実感は理性的じゃない  






雑居ビルの片隅の
空き部屋みたいな光景が
心情として焼き付けられていた


雪の夜


悪魔が暖炉を探して
往来を彷徨ってる
人々は戸を閉ざして
気の早い春を待ちわびている


俺たちはワルツを聴いた
ディスクをセットして
時節や曜日なんかが
床の塵になるまで
お前は知ってるフレーズをハミングし
俺は歯の裏でハイハットの真似事をした


二軒先のドアを
ノックする音が聞こえる
時計は真夜中あたり
訪問には適していない
やむをえない用件かもしれない
当人にしてみれば
考えたくもないような


俺はコーヒーを注いだ
歯を磨いてしまっていたけれど
夜を埋め尽くす材料がなにもなかった
冷たさが空間を占拠しているようで
なにかしら
スマートな抗いをしたかった
小声で愚痴るみたいな
みっともない真似じゃなくて


あの、昨日のさ、と
お前が突然話し出す
あの歌はきっと
自殺そのものの歌なんだよ、と
俺は歌詞を思い返して
なるほど、そうかもしれないな、と思う
曲を探したけれど見つからなくて
スマートフォンで偽物の音楽を流した


不思議なほど睡魔がなかったけれど
一応ベッドに寝転んだ
とりとめもないことを話していると
急にお前は黙り込む
どうしたんだ、と問いかけてみると
いや、どうにも、とかなんとか
もごもごと繰り返して
世界が終わるみたいな夜だなと思って、と
小さな声で言った


俺は仰向けになって
天井を見つめた
灯りはすでにしぼってあり
空間であることをやめたような素っ気なさがあった
世界が終わるみたいな夜か、と
奇妙なフレーズを反復した
お前は気が済んだのか
じきに寝息を立て始めた


遠くで泣声が聞こえる
でも気のせいかもしれない








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