2019/3/1

崩落の朝、公園で。  













色を失くした冬の明け方、公園のベンチで俺は放置されて風化した骨のように横たわっていた…数羽の鳩が半径一メートルの辺りを、時折こちらを窺いながら思い出したように地面を啄んでいた、こちらがなにか食べるものをくれるかどうか、あるいはこちらが食べられるものかどうか、そういうことについてそれぞれが吟味しているみたいだった、食べられない、と俺は言ってみた、お前らにやるようなものも持っていない、と付け足した、そうかなぁ、と、一番手前にいたやつが首を傾げた、そして、最近はみんなそんなこと言うんだよな、とでも言いたげにそれまでの作業に戻った、やつらはなにかを投げてもらうことに慣れきっているのだ、そして俺はいまだにそういうことに慣れていない、おいしい、というやつだ、迎合するべき、とされているものに迎合する気になんか一度だってならなかった、それは神の存在を欠いた信仰のように思えたし、なによりその中に安住して緩んだ顔をしている連中が好きになれなかった、それは世界というもののスケールを周辺のみに限定することですべてを知った気になっているような一種のペテンだった、例えて言うなら望遠鏡だ、覗いている部分はとてもよく見えるけれど、となりで首をナイフで狙われても突き立てられるまで気づきもしない、そういう種類の間の抜けた確信がまるで真言のようにまかり通る世界、そんなものを疑いもせずに信じられる連中が生きて動いているようには思えなかった、とっくに廃止されたはずのロボトミー手術が、術式を変えて盛大に行われているのではないだろうかという気さえした、そこには彼らが彼ら自身の感覚でとらえて、磨き上げたものなど微塵もなかった、ただ既存のスローガンに則って傀儡のように動いているだけだった、人の近くをうろついてさえいれば食うには困らないだろうと信じている鳩のように…そんなわけで俺は鳩という鳥がどうも好きにはなれなかった、でもだからといって片っ端から捕まえて捌いてやろう、なんていう気にもならなかった、ああ、嫌いだな、と思って静観するだけだった、気に入らないからといって感情的になってしまうなんていうのは、年端もいかない子供が駄々をこねるのと同じことだ―そういうわけで俺は、色を失くした冬の明け方、公園のベンチでこうして横たわっているというわけだ、あぶれることは不幸ではない、なにもかもが思い通りになる世界なんてあるわけもないが、少なくとも下らない出し物に参加せずにいることだけは出来る―何時間かそこで眠っていたみたいだった、酒を飲んで記憶を失くした、というわけでもないようだ、身体に酒によるダメージは感じられなかったし、服も汚れていないから、きっとなにか他の理由で思い出せないんだろう、夜の散歩にでも出かけて、疲れてひと休みしている間に眠ってしまったのかもしれない、一時期暗いうちにまったく眠ることが出来なかった、そんなころの記憶が、いまでもこうして俺におかしな真似をさせるのかもしれない、でもそんなことどうでもよかった、結局のところ、そういうものならそういうものとして生きるしかないのだから…枯れた、背の高い銀杏の木の根元に立って、先端を見上げる、鋭角に入り乱れた枝々が空に入った亀裂のように見える、息を吸い込むと湿った土のにおいがした、ふと、てっぺんまで上ってみたいという衝動に駆られてしまい、決めかねていると公園内の公衆便所からうす汚れた爺さんが出て来て、一瞬こちらに視線を向けたあと公園を出て近くの総合病院の方角へと歩いて行った、それで俺はそれ以上おかしな衝動を持て余さずにすんだ、便所か、と俺は考えた、そういえば目覚めてからまだ小便をしていない、特に尿意があるわけではなかったが、といって便所に入るのを拒む理由も別にありはしなかった、木のもとを離れて男子便所に入ると、小便用の便器がそれ自体を包むように血塗れになっていた、それは数時間前のものらしく、ほとんどが固まっていた、なにが行われたんだろう…その便器に小便を垂れ流す間あれこれと考えてみたが、納得のいく状況というものが思い浮かばなかった、暴行だのリンチだの、そういったことが原因ではないようだった、それはそういう意図をもってそこに塗られたもののように思えた、夜の方が人で溢れるこのあたりでは、公衆便所でたびたびこういうおかしなことが起きる、やはり血は渇いていて、小便で洗い落とすことは出来なかった、もう少しすれば近くの住人か何かが清掃に訪れるだろう、俺はそれを見なかったことにした、念のために個室部分も覗いてみたが、誰も入ってはいなかったし汚れてもいなかった、それならば少なくともここでは誰も死んでいないということだ…手を洗って公衆便所を出た、そんな少しの間に、世界はすっかり目覚めていた、太陽の光はまだ弱かったが、方々で移動しながら話している連中の声やホーンの音が聞こえた、それはなにかひどく現実感を欠いた映画のように俺には思えた、もう少ししたら太陽がすっかり上るだろう、この分なら今日も気持ちよく晴れるだろう、そうして俺はふらふらと立ち上がって、どこかへ向けて歩いて行くことだろう。










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