失点  















路上には浮かれた連中が捨てていく安易な欲望の欠片だけが残されている、どこかのビルの三階か、四階あたりにあるスナックの開けっ放しの窓から聞くに堪えない歌声が垂れ流されている、腐敗してドロドロになった魚を食わされているような気分、人通りの多い道に面したベンチとトイレと木々だけの公園の片隅で、一組の男女がペッティングに興じている、胸を張れるような関係ではないのかもしれない、でなきゃこんなところで盛ることなんて出来やしないだろう、客待ちのタクシーが祭りの山車のようにライトを連ねる週末、そこら中ででかい声が聞こえる、女の甲高い声と、男の耳障りな濁声、そのどいつもが同じ話をしている、すなわち、無意味な―ヘアーワックスも、香水も、汗の臭いも、煙草の臭いも、すべてが立小便の臭いに飲み込まれていく、セメントブロックの壁に描かれる染みのような存在、集結、目的のない儀式のように執拗に繰り返される、退屈にうつつを抜かしていると、快楽の指向性も同様になる、そして立小便の臭いだけが残る、ヘドロで埋め尽くされた川面のような営み、澱んで、どうにもならない、粘っこい泡が弾ける、思考が汚染された、不釣り合いなプライドだけが飛び交う田舎町、手の込んだ虫のような連中の繁殖によって築き上げられた歴史、冷蔵庫の裏側で見かける蠢きと大差無い、どぶ川では真黒い鯉みたいなでかい魚が数十匹とのた打ち回りながら近くを歩くやつらに向かって大きな口を開けて見せる、なにもかもが同じ、外灯には薄緑の虫がおぞましい臭いを立てながら群がっている、ドローンでこの街を少し上から眺めてみれば、そこかしこで黒い点がうようよしているように見えるだろう、醜悪な見世物に別れを告げて、人気のない産業道路へと歩いた、簡単なことだ、酒を飲ませる店がない道を選べばいい、うだるような暑さの毎日だが、夜の風はようやく心地いい感じになってきた、夜中まで開いているDVDの店でしばらく小さなケースのクレジットを眺めていた、持っているものとは違うパッケージの気狂いピエロが置いてあった、そっちのパッケージのほうがいいと思ったけれど、だからって買い直すなんて気にはならなかった、ラストシーンをパッケージに使うセンスはいただけない、特に気狂いピエロみたいな映画でそんなことをするなんて…思い入れが強い人間ほどそんな愚行を犯す傾向がある、理解出来ないって?尾崎豊はファーストが最高、なんて真剣な顔で言う人間が、この世にどれだけ居るか知ってるか?DVDの店では何も買わなかった、近頃はホラーの在庫があまり無いようだ、西へと歩きながら、ほんの少し前、この通りの先にある古いマンションに住んでいたことを思い出した、一階には朝早くから―午前三時から稼働する業者が入っていて、大きめの車がバックする音や、商品を乗せた台車がアスファルトの上を転がる音でロクに眠れなかった、そのくせ家賃はそこそこ高かった、愛想のないやつばかりが住んでいた、でも散歩するにはいい立地だった、あのころ気に入っていた店はもう全部無くなってしまった、忌野清志郎が死んだ夜もこんな時間にこの道を歩いていた、事実だって思い出すたびに色を失くしていく、なのにどうして色の無い毎日を生きようなんて思えるだろう、スニーカーの靴音がアスファルトの層を突き抜けてマントルまで沈んでいくような気がした、俺は記号であり、君は記号であり、連中は記号に過ぎなかった、俺という記号は整列せずに歩いていた、君という記号はそんな俺を黙って眺めていた、連中という記号は列に並ばないものは気にも止めなかった、そうして町の夜は深くなっていく、閉じられた自然公園の門の前に立って、その中で動いているいつかの午後のまぼろしを少しの間見ていた、十一トンのダンプが轟音を上げて通り過ぎた、近くで夜間工事をやっているらしい、ふと、その先の川を渡って北へ歩けば、行き止まりの道へと行けることを思い出した、点滅信号を渡り、潰れた本屋の前を通って、自販機で買った缶コーヒーを飲みながら歩いた、行き止まりの道、俺が子供のころからずっとそこにある道、俺はその場所が好きだった、子供のころから何度も訪ねては佇んでいた、もう何年も行っていなかった、旧友に会うような気持で歩き続けたが、もうその道は無くなっていた、無くなっていて、広く、真っ直ぐなバイパスが貫かれていた、俺は空缶を捨て、その場にしゃがみ込んだ、そうして知ったのだ、この夜をしくじってしまったことを。










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