だから俺はなにものにもならないことにした  




















風に消えてゆくものたちだけが本当のことを話している気がするのは、人生が砂粒の落ち方を果てしなく見つめるようなものだと朧げにわかってきたせいだろうか、明らかなものはそれ以上のどんなことも語ることはない、なのに人は確かなものばかりを有難がる、本当は知っているからだ、本当は知っていて、けれどそれを見つめるすべを知らないがために、その裏にあるものを知るすべを知らないがために、悩むことなく飲み込めるものばかりを求める、そんなからくりを昔ほど愚かしいと感じなくなったのは、それがあまりにも脆く儚いガラス細工のようなものだということがわかってきたからだ、強く叩いてはいけない、それが壊れてしまってはもうどんなものも築き得ない―俺だってそうだった、たぶん、書き始めたころからの幾年かは、ずっと―昔の詩篇を漁ってみれば、確信という言葉ばかりを馬鹿みたいに繰り返していることがわかる、不安だったのだ、はっきりこうだと言えるなにかが欲しくて仕方がなかったのだろう、心には一貫性がない、それは逆に言えば、いちばん自由な状態であるということだ、どこにでも流れて行ける水のようなものだ、俺はそれを怖いと思わなくなった、いまは―人生はイズムによって伸びていく草ではない、ありとあらゆるものを飲み込んで伸びていく草なのだ、決まった土や薬などで伸びた草には、それ以外のものをどんなふうに取り込めばいいのか理解出来ない、そうして育ってきた連中は自由に伸びてきたものたちよりもずっと青いかもしれない、ずっとスラッとして、美しい見惚れるようなフォルムを持っているかもしれない、けれどそれは言わば矯正された歯列のようなもので、伸びる中で培ってきたもののせいではない、限定された条件のもとで生きたものたちはそんなふうに、一見してとても秀でているように見える、でもそれは絞られたフォーカスのようなものだ、ある場所の美しさは激しく伝わってくる、でもそれ以外はひどくぼやけてしまう…美としてはそれは正しいのかもしれない、でも生としては間違いだと言わざるを得ない、それは嘘の生命だ、出来るだけたくさんのものを飲み込んで生きる、出来るだけたくさんのことを知らなければ、在り方の真実など到底知ることは出来ない、時間なんて気にしなくていい、時間なんて時の真実ではない、真実の世界において、秒を刻み続けることに果たしてどんな意味があるだろうか?どんな注釈もつかないただの一人称こそが、人間についてもっとも多くのことを知り得るのだ、そして知は、過程の中にはない、知は道程の中にこそあるものだ、だから俺はなにものにもならないことにした、この世のあらゆるものを、出来得る限り知るために、自分でも気づいてさえいないような入口を閉ざしてしまうことがないように、とらわれてはならない、話したいことのためだけに口を開くなんてまっぴらだ、初めて知る心のために言葉を発してみたい、風に消えてゆくものたちだけが本当のことを話している気がする、それは始まることがないし終わることもない、形になり得ないからどんなものにもなり得る、風に消えてゆくものたちだけが本当のことを話している気がする、そしてそれが消え去る直前に君の頬をかすめたとき、朧げな感触の中になにかが残されていることに、はたして君は気付くことがあるだろうか?風は何度でも吹く、でも生命には限りがあり、俺はいつかやってくるお終いのことを思いながら雄弁なその風の中を生きている。









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