2019/6/7

不自然な迷子に関しての思惑について  


























古めかしい上着はもともとはそこそこに値の張るものだったらしいが、今ではあちこち擦り切れてしまって、ジョージ・A・ロメロ映画のエキストラが衣装のままで歩いているのかといった有様で、凍死しないでいるのが精一杯だった、次のステーションまで歩いてどのくらいなのか全く見当もつかなかったし、そこまで行けばすぐに乗れる列車があるのかどうかも皆目わからなかった、風は、この哀れなみすぼらしい人間をいっそのことここで殺してやろうと考えたみたいにますます勢いを増して、まるで氷柱が矢のように身体を貫き続けているみたいだった、それは雪のない吹雪だった、雪がないために、どこか現実離れした感覚に逃げることも出来なかった、月は出来立ての死体のように白く、千本通しで開けた穴のように高く、小さく浮かんでいた、ぼくは、真夜中の海の話を思い出した、数十日に一度、いや、それよりも少ないくらいの割合で、波も、風も、まったくない夜がある、そんな夜はとてもしんとしていて、ただ海面が真っ直ぐに果てしなく広がっている―ぼくがいま立っているここは、そんな夜に似ているのではないかと思った、こちらはとても騒がしいけれど―容赦がないのなら静寂もノイズも印象などそんなに変わらないのだ、金を持っていないわけではなかったが、こんな夜には何の役にも立たなかった、近くに空いてる店もないみたいだったし、自動販売機のあかりらしいものもなにも見当たらなかった、ぼくは完全に間違えたのだった、歩いても歩いても、誰か住んでいるのかどうかわからない無機質な家が延々と並んでいるばかりだった、ゴースト・タウンに居るみたいだった、せめてあからさまな廃屋でもあれば、潜り込んで明日の朝まで落ち着かない眠りを繰り返すくらいのことは出来るかもしれないのに、それすらも期待出来そうになかった、出来る、出来ない、わかる、わからない、いったいどうしてこんなことばかり考えているのだろう、ぼくが人生において求めてきたものはそんな価値基準ではかれるものばかりに過ぎなかったのだろうか?どうしようもない現状から逃れるかのように意味のない自問自答をしてみた、けれど、答えはあまりにもあっけなく出た、もしも本当にそうなら、そこらへんの軒先にこのコートを縛り付けて、自分を絞首刑に処して、あらゆるものを垂れ流して死んでやろう―まあ、問いに問題があった、いくら退屈していたからって、こんな問いを自分に投げかけるなんて―!ぼくは自分を馬鹿にしてしまった、なので、そこからは何も考えずに歩くことに決めた、とりあえずはどこか、先の望みのあるようなところに出なければならない、それにしてもどうして、こんなところに迷い込んでしまったのだろう?迷うような要素はひとつもなかったはずだった、この辺りの地理は把握していたし、第一、どこかに迷い込むような道など他にはないはずだったのだ…地図に記載されていない、いまでは何の意味もなさないような小道とかなら話は別だけど、これは、見捨てられるにはあまりにもきちんとしているニュータウンのようだし―が、その道は何の前触れもなく唐突に途切れた、正確に言うと、ある曲がり角を曲がった途端に、眼前には真っ暗な海が広がり、小さな二階建てのコンクリのビルと、小さな船着き場のようなものがあった、漁港なのだろうか?それにしては船は一隻も見当たらなかったし、ビルには非常灯の明かりすら灯されていなかった―死んでいるのだ、迷い込んで何時間も歩いた街に出口はなく、真っ暗な海があるだけだった、ぼくは全身の力が抜けていくのを感じた、こんなところに迷い込んだ自分をつくづく馬鹿だと思った、一刻も早く眠りたかった、あとは夜が明けてから考えればいい、暗闇の中でもかなりの年数が経過していると容易に見て取れるビルの玄関の、シルクハットのつばのようなデザインの古めかしいプラスチックの把手を押すと、簡単に開いた、すぐに広がっているロビーと思わしき空間には何も置かれていなかった、長い間閉じ込められた空気の、ひねくれたにおいがした、ドアから左手側の二面の壁はガラス張りで、弱い月灯りが室内を照らし出していた、ドアの対面の壁、ドアとの睨めっこを避けるような位置に、二階へ行ける階段があった、階段の入口には、小さな手洗いがあった、が、排水管へと繋がるパイプは外されていて、蛇口を捻っても水は出なかった、まあ…当然のことだ―打ちっぱなしの狭い階段を見たことのない二階へ向けて上っていると、死刑囚になったような気がした、二階はレストスペースになっていて、四つに区分けされた正方形の畳敷きのスペースが、通路から一段上げられる感じで設えられていた―フェリーの、一番安い雑魚寝スペースみたいな感じだ、靴を脱いでそこに上がるのだろう…ぼくは靴は脱がなかった、毛布は上着だった、外に居るよりはずいぶんマシだった、少なくとも、明日また歩こうと思えるくらいには休めそうだ、そう思いながら横になった途端に眠りに落ちていた

夢の中でぼくは、眠りに落ちたまさにその場所で、少女を解体していた、それはもうあらかた終わっていて、ぼくは小腸を引き出しているところだった、ギタリストがギターのシールドを整理しているみたいに、長く伸ばして広げていた、ぼくの顔には表情がなかった、どんな理由もそこには存在していないといった感じだった、それが済むと、空っぽになった胴体の奥に手を突っ込んで、イカの背骨を取るみたいに手首を捻りながら脊髄を引っこ抜いた、そしてそれを月明かりにさらしてしばらく眺めたあと、とつぜんすべての興味を失くしたかのように放り出して、丁寧に分けられた内臓と四肢、頭部の側で眠りに落ちた

夢の中のぼくと入れ替わるように目覚めるともう夜明けだった、カーテンのない窓に飛び込んでくる朝陽は途轍もなく暴力的だった、ぼんやりと上体を起こして、ふと自分が眠っていた畳の床を見ると、夢の中から連れてきたような少女の生首が、切り口を畳にくっつけた状態でぼくを見ていた、その目の中にはなにもなかった、人形の目のようにただそこに在るだけだった、どれだけ時間が経ったのか、完全に夜が明けた頃、別の世界に逃げるみたいにゆっくりと消えた

ぼくは立ち上がり、もう一度しっかりと畳を見た、派手な染みでもあるのかと思ったが、ただの古い畳があるだけだった、ぼくは首を振り、上着を取り、袖を通してそこを立ち去った、ビルを出て、元来た道に戻ると、海の反対側には小さな山脈があり、ふもと辺りにはまだ新しい感じのバイパスが通っていた、僕はもう一度首を振って、その方角を目指して足早に歩きだした。











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