たとえば小石の落ちる音のように  


























折れ曲がり、赤茶色に錆びた釘…珊瑚のように歪で不吉なライン、頭の部分は半分潰れていて、半円―円弧の部分がボロボロのコンクリの上で揺り椅子のように埋もれていた…窓を失った枠からは雨粒が潜り込んでくる、確かに降ってはいるけれども、気にしないでいることはそんなに難しくない…オカマ野郎の宣戦布告みたいな、慎ましやかな雨さ―一日中日陰になるあらゆる部分は苔むしていて、放置されたコーヒーサーバーみたいなにおいが立ち込めていた…雨雲の隙間から早い午後の光が懸命に落下している、雨はもうすぐ上がるのだろう、手に持っていた飲みかけのペットボトルのキャップを開けて喉に流し込む、歩いてきた疲れはもうない―空になったそれを小さなリュックに押し込んで上に上る階段を探した、ロビーから入っていちばん奥の、かつてはエレベーターが行き来していた薄暗い穴ぼこから左へ折れた先にそいつはあった―重い鉄製のドアは施錠されていなかった、いっぱいに開くとやはりコンクリが剥き出しの、素っ気ない階段が現れた―それを上りながら、不思議なものだな、と思った、上るときは天井を見上げ、降りる時は床を見る―普段はそんなこと考えたりしない、この場所が非日常だから、そういうことが露わになるのだ…かつては俺たちと同じ世界で生きていた空間、人は死ねばそこでお終いだが、こいつらはセレモニーのあとも生き続ける、特にこんな山奥にあるものは尚更だ…床に散らばるパンフレットにはここがまだ生きていた時代の記録が残されている、人が溢れ、喜びに満ちて、明るい照明が塵ひとつない壁を、床を存分に照らし―それは古い歌のようにがらんどうの空間の中を漂っている、誰に聞かせるあてもない、ひとりごとのような歌―足音は自然にそのメロディとリンクし続ける、本当に生き永らえることが出来るのは、すでに終わってしまったものたちだ…二階と三階は客室になっていて、見るべきものはなにもない、畳は腐食して踏み入ることも出来ないし、天井のクロスは剥がれ落ちて幽霊のように垂れ下がっている、どの部屋にもソファや布団が詰め込まれていて、黴臭い…四階はフロアーすべてを使ったラウンジの跡がある、床はリノリウムで、いまのところしっかりしている、全面ガラス窓で(すべて割れているけれど)、山頂からの美しい景色を眺めながらカウンタ―で一杯やることが出来る―営業していればの話だが…カウンターとストゥールは残されている、そこに腰を下ろし昼飯を食べる、雨はもうすっかり上がっている…にょきにょきと山肌に生えた木々の間からもうもうともやが立ち込めている、それはこのフロアーにも忍び込んでくる、一番好きな景色だ―にわか雨の降る日にはここに来たくて仕方が無くなる、ここに腰を下ろして、この景色を眺めたくなる、眺めているうちに何時しか自我は失われ、心はこの失われた時間のなかで気ままに漂う―古い歌は古いものではなくなる、それは過去という名の今であり、存在と呼ぶにはあまりにも空虚だが、まるでなにもないかというとそんなことはない―本当に求めているのはそんなものなのかもしれない、本当に、幾分煤けた人生を躍起になって生きている理由は―意味を失くすことを怖れてしまうと、たいていのことは見えなくなってしまう、ただ生きていることには、より生きるための手掛かりが隠されている、目を閉じて素直な空気を吸い込むと、人間の枠組みを飛び越えられる気がした、強い風が吹いて細胞が入れ替わる、それはコンクリートの空間を自在に泳いで、最も遠くに居る何者かに届けるための、奔放な旋律の歌を、奏でる―。











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