2018/10/21

運命のまばたきのしかた  





















三二年前に閉鎖された農場の入口、丸太と有刺鉄線の簡素な門の前で、余所者の娘がぼんやりと空を見上げていた、マーゴ・ヘミングウェイみたいな髪型で、痩せぎすののっぽだった、ちょっと引くぐらいどぎつい赤色のスタジアム・ジャンバーを着て、タイトなデニムのミニスカートがほとんど隠れるくらい長いシャツを着ていた、新しいウッドストックのものらしかったが、はっきりとは分らなかった、ナマ脚かと思ったけれど、時おり覗く心許ない太陽の光を鈍く反射させているので、肌色に近いストッキングを穿いているのだと分った、足元にはスプリングスティーンみたいなショートブーツ―まあボスは、ピンク色なんて履かないだろうけど―を、履いていた、まだ夏の名残は少し風のなかに残っているとはいえ、彼女のそんないでたちは少し寒そうに見えた―痩せぎすだったせいもあるのかもしれない、それから、ろくに陽も出てこないような薄ら寒い天気だったのも、原因のひとつだろう、そうでなければ、俺は物好きを見るような目で一瞥して、それきり彼女のことなんか忘れてしまっただろう―ただそんなことのほかに、その女が、もうなにもすることがなくてそこに立っているような気がして、そんないろいろな些細な理由で、俺はのんびりと彼女に近付いて話しかけた「やぁ」「ハイ」彼女はここで言葉を喋れる人間に出会えるなんて思ってもいなかった、というような顔をして俺を見つめた、俺があまりにぎこちなかったせいかもしれない、そんなふうに若い娘に話しかけるなんて真似はこれまでにしたことがなかったから…「どこから来たんだい」「東のほうよ」「東の、どのあたり?」「なかほどよ」東のなかほどのことなんて俺にはさっぱり分らなかった、だから俺はふぅんとだけ言った「どうしてこんなところに居るんだい」女は肩をすくめた「バスに飽きたから…お尻も痛くなっちゃったし」「でもここは、バスよりも退屈だろう?」女はまた肩をすくめながら遠慮がちにそれを肯定した、少なくともそういう配慮くらいは身に着けている娘らしかった「もう少し乗ってれば良かったかなとは思ってるわ、それは確かね」「おかしな男は寄って来るしね」「そうね」女はにやにやしながら俺の顔を見た、それであなたはこんな退屈を壊してくれるようななにかを持っているのかしら、とでも言いたげに…好奇心と、挑戦心が入り混じったようなそんな目の色をして「この農場はさ」「ここらへんで唯一の殺人事件があった場所なんだ」あんたは運が良かったよ、と思いながら俺は話し始めた「この農場の主がね、旅行客を撃ち殺した、狩猟用のライフルでね」穏やかじゃないわね、と女が眉をひそめた「でもそれはさ、仇討ちだったんだ―その旅行客はそのときよりもずっと以前にもここを訪れたことがあって、そのときにある娘にいたずらをした…この農場の娘にさ…そのせいでここの一家はひどく傷ついてしまった―そいつがどうしてまたここに来たのかは分らないけれど、皮肉にもその時にこの農場に世話になることになったんだな、嵐の夜だったよ」「運命ってやつね…」俺は頷いた、それから、門から見える一番奥の母屋を指さした「あそこの二階だ、事件が起こった場所はそのままになってる―当の主がそのあと自殺してしまったからね」「で、この門の鍵は俺が持ってる」女が目を丸くした「―どうして?」「農場はここの亡霊のもんだが、土地は俺の親父のものなのさ、土地貸しってやつだよ」「で、親父が死んで、俺がこの土地を受け継いだ、曰くのある土地だからね、どうにもしようがなかった…俺は別の仕事をしていたんだが、この不況で首になってね…気は進まないが、この農場を再建して、ちょっとした畑でもやって暮らそうかな、なんて考えながらここに来たわけさ」「あんた宿は?」女はかぶりを振った「いろいろあってね…なんのあてもなく旅をしてたの、もう何ヶ月にもなるわ―バスにも、あてのない旅にも飽きてしまってるの」旅なんて、あてがあってこそ楽しいもんだよな、と俺は言った、女はこれまでの思いを込めて深く頷いた―「最初の掃除を手伝ってくれるなら宿代は取らないが、どうだい?」女はあまり悩まなかった、なにかしら新しいことを求めていたのだろう「乗るわ」俺は農場の門の鍵を開けた「ドラム缶の風呂に入ったことは」「ないわ…でも楽しそうね」「じゃあ問題ない、電気もガスもないが薪と油はたっぷりある」「アナログって時々魔法みたいに思えるわ」それから俺たちは件の現場を見て生々しい痕跡に震え上がり、ベッドをバラして窓から投げ捨てた、それからあらゆるところを掃いて拭いて、時々は釘も打って、どうにか住める状態までこぎつけた、それからドラム缶を転がして井戸水を汲み上げ、火の番をしながら交代で風呂に入った、見ず知らずの人間の前で裸になることも厭わぬほど疲れ果てていた、そしてそのせいで俺たちは見ず知らずの間柄ではなくなった、女の名はアンジーと言った、アンジーは旅支度を解き、どこかの畑でくすねたというジャガイモを使って簡単な煮物を作った、それから一階の埃臭いベッドで寄り添って眠った、あまりにも無計画で、あまりにも突発的な出来事だった、だけども二人には、時間だけは腐るほどあったんだ。













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