ブルースを殺(バラ)せ  









鼻歌は
ド♯がどうにも上手く出せなくて
メロディーは誤植した看板みたいになった
でもギャラリーなんかいなかったし
空は穏やかに晴れていたから
俺としてはそれでも悪くはなかった
良く出来た結果が
良く出来た気分を作るわけじゃない
ちょっと外してるくらいが
居心地がいい時だってある

いつも
俺が座りたい椅子に
しょっちゅう腰を下ろしている太った草臥れた男がいる
日曜とか
祝日には
必ずそこに腰を下ろしている
自転車で朝早くに来て
夕方までたぶんずっと
そこで腰を下ろしている
六十を少し過ぎたくらいだろうか
眠ったり
スマホを眺めていたりしている
いつもダークブルーのヤッケを着ている
俺の中で彼は
小枝のようなものになり始めた

半径二十センチ程度の
真実なんか許容出来ない
俺に
余計なものを掴ませないでくれ

午後、分厚いコートで身体を守りながら
クローズした黄色い田や畑に囲まれた道を歩いていると
この世界はまだどこかとつながっているのだろうかと
ふとそんな思いにとらわれてしまうのだ
そしてそれが
世界のせいなのか
はたまた俺のせいなのか、などと
余計なことを考え始めると
どうにもキリがなくなってしまうんだよ
夕日はお構いなしに落ちてくる
ねえ
あらゆる現象にいえることなんだけど
終わるときだけなんだか急に
早回しみたいに見えるのはどうしてなんだろうね?

疑問なんかない
原因を期待していないから
解決なんかない
問題は解く価値などない
川を流れる枯葉が
主体性を持ったところでどこのどんなものにも影響などない
枝から離れた時点で
運命は決まっていたんだよ、なんてな

時々ぶっ飛ぶような北風が吹いて
そのたびに俺は馬鹿笑いする
なんだかわかんないけど、そういうのって
人生に必ず必要な娯楽だと思わないか

この時間にするべきことは何もない、俺は亡霊みたいなものだから
青筋立てて
蒸気機関車みたいな鼻息を吹きながら
生きてるようなやつらと同じには出来ないよ
御免被る、ご勘弁願う
どうかひとつ個性ってことで黙認しといてくれないか
だって俺は
お前らになにも求めてないんだぜ

夜がぶっ飛んでる、いつでもなにか口に入れて
失われた時間に満腹を上書きする
それからそう、突発的に脳裏に忍び込む感情を
鳩の餌を撒くように、そうさ
しばらくの間そのへんにばら撒くんだ
森の中で迷わないようにするみたいに
目印を作るのさ
そこにどんな意味があるかなんて考えない
あるならあるでいいし、なけりゃないでいい
それが意味を生むかどうかについてはまた別の問題だ

俺は夜に生まれる
最後の最後に
睡魔が痴女みたいにまとわりついてくる前に
珈琲を飲み干して、そうさ
イマジネーションを解放する、パンドラの箱を開けるみたいに…
災厄のことなんか気にすることはないよ、最後に残ったものだけが重要なんだ
俺は
たったひとつの意味しかない話なんてしない
そんな話をわざわざするのは馬鹿らしい
たとえこの世界に俺ひとりしかいなくても、多分ね
そうじゃなきゃなんだか嘘っぽく感じるんだ
そういうものにつける名前がなにかあればいいけど
ブルースなんて言っちゃうとどうにも白けちまうな

シャワーカーテンに守られた浴室の中でだけ
思い浮かぶ言葉がある
でもそれは身体が綺麗になるといつの間にか忘れてしまっていて
思い返そうとしてもどうしても出てこない
関連付けられたトリガーがある
メモでもとれりゃいいんだけど
紙だの携帯だのを
バスタブに持ち込むのは好きじゃないんだよな

夜間飛行の尾灯がUFOだって信じられたら
その夜はちょっと愉快な気分かもしれない
エンターテイメントってそういうことなんじゃない
でも近頃じゃ駄々っ子に寄り添うのが主流らしいね
面白いものがどんどんなくなっていくのは致し方ないことさ
いつだって飽和は痴呆しか生み出さないものだ

放置された公衆電話の受話器を取って
昔住んでた家の電話番号を鳴らす
もしもし、もしもし
俺の声が反響する
元気ですか、いま何をしていますか
笑うところですか、殺すところですか
五体満足ですか、蕁麻疹やらなにやらに悩まされていませんか
なにもないならなによりです、ところで
平穏な毎日が一番みたいな言い方ってあるじゃないですか
ああいうこと言い出す連中って
よっぽど人生に求めるものがないんでしょうね
わかるけどもう黙っててくれないか、と
受話器の向こうの俺が言った
俺は電話を切った
あいつは都合が悪かったのかもしれない











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