独白は灯りの真下を避けて  










嘔吐、のようになまぬるい夜を落ちていくそれに、名前をつける気などあるものか、おれはとうの昔におれ自身ではなくなってしまった、いや、忘れてしまっただけかもしれない、けれど、それはいま語るのに必要な言葉じゃない、おれにステップを踏ませてくれるような言葉では有り得ない、いまこの場所にないのなら、それはないということだ、いつかの話になんてなんの意味もない、その時間軸がどこに位置していようともだ、いまでないのならそれは空想のようなものだ、たとえ過去だったとしてもだ、過去は記憶にまつわる妄想だ、そう思わないか、それは感情によって塗り潰されてしまう、経験として通り過ぎたそばから上書きされて印象のみの記録になってしまう、たいていの過去はそんなふうに脳裏に植えつけられるシステムになっている、おなじことがらが語る人間によってまったくべつの話みたいに聞えてしまうのは、そのせいだ、結局のところ、知ることが出来るのはいまだけなのだ、そしてそれもあっというまに、知ったことによって形を変えてしまう、ああ、なんてあいまいなものばかりを信じていかなければならないのか、おれは記憶を嫌悪する、忘れてしまいたいものほど強く植え付けられてしまう、印象がすべてだからだ、つよい光のほうが写真が美しく撮れるのとおなじことだ、だからおれはすべてのものと距離を置いた、余計なものを排除したほうが面倒が少なくて済む、それでなくてもおれの脳裏には、そこらへんのやつよりはずっと出来のいいフラッシュが仕込まれている、それは無作為に与えられるものではない、おれ自身が多分に自覚的だったからそういうものが作られたのだ、疑問符や理由のない、あるいはわからない気がかりに対して、つねになんらかの解答を得ようとしてきたせいだ、無自覚な連中たちはそれを笑った、いつの世も愚か者の立ち位置は良き傍観者であるという場所だ、だからやつらは実際のところ、腕一本自覚的に上げることは出来はしない、彼らにとって動作とはつまり、惰性とおなじ意味なのだ、それが生活を支えているならなおさらのことだ、おれは自分がからくり人形のようになることが怖ろしかった、だからすべての物事について問を繰り返した、そして解答を求めた、そのほとんどの問からは解答として適当なものは導き出せなかった、それがおれの未熟さのせいなのか、あるいははなからそんなものは必要でないものなのか、それについてはいまだってはっきりと語ることは出来ない、ただ、解答を求めるという試みは成果に関係なく無駄に終わるということがない、さまざまな可能性について思いを巡らせることは、思考力をひとつ上の段階へと持ち上げる、ときによるとその成長は、一見するとなんの意味もないようなものからも学ぶことが出来る、深読みだの勘繰りだのというならそれでもいいだろう、そこで片付けてしまうことはとても簡単だ、そして、なにも生まれない、いちばん簡単な結論に飛びつくというのは、そういう覚悟を持って行われるべき行動である、結論を急ぐ人間は大人になっても子供じみた真似ばかりをしている、正解はない、それが正しい、その、ぽっかりと空いた正解のあるべき場所に、いちばんしっくりくる言葉はなんなのか、たとえばそんなことがおれにとっての詩であり、表現だったりするのだ、結論に甘えてはいけない、安易さにはなにも生み出せない、現状維持をするのならちょうどよかったりするかもしれないけれど、それは先述したように大したものを生み出しはしない、感性、感覚、感情、呼び方はいろいろとあるだろうが、たとえば、ひとことの結論に至るためには、その数倍以上の言葉のやり取りがあたまのなかで行われていなければならない、そうして動かしてみて初めて、思考は、感情は、言葉は意味を持つのだ、見たことがあるだろう、ひとことだけですべてを終わらせようとする人間のなんて間抜けなことか、彼らは知覚を動かすということを知らない、パブロフの犬のようにある条件下でおなじ動作を繰り返すだけのことだ、そんなことはそう―犬にだって出来ることなのだ、犬にでも出来ることを彼らは自信満々で繰り返しているというわけだ、憐れんでやってもしかたがない、彼らはそれを正しく理解することが出来ないのだから、おれはその先ということについては多分に自覚的ではあるけれど、そこで得る具体的なもろもろについては一切の感想を持たない、ただただ手当たり次第に抱え込むのだ、それらはある時勝手に知るべき瞬間というものを察知して、瞬きの間に脳裏に現れる、ああ、あのときのこれはそういうことだったのか、とおれは理解することが出来る、貪欲であっても無頓着でいなければならない、でないと意欲によってがんじがらめにされてしまう、だからおれは名前をつけない、いつだってやつらは、時が来たら勝手に喋り出すからさ。










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