西葛西のテスタドゥーラを覚えている方はいらっしゃるだろうか。
突然閉店したのは何年前だろう?
西葛西に住み始めてすぐに気になった店でした。
今は『ユーロの台所 ルーチェ』のある場所に『リストランテ・ラ・テスタドゥーラ』はありました。
ケーキショップとの併設となっている店構えは、ルーチェと同じです。
始めはケーキを買ってみた。
モンブランを買ったのが始めだから、季節は秋ですね。
冬になるとオペラを売り出した。
オペラは、
ダロワイヨと言うパリの有名な店が、オペラ座をイメージして作ったケーキです。アーモンド風味の生地にコーヒー風味のクリーム、チョコのガナッシュを重ね、その上に溶かしたチョコレートを流しかけます。
甘いチョコと薫り高いコーヒーの風味の組合せは、まさに大人のケーキ。
オペラは、どんなチョコを使うか、何のコーヒー豆を使うか、焙煎はどのようにするかなどで味が千変万化します。
テスタドゥーラに併設されたケーキ屋のオペラは本当に美味しかった。
このケーキのお陰で、西葛西に住んでよかったと思ったぐらい。
それでリストランテにも行ってた。
イタリアでリストランテといえばドレスコードがあるようなレストランのこと。高級レストランですね。
そんなもんが西葛西にあるとは思えず、いい加減な名前をつけている、いい加減な店だろうと思ってそれまで行かなかった。
入ってみると、やはりリストランテと言うよりもトラットリアだった。
しかしワインリストは充実していた。立派なリストだと感想を述べると、
田崎真也に監修を依頼したと言うので驚いた。
『本日のお魚』と言うのは何かと聞くと、数種類の魚をテーブルまで運んで見せる。三崎から毎日仕入れていると言う。
パスタも肉料理も美味かったが、なんと言ってもカポナータに惚れ込んだ。
カポナータは簡単に言うと野菜のトマト煮なのだが、トマトとそれぞれの野菜の旨味が活きている素晴らしい物だった。しかも全体にオリーブオイルのものとは違った、美しい照りがある。あまりに美味しいので、駄目もとでレシピを聞いたら、普通のカポナータのレシピ。それだけでこの味になるはずがないと食い下がると、『一手間かかっているけど教えたら家で作れちゃうでしょ』と笑われた。
そりゃ、そうだ。でも絶対に一手間だけじゃないと思っている。
付合せのような物にこれだけ手を掛けるイタリアンが西葛西にあるとは・・・
しかも値段は手頃。
それから事あるごとに食事に行き、シェフやスタッフとも親しくなった。
繁盛していた。葛西のイトーヨーカ堂にも支店が出来た。
うまくいっているのを喜んでいたら、ある日突然、一枚の張り紙だけ残して閉店してしまった。
それから1年後。
神保町の書店で雑誌を見てたら、神田にイタリアレストランがオープンしたと言う記事を見つけた。名前は『
トラットリア・ラ・テスタドゥーラ』。
へぇ〜、あの店と同じ名前だ。こっちはトラットリアか。神保町と神田なら近いし、ちょうど昼時だから行ってみるかと思い電話すると、出てきたのは聞き覚えのある声。あの西葛西のマネージャーだった。本当にビックリした。
店に辿り着いてみると、シェフを始めスタッフは全員一緒だった。
あの日、あの本屋で、あの雑誌を、昼飯の時間に見なければ再会はなかったかもしれない。
突然の閉店は残念だったと言うと、張り紙を出した当日の朝、店のオーナーから会社が倒産した旨を突然告げられたとの事。全員、即日解雇。
その後、スタッフ全員で店の再開を誓い、みんなでアルバイトをしながらお金を貯めたという。資金を出し合い、物件を探し、やっと神田に手頃な物件を見つけて2ヶ月前にオープンしたと言う。
『今度は背伸びせずにやっていこうと思っています。
ワインリストを充実させる程の資金はないけど、手頃で料理に合うワインをお勧めできるようにしたい。ワイン好きの方のご要望にはお答えできないでしょうから、持込みOKにしようと思います。
以前より種類は減りますが、魚も入れますよ。』
突然の失業。その後苦労して再開した店だから、資金的には無理はできない。
その分、手間を惜しまず、努力を厭わず、美味しい料理を出したい。
そんな気概が伝わってきた。
料理はもちろん、美味しかった。カポナータも変わらず、うまかった。
歩いていくことはできなくなったが、地下鉄を乗り継いで今も通っている。
西葛西のテスタドゥーラ。覚えている方はいらっしゃいますか?
よかったですよね、あの店。

懐かしいな、と思われた方。是非、ご投票を。

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