2017/7/20

日向の標本  
















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おれはラウンジに横たわっていた、さながら、廃墟に忍び込んで出口を見失い、そのまま干からびてしまった犬の骨のようだった、ラウンジの日当たりはよく、太陽光は大きな窓から見えるフロアーすべてを埋め尽くさんばかりの勢いで雪崩れ込んできていたが、天井に埋め込まれているエアコンはよく効いていて、真夏の光のなかで朦朧としているのに少し寒いと感じるくらいだった、窓の外には様々な木々が思い思いに枝葉を広げながら趣を装っていた、そいつらの配置はすべてわざとらしくて、もしもやつらに意思があるならそんな風に植え付けられた自分のことを少し恥ずかしいと思っているに違いなかった、おまけに彼らの足元には鯉が泳いでいる池があった、時代錯誤だ、とおれは思った、まるで時代錯誤だった、そんなものがなにがしかの威厳を語っていたのはもう三十年は前の話だ、いくつかの事柄は全く進歩しないまま後生大事に様式なんて言葉で維持され続ける、でもそんなものにどんな意味も残ったりはしない、「昔そういうものだったこともあった」そんなことを窺い知ることが出来るというもの以外には

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ラウンジは迂闊な人間なら白で統一されたと感じてしまっていただろうが、何のためにそこに塗られたのか釈然としないようなアイボリーで塗り潰されていた、始めっからそうだったのか、あるいはなんらかの出来事によってそういう色で塗り潰されたのか、それは判らなかった、おれはその場所のことを知らなかったのだ、いままで訪れたこともないようなところで、どうしてそんな風に横になっているのか?それはまるで明方に見る脈絡のない夢のようだったが、おれにはそれが夢でないことは判っていた、それが覚める気配が少しもなかったからだ、それにはもっと現実的な理由があるに違いなかった、ここが現実であることははっきりしていた、ただその現実がどういうものなのかということをおれが理解していないだけだった、どこかで、工場の壁いっぱいに取り付けられた巨大な換気扇が回るみたいな重く錆びた音が聞こえていた、でもそれはとても遠い場所だった、この建物はどのくらい広いのだろう、とおれは思った、それが同じ建物のどこかであることは判っていた、ひと続きの建物であると確信出来る振動がそこには感じられた、そういうのって理屈じゃないじゃないか

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天井と壁が交わる線の部分は緩やかなRを描いていた、その部分はガラスではなく、アクリルガラスがモザイク模様を描いていた、光はそこにもあったが、それはそこで静止していてこの部屋の何ものをも照らしはしなかった、どうしてあそこにあんなものを埋め込んだのだろう、とおれは考えた、あそこまでずっとガラスではいけなかったのか、おれはあそこにアクリルガラスを埋め込んだ人間のことを考えた、おれはそうした技術には疎いので、それが簡単なことなのかどうかということはまるで判らなかった、ただ、そこにそれを埋め込んだやつはどんなことを考えながら埋め込んでいたのかということを知りたかった、それがアクリルガラスであることは喜びだったのか、悲しみだったのか、まあ、戯言と言ってしまえばそれまでだけれど、おれはそうしたことを考えながら思考的な意味での出口を探していたのだ、窓の外はずっと眩しかった、いつからそんな風に眩しいのかまったく思い出せなかった、ただ判っているのは、ずいぶんと長くそこにそうしているような気がするということぐらいだった

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起き上がるべきだと思った、それにどんな意味があるのかなんて判らなかったが、動かせるものは動かしてみるべきだと思った、おれは左わきを下にした状態で寝ていた、右の手のひらを床に着き、グッと力を込めて上体を起こした、すると右の指はひび割れ、湿気で固まった塩が揺すられて崩れるみたいに静かにゆっくりと崩れた、それは手首に広がり、やがて腕に上がり、肩までを完全な粉にしてしまった、おれはもう倒れることは出来ない、と思った、不格好に起き上がった状態のまま硬直していたので、居心地が悪かった、せめて正面に起き上がろうとして腰をずらすと、そのまま腰骨の周辺が崩れ落ちた、おれの状態は達磨落としのようにすとんと床に落ちた、「欠損だ」とおれは思った、おれは欠損している、もはや頭と、左腕と胴体だけのいきものだった、脚は少し離れたところでだらんと横になっていた、そうしてそれも次第に塩のように崩れた

   5

太陽がこんなものを照らし続ける理由が判らない、おれは唾でも吐こうかと思った、そうしたい気分だった、でもそれをすることで、またどこかが崩れてしまうのは嫌だった、ラウンジの日当たりはよく、そしてそれはいつまで続くのか依然判らないままだった。

















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