また瞬きがお前を惑わすだろう  











死の影を踏みながら咆哮する血液の垂れ流しざまを嘲笑して落陽を迎え、薄い刃物のように刺さる冷気を抱きながら二十世紀の昂ぶりに打たれて我を忘れていた、過去は嘘に近いリアル、現在はただの空気、未来は夢物語だ、血が記憶することなど数えるほどだ、つまりはそれが人生の真実だ、血液は循環しているようで実はしていない、道を辿りながら少しずつ死んで入れ替わる、その感触は概念として常に存在している、制御が課題に成り得ない瞬間もあった、課題としてしか存在しない瞬間もあった、でも本当に必要なものは成り行きというやつだ、方法は最初に選択されるべきではない、その時踏み出した道によって靴を選ぶべきだ、人間の本質は欲望だから、頻繁に狂気の側へとその針を振り切ってしまう、でもそんなものは慣れてしまえばいい、狂気に慣れてしまえばそれは日常の一部だ、ここにあるのはきっとそんな作業の末端だ、ものさしなど気にする必要はない、人間の真実は人間の数だけある、あとは、どこで満足するかの違いだけなのさ、詩は、深く切り込んだ傷口から噴き出す血の噴水のようなものだ、少なくとも俺には、そういうものであれば居心地がいい、その衝動によって脳味噌は掻き回される、思考と関係がないところにまで届かなければ、本当の意味で正直とは言えない、すべて納得づくで書くなんて甘ちゃんもいいとこさ、どうして方法というものが必要なのか、もっと考えてみるべきなんだ、言葉の本質、アートの本質、音楽の本質、それはヒトの皮を剥ぎ、筋肉を取り除き、血管を解いて、内臓を奪い、骨をばらし、分け合られるものをすべて分けたあとで、殻の中に残されたイレギュラーを拾い上げる作業だ、それは奇妙なまでに冷えた、内臓と血の臭いがする、それがきっと、いきものが個体というものに振り分けられる理由だ、疑問もなく生きることなど不可能だろ、そこに居ることに疑問符がないのなら俺はいますぐにこの首を掻っ切るだろう、それでいい、面倒臭い方へ向かうことだ、簡単なことには簡単な意味しかない、フレーズにはいくつもの意味が込められることを忘れてはいけない、混沌こそが生命を授けられたものどものリアルだ、詩が、音楽が、ダンスが、絵が、歌が、はるか昔からそこにあることを思えば理解出来るはずだよ、運命を鵜呑みになどしない、それは役割という存在になってしまうだけだ、肉体のビートと同じ速度を掴むことだ、長い長い時間をかけて、同じ言葉を何度も試して、どこに違和感があるのか、どこが調子を崩しているのか、それを存在のすべてで感じて、少しずつ修正していくのだ、ある意味で俺は人生でたったひとつきりの長い詩を書こうとしているに過ぎない、そこにどんなタイトルがあろうと、どんな形式があろうと、描こうとしているのは同じ光景、同じリズム、同じイズムなのさ、それはあるときには火のようだった、激しく燃え上がる業火だ、それが正解だと思っていた、いまでももしかしたらそう思っているかもしれない、でもそれは水のように描かれるべきなんだ、火は燃え上がらなければ消えてしまう、水は流れていればいいだけだ、どこかから始まって、広い場所へと流れていけばいいだけだ、燃焼には辿り着けない領域がそこには存在する、こんなものに手をつけたころに比べたら、少しは理解出来ているのかもしれないな、時々、ほんの時々だけど、俺にはこれが本当の血飛沫に見えることがあるよ、ある瞬間に訪れる完璧なリンク、ほら、俺の言ってることわかるだろう、これはテキストではない、生命の一瞬の記録に過ぎない、連続するイマジネーションは方向を必要としない、あるがままに投げ出される、美しい花をうたうならその下の土や、そこに棲むおぞましいものどものことまでうたわなければ嘘になる、どうして目を逸らそうとする、そこらに溢れている真実が胡散臭くて堪らないからこちらに来たんじゃないのかい、どんな道を選ぼうとそこには必ず覚悟が必要になるんだぜ、それがつまりリアルかどうかってことになるのさ、自分自身のすべてを曝そうという覚悟だ、死の影を踏みながら、その靴底の感触がだんだん変わってくるのを見つめてみることさ、もちろん、そうしたことに一切背を向けて、能天気なスマートさを生きることだって決して間違いではないけどね、近頃はそういうのをスノップっていうみたいだぜ、はは、笑わせんな、いいかい、知らないことが知っていることを超えることなんてない、それだけははっきりしてるよ、そして真実は、一瞬たりとも同じ形をしていない、この世はまやかしだってよく言うだろ、そうさ、確かなことだ、この世はまやかし、それだけが、きっと確かなこの世の理なのさ…。













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