そうしてこの部屋は留守になる、すべてが―すべてが。  







本当の欲望の姿は尖った鉛筆の芯で軽く打った点の様なもので
ともすればまぶたが落ちそうなこんな夜こそ
俺はそいつの姿を見なければならない
死んでいけばいくほど
生きようとするものだ
進路は身体の求めるものとは反対のベクトルへ


スペース・ボーイは宇宙へ飛び出したまま帰ってこない
通信手段はすべて試してみた
ただ不通という答えが返ってきただけさ
その時天体の姿は
ボーダーレスな共同墓地の様に俺には見えたんだ


欲望を興奮にしか結び付けられないような
ケチな茶番は金輪際ごめんだぜ
本当の快楽はスッと冷えたような感じがするものさ
身体中を地下水が循環し始めたみたいにさ


真夜中と呼ぶには曖昧な快活さの中を
ファミリーマートの明かりを目指して歩いていた
骨盤の回転によって右脚と左脚が
交互に動くことをきちんと知っておきたかっただけなんだ
雑誌のコーナーで立ち読みをしているやつらの後ろにぼんやりと立って
もしも一人殺してかまわないならどいつにしようかなんて考えていた
骨盤の回転で右脚と左脚が
交互に動くことを知っておきたかっただけさ


新しいマジックが始まるような気持ちで
そいつを許容出来る方がいいだろ
新しいマジックが始まるような気持ちで
新しい情報を差別しない無邪気な好奇心で
右手を使う?
左手を使う?
立ってるぶんにはいくらやりなおしたってかまやしないぜ


キューブリックの映画のポスターにペニスとヴァギナを描いたら
どうしようもない感じになったので諦めて寝ることにした
夢の中で俺は電子的なウィリアム・テル序曲に合わせて
一番最後のブライアン・ジョーンズのモノマネをしていた


真夜中のプールに忍び込んでアイス・クリームを食べたことがあるんだ
プールサイドじゃなくてプールの中で
底に張り付くほどしっかりと潜って
どんな味もしなかった
ただ崩れて行った
そしていなくなった
ブライアン・ジョーンズみたいに
これはどんな記憶なんだろう
俺は夢の中に唾を吐いた
そんなもん黒く塗りつぶしちまえばいいだろ
えらく舌ったらずな誰かがそんなことを叫んだので
俺はペンキを取り出して自分の目玉を塗った
そしたら前よりもずっと鮮やかな夢を見るんだ
眠ると昼で目覚めたら夜だ
だけどたったひとつラッキーだったのは
あのキューブリックのポスターを二度と目にしなくていいということだ
諦める覚悟が出来れば
視界などあるだけ無駄だということが判るだろう


本気にすんなよ


雨天のままで終わった週末にティーンエイジ・ラストはいらつき
19キロ離れた仕事場に向かうためにセルを押すんだ
目玉を塗りつぶしたらどこへ行ける
そいつを明日試してみようじゃないか


そんなことを考えている時路面電車が通ると
ある踏切のことを思い出す
何人もの命を食った小さな踏切さ
ローカルな商店街のひとつ西側の
車一台通れるぐらいの小さな幅の踏切さ
酔っ払いが寝てて騒ぎになったり
小学生が自転車ごと何十メートルも引きずられて死んだりした
いまはそのあたりの線路はすべて高架になって
もう誰もそこで命を落とすことはない
だけどどうなっちまったんだろうな
あの踏切に巣食っていたなにかは
いまはどこで涎を垂らしているんだろう


俺は眠りなおすことにしたんだ
起きていると夜みたいだからさ
寝床に身体を横たえて目を閉じると
すぐになにか高尚な禍々しさとでも呼ぶべき存在がやってきた
お前が俺のことを気にしたりするものだから顔を出してみたんだと言う
あの場所はいまでも血に染まっているのかと俺は尋ねる
目を閉じたままそんな事を話していると禅問答でもしている気分になる
染み込んだ血は色褪せることはないからなとそいつは言う
「お前はそんなことを聞いてどうしようって言うんだ?」
判らないと俺は答える
それから興味かなと付け足す
そいつはやれやれと首を横に振って
お前といるとこっちがおかしくなりそうだと言って出て行く
「あのキューブリックのポスター剥がしといた方がいいぜ」
「見えないんだから構わないだろう」
そういう問題じゃない
とそいつは言う
「馬鹿みたいだからやめとけ、馬鹿みたいだから」
そいつの気配はあっという間になくなった
俺は手探りでキューブリックのポスターを剥がした


本気にすんなよ、なあ
本気にすんなよ


さあ
コンビニでも覗いてくるかな








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