2010/1/31

錆びた時間の牙  









錆びた時間が牙を剥いて喰らいついてくる、かわせよ…それが肉に食いこんだら外すのは相当に厄介だ、すべてのことを後回しにしてそいつの軌道を読むことに意識を集中させた方がいい
牙から錆が入るとそれは身体の中で様々な毒性を撒き散らして、数分もすると息絶えてしまうかもしれない、気をつけるんだ、その牙にだけは侵略を許してはならない
例えば休日の長い眠りのあとで半ば分離した意識の隙を狙うようにそいつは襲いかかってくる、喰らいつくことだけを考えているから、そいつはとてもカンがいい…時間に余裕がある時ほどそいつに隙は見せないほうがいい
なんなら腕に深い切傷をこしらえてそこらに血を撒き散らし、そいつの意識を逸らしてしまえばいい、多少の痛みは腕に残るけれど、それが一番手っ取り早い話だぜ
俺がなんについて話しているのか判らないだろう…俺がいつも見ている景色のことを出来る限り判りやすく話しているつもりなんだが
俺が何について話しているのか全くよく判らないだろう?きっとこんなものを見ているのは俺だけなんだろう、判ってもらいたくて話してるわけじゃないよ、ちょっとした時間つぶしのネタみたいなもんさ
今朝夢を見たんだ、本当の夢の話だ、目を閉じて…眠っているときに見る夢の話だよ
夢の中の時刻はおそらく真夜中で―そう、夜空が蒼っぽい黒に満ちている時間帯さ
小さな道の壁の上に昇って、俺は何かから逃げていた、すれ違ったときにはただの人間だったんだ、(こんな時間に何をやっているんだろう)怪しく感じるとしてもせいぜいそんなぐらいのさ
すれ違った瞬間に俺はそれに気づいた、やつの関心を引いてはまずいことになる、やつの視界に長いこと居てはまずいことになるってな、だから壁に上って逃げようとしたんだ、ところがやつは向きを変えてこちらにまた歩いてきた…凄まじい速さだった、だけどまるで急いでいないんだ、不思議なくらい無表情な歩いているだけの足音が誰も居ない道にこだましていた、俺はどんどん道の奥に逃げて…ある路地の奥の一軒の家で行き止まりになった
真夜中だったせいかもしれない、真夜中だったからと言ってしまえばそれだけのことだったのかもしれない、だけど壁の上から見るその家の中はあまりにも陰鬱で…どうしてカーテンすら引いていないのだ?まったく理解が出来なかった
足音はまだ近づいてきていた、俺は壁の上を歩いて家の裏側に回った、敷地の一番奥の部屋には大きな窓があったけれど、その窓はテレビやらなんやらで完全に潰されていた、「その窓は完全に塞いでおかないといかんのですよ」その家の住人らしきくたびれた中年の男が壁の下で俺を見上げて呟いた
俺は壁を降りて彼と対峙した「なぜ潰しておかなければならないのだ?」「あいつがやってくるからです」「あいつとは?」「あなた、見たんでしょう、追われたんでしょう、さっき?」
俺はひとつの窓を開けてその部屋の中に入った、部屋の中には男と同じようにくたびれた中年の女がいた、おそらく奥方だろう…俺は潰されている窓の前に置いてある様々なものをじっくり検分してから、すべてをそこからどけ始めた、奥方と男は無表情な顔で俺のすることをただ黙って見ていた、止めることも、怒ることも、悲しむこともしなかった、そこからすべての家具を取り除くのに一時間ばかりかかった、だがまだ夜は明けず、部屋の中は陰鬱だった
閉ざされていた窓のカーテンを開け、窓の鍵を開け、窓を開けた、冷たく湿った空気が部屋の中になだれ込んだ、凍てつくような気温だったがその部屋にこもっていた空気よりはましなものに思えた
振り返ると中年の夫婦は死んでいた、死んでいるのかどうかもはっきりとしないような死にかただった、窓を開けようとする俺のことを黙って見つめたままの顔でただ倒れていた、折り重なるように倒れて―死んでいた
部屋の奥から足音が聞こえた、だけどそれはほんの少し移動しただけだった、どうやら俺はもうそいつのお目当てではないらしかった、俺はその家を離れて路地を逆に戻った、もう戻れないかもしれないと考えていた道の上にはもう誰も居なかった
(俺はどうしてあの窓を開けようと考えたのだろう)と俺は思った、(そもそもどうしてあの中年の男は自分たちがやつに狙われていることを俺に話したのだろう)(そしてなぜ彼らは俺がしていることを止めようともしなかったのだろう)
彼らはそのときそこで自分たちがそんな分にして死ぬのだろうことをあらかじめ理解しているとしか思えなかった、その引金を引くのが俺だということも―(彼らは疲れていたのかもしれない)と俺は思った、狙われるばかりの暮らしは、人をただただ疲れさせていくばかりなのだ
俺はそれが自分の夢であることを理解していた、だが彼らが俺の夢の中で死ぬことについてどんな理由があるのかなんて少しも考えつかなかった、どんな理由があるにせよ、彼らは俺の夢の中に陰鬱な空気と化け物を運んできた侵入者であるかのようなそんな気分がぬぐえなかった、あの目―彼らはきっと俺の前であんな目をして死んで見せるために乗りこんできたのだ
俺は道を離れた、しばらく歩くと小さな川のほとりに出た、そのときに夜が明け始めた…目覚めはいつやってくるのだろう、と俺は思った、なんとなくその世界の中で朝を迎えたくはなかった、その世界の中で朝を迎えてしまったら、余計なものをたくさん抱えて現実世界の中に戻らなければならないような、そんな気がしたのだ―それはどんな理由であれ二人の人間の死がその世界にあったせいかもしれない
俺は雄叫びを上げてひとつの店の窓ガラスを叩き割った、肌の上でジーっという音がして深い切り傷が生まれた、真紅の血液がだらだらと流れて…そうして俺は目覚めた、錆びた時間が眼前で俺を喰らおうとしている瞬間だった








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