路地裏のはげしい雨にまぎれて  





灰に帰したポエトリーと
そのそばでかすれた
老い始めたおとこの歌声
ほぼ消えた足跡を記憶の片隅で
なぞるように
歌って
なぞるように


雨が降り続けるだけのこの街かどじゃ
かれの歌声はどこにも届かない
だからこそかれは歌い続ける
その
ひとりぼっちにこそ安らぎがあったような気がして
偽ることのないこころがあるような気がして


ね、ベイビー
いつかしらみみもとで囁いたおんなの甘いハート
捨てられたレザージャケットみたいに雨に濡れて行く
すでに冷えたものがそうして濡れているのを
すでに消えたものがそうして冷えているのを
生きているように口にしたくなるからブルースが生まれる


夕暮れとともに激しさを増して行く
微かにかがやいた割れた街灯の下で
くちびるを震わせているかれが見える
やさしい影は
かれの表情を闇の中に消してしまう
激しいけどか細い人知れぬブルース
かれのこころの中だけでいつまでも反響している
やわらかいゲージを張った
ふるいギターの音が雨の中に混じる気がする


幾千の言葉が生まれては消えて行った
路面を流れる雨のせいで
瞬時に過去に流れ去って行った
思い出しても思い出しても記憶出来ない名前のように
頭の隅の排水溝の中で
忘れられたそいつらは悲鳴を上げていた


野良犬はうなだれて
ポリバケツのあたりをうろつき
蓋を外すための長い指を欲しがる
その中からはたしかに
まだ食べられるもののにおいがしているのに


灰に帰したポエトリー
忘れられてから、そう
すべてのものは色づいてゆく
あまいおんなの囁きや
たしかな雨の冷たさや…
おとこの記憶はあしもとの泥にまみれ
なにもはっきりとは思い出せない
割れた街灯が必死ではじき出す明かりはブルー
そのあたりだけ雨粒が
すぐに死ぬ虫みたいにかがやいて見える


短針と長針が雨に流れてゆく
ランドセルやカラフルな小さい靴
アタッシュケースや契約の書類
エンゲージ・リングとウェディング・ブーケ
最初の夜と最後の夜の
寝入りばなに見たいくつもの
断片的な夢の残像
いつまでもいつまでも
激しい雨がつくりだす流れに飲み込まれてゆく
野良犬の遠吠えが聞こえる
「きみはひとりじゃない」
「きみはひとりじゃない」


おとこは
笑ったみたいに口をゆがめて
それから




動かなくなる










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