バーテンは黙って首を横に振る
「お代は結構です、その男が目を覚ます前にお帰り願えませんか」わかった、と俺は答える
雨はずいぶんと大人しくなっていた、酔いを醒ますのにちょうどいいくらいの雨だ
店から少し離れたところでドアの開く音が聞こえ、さっきの男が何かを叫んでいる
「待てよ、てめえ」俺はバイバーイと茶目っ気のある仕草をして、一番近い路地へ駆け込む
男が物凄い靴音を立てながらこちらへ向かって走ってくる、殺してやるとか言っている
この路地は入ってすぐに隠れるのに持ってこいの窪みがある、俺はそこへ隠れて
男の影が見えたタイミングで足を差し出す、男はそれに躓いてまた転ぶ
やれやれと俺は窪みから抜け出して男の様子を見る、ぴくりとも動かない…様子が変だ
男の体を裏返してみると、どうやら倒れた先に割れたビール瓶があったらしく
喉の部分にビール瓶の底ががっちりとはまり込んでいた、致命傷なのは明らかだった
俺は表通りには戻らずにそのまま路地を抜けて、人気のない通りを歩いて帰った
住処に戻る頃には午前三時になっていた、すぐにシャワーを浴びて気分を変えた
別に殺したつもりはなかったし、罪悪感というよりは正直爽快感が勝っていた
あの店のマスターは警察に俺の話をするだろうか?あまり心配することじゃない気がした
からまれたのは俺の方だし、警察があの店までたどり着くこともないだろう
俺はすぐにそのことを忘れた、短い眠りが中断されることもまるでなかった
まあ、いろいろと、異論反論はあるだろうけど…愉快な一夜にゃ違いなかったよ
来週の夜まではちょっと楽しい気分で過ごせるかもしれないね、だけど
こんな季節だし傘ぐらいは用意して出歩いたほうがいいみたいだぜ















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ショー・マスト・ゴー・オン(脚本がすでに失われていても)  












アーモンドチョコレートとストレートティ
夜のストレンジャーとカム・ダンス・ウィズミー
バス停でその日最後の長距離便を待っていた僕らは
見すぼらしくも誇らしい二人の子鼠だった

丸一日、あれこれと乗り継いで
腰をおかしくしながら辿り着いた憧れの街は
妙な色のスーツを着たチンピラと
股が痛くなりそうなショートパンツを穿いた売春婦だらけの世界
安アパートに転がり込んで
皿洗いと給仕に精を出しながら
ミュージカルのオーディションをいくつも受けた
ぼくは早々に諦め
アルバイトから店長にまで昇りつめ
きみは幾つかの小さな舞台で
これまた小さな役をもらった
「きみなら大丈夫だ」と
ぼくは家賃や生活費を払いながら
「ぼくの分まで頑張れ」と
無責任な応援を続けた
役をもらえないまま二年がすぎたあと
きみは行方をくらました
書置きも電話もなにもなかった
(生まれた街に帰ったに違いない)と
ぼくは感づいたが
忙しさにかまけて追いかけなかった

やがて不況が来て
店が上手く行かなくなり
たたむことを決意したぼくは
ふいに
そこに帰ってみようと思ったんだ
いや、ずっとじゃない
ちょっと帰ってみようって
久しぶりに訪れた駅は綺麗になっていて
あれほどいろいろなものを乗り継いだ故郷は
一本の線路で繋がれていた
驚きだ
それでもやっぱり丸一日はかかったけれど

そうしてぼくは実家には帰らず駅前にホテルを取り
きみの家を訪ねてみたけど
がらんどうの荒れ果てた空家だった
さてね、と頭を掻いていると
だれかがぼくの名を呼んだ
子供のころ一緒に遊んだ男だった
子供のころとは似ても似つかぬなりをしていたけど
「彼女なら病院に居るよ」
そう言って病室の番号を教えてくれた
ぼくはささやかな花を買い
早速訪れてみると
きみは鼻に管を繋がれ
ぼんやりと天井を見つめていた
華奢だった身体は
目一杯詰め込まれたごみ袋のようだった
久しぶり、とぼくは言ったが
きみはまるで反応しなかった
ぼくはおかまいなしに
椅子に腰をおろしてきみが居なくなってからの話をした
きみに聞こえているのかどうかわからなかったけど
話したかったことはとにかく話した
それは二時間くらいはかかったと思う
それじゃあ、とぼくは立ち上がった
さようなら、と言ったけれど
やっぱりきみはぴくりとも動かなかった
ぼくが出て行くときに大きなおならをしただけだった

ぼくはそのまま駅に行って
いま住んでいる家に帰ることにした
ホテルには電話をして急用で帰ることになった、と説明した
金は払ってあったからそれでよかった
そのときの
妙にけたたましい車輪の音や
車体の軋みや
トンネルの中で感じた怖ろしい闇のことを
ぼくはしばらく忘れることはないだろう
かなしみと呼ぶにはあまりにも馬鹿らしかった
だからそれはコートの中でいつまでもざわついていたのだった

ぼくはもう生まれた街に帰ることはないだろう







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