いずれすべては跡形もなくなってしまうけれど  











命無き波のように打ち寄せる虚ろには必ずふたつの目があり、そのどれもが焦点がずれている、右目のほうが少しだけ内側に入り込んでいるのだ、それはまさしく俺の目であり、早い話、俺は俺そのものに飲み込まれまいと躍起になっている、昼間には太陽も少しだけ顔を覗かせたが、そいつが沈んでしまうと陰鬱な夏の曇り空だ、エアコンの息継ぎの隙間から多足虫のような湿度が這い上がって来る、覚醒剤中毒者がそんな幻覚を見ると聞いたことがある、だけど俺の身体は綺麗だぜ、少なくとも腹の中よりは…死の感触は初めから隣にあった、おそらくは、生まれてすぐに死にかけてから、ずっと―あの時に俺は何かを知ったのだ、そして、それを思い出そうとしてこうしてもがき続けている、こんなじめついた夏の夜にはいつも同じ夢を見る、同じ場所が出てくる、同じものが生きている、でもそれがどんなものなのかなんて決して思い出すことは出来ない、かたちにならないものばかりが俺を掻き立てている、そこには耐えがたい引力があり、そして報われない、すべて分かっている、でもそんなことは問題にする気もない、結果や成果に囚われるくらいなら、そこらの連中と同じように俗にまみれて澱んだ目をして常套句を繰り返して生きて行けばいい、そして俺は一生そんな人生を許容することは出来ない、真面目さだけに振り回されて死んだ父親が幸せだったとは思えない、曲がりなりにも陰鬱な家を残し、母親と生き続けたけれど…そんな母親も記憶を失くそうとしている、もうすぐふたりの人生はなかったことになるだろう、残された子供らの話はしないことにしよう、三匹の子豚の話よりもつまらなく、どこにも救いがない、俺は言葉にしがみついた、だから少しはまともな人生を生きることが出来ている、人生は一匹の蝶々が見る夢かもしれない、だからって虫のように生きることは出来ない、簡単なことだろ?いま、ふたつの目玉は俺のそれに重なろうとしているかのようにこちらににじり寄って覗き込んでいる、黒目がずれているせいでなにを見ようとしているのか分からない、俺は苦笑する、それはつまり俺の目なのだ、何度も何度も、俺と言葉を交わした誰かがこんな違和感を覚えてきたのだろうな―それなりに楽しくやっていた子供時代を別にすれば、俺がこの世界に感じてきたものは常に違和感であり、そして感じさせてきたものもそれだった、もしも、俗物どもがひっきりなしに口にするくだらない常套句が人間であると言うことの条件だというのなら、俺は人間ではないのだということになる、そして、俺に言わせれば、だからこそ俺は人間なのだということになる、相容れない、それはそうだ、本気であれば相容れないのは当り前のことだ、俺はなにも鵜呑みにしない、あつらえられた型枠はいったん脇へどける、それが信じられるものかどうか分からないからだ、そして、始めに信じられなかったものはほとんどの場合、俺にとって信じる価値のないものだ、実体のない…群れて生きたがるやつらどもが生きやすくするための暗黙の了解、そうでないものを瞬時に見分けるための短いものさし…そいつからは酷い臭いがする、最初に決められたっきり磨かれていないせいだ、放置された家屋の、すでに死んだ誰かの名を刻んだ表札のようなものだ、それは、人間に合わせて変化していくことをしない、人間のほうがそれに合わせて変化していく、そして、たったひとつのプログラムで死ぬまで生きて行けるようになった人間たちが言う、「世の中ってそういうものだから」―愚かしい言葉だ、彼らにとって主体性とはそこにしかない、そのシステムだけが澱んだ目の連中を稼働させ続けている、調和したそばから腐敗していく、ジムジャームッシュ、あんたは正しい、物言いとしてはえらく陳腐だったけれどね…そう、だけどさ、エンターテイメントってもんに陳腐さはつきものだ、それに完全に染まってはいけないが、できもののように残しておかなければいけないことは間違いない、ただ俺に言わせれば、そんなものよりもカウンターであるかないか、そっちの方が大事なことだぜ―ふたつの目は引き潮にのっていずこかへ流れ去って行く、新しい波に乗って、新しい、けれどさっきとなにも違うところのない、ふたつの目がなんとなく俺のことを覗き込む、自分の目が見つめられるか、書き続けるというのはそういうことだ、それを恐れ、それに怒り、いらだち、抗うからこそ生き続けられる、俺には光も闇もない、裏も表もない、そのあらゆる明度、あらゆる感情、あらゆる心がたったひとつの俺だということでしかない、だから俺はこうして純度の高い吐瀉物をぶちまけ続けるのさ、拾い上げて、臭いを嗅いでみなよ、抜けられなくなるか、二度と近づけなくなるか、どっちかだと思うぜ―。








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