いわな屋の天ざるのレポートでクミンさんから教えていただいた『木香』に行ってきました。
クミンさんのコメントに『噛む度に薫りと滋味と甘味が一体となって』とある。このコメントを見た知り合いが『確かに、なかなか良い店だ』と言う。この知人は細切りこそが蕎麦という信念の持ち主なので
矢打などはボロカスなのだが、その人が良いと言う中太の蕎麦とはどんなのだろう。興味が湧く。
場所は江戸川区東小松川2−25−7。西葛西からは新小岩行きのバスで東小松川小学校前で降りるとすぐです。

チョット分かりにくい入り口ですが、糸杉(?)のような木が良い感じ。表に『十割手打ちそば』と書かれた板が置いてあります。
白い暖簾の向こうには一人がやっと通れるぐらいのドアがある。ドアを開けると目に入るのが厨房と一枚板のテーブル。
店内は思ったよりも随分と狭い。6人掛けと4人掛けのテーブルのみ。10人で一杯だ。
照明は和紙を使った柔らかい灯りで、4人掛けテーブルの向こうに下付の窓がある。
厨房には目のクリッとした丸坊主の店主が1人。店内を担当する品の良い女性は奥方か。


中は狭いが、なかなかお金がかかっていると感じた。テーブルに使われている一枚板は木目も良いし厚みもある。採光の仕方、統一された照明、使われている小物類の趣味も良い。
お食事処としての街蕎麦ではなく、趣味として旨い蕎麦を楽しみたい人を客とする蕎麦屋にとっては、客を入れる箱としての内装は案外重要なもの。雰囲気が蕎麦を旨くする事だってある。

伺ったのは1時過ぎで、私の他には一組のお客さんしかいませんでした。
とりあえずビール。出てくるのはモルツ。
お通しは『そばのオイル焼き』。薄く延ばした蕎麦生地を折り重ねてサラダ油で焼いたもの。香ばしく焼いて塩胡椒がしてあり、噛むと蕎麦の香りが口に広がる。思いのほか美味しい。
出てきたときは何とも思わなかったのだが、考えてみれば
ガレットの例がある。フランスのブルターニュ地方の料理で蕎麦粉のクレープとして日本でも一般的になった料理。
なので蕎麦生地をオイル焼きして塩胡椒しただけでも美味しいのだ。もちろん蕎麦粉自体が良い物じゃないといけないけれど。

頼んだのは『舞茸天せいろ』に『鴨せいろ』。
舞茸天にはししとうとパプリカの素揚げが付いて来ます。舞茸は香が良く、産地直送を謳うだけあって質が高い。
薄い衣をつけて高温でパリッと仕上げる揚げ方。サクッと揚げるのではなく、パリッとした食感になっているところがこの店の特徴。
クリスピーと言っても良いかもしれないが、衣が薄いので硬い天麩羅にはなっていません。
油切れが良いのも好印象。敷いてある紙に染み込む油は、舞茸の天麩羅よりもししとうやパプリカの素揚げのほうが多いぐらい。
キノコは水分が多いので、下手に天麩羅にするとキノコの中の水分と油の交換が進み過ぎしまう。コロモが付き過ぎてもベタッとしたものになる。私が家で揚げると必ずこうなってしまいます。
本来は好きなタイプではないが、このてんぷらは美味しい。と言うのも、付いてくる塩が旨いのだ。この塩は、一度出汁で溶いて再び水分を飛ばしたような焼き塩で、甘味ような旨味を伴っている。出汁で溶いてと言ったのは私の勝手な妄想だけど、そのくらいの旨味がある塩。いろんな工夫がしてあるのでしょうね。
この塩だけで酒が飲めそうだ。

蕎麦は太打ちだけれど、矢打のように極太ではない。
挽きぐるみの粉ではないので田舎蕎麦ではないが、普通の店の田舎蕎麦ぐらいの太さ。噛むと蕎麦の香りが広がる。
蕎麦粉十割の生粉打ちを食べているという感じが良い。美味しい蕎麦です。
十割細打ちを手繰るようにして喉で食べる蕎麦はもちろん旨いが、適度な太さの十割蕎麦はしっかりと蕎麦の旨さも甘さもを味わうことが出来る。
西葛西にある蕎麦屋のツユは味醂や出汁の甘さを効かせた甘めのツユしかない。これはいわな屋、豊川、ひら野も共通。出してくれる蕎麦と相性が良ければそれはそれで良いのだけれど、たまに辛口の蕎麦ツユが欲しくなる時がある。
木香の蕎麦ツユは味醂よりも醤油が生きている辛口のツユです。醤油が生きているといっても醤油辛いわけではなく、しっかりと寝かせて角が取れた感じが良い。
昆布と鰹の出汁の香りが仄かにしますが、際立つほどではないですね。蕎麦の香りの邪魔にならない。鯖節やうるめ節などの甘味は感じないので使っていないか、使っているとしても少量でクセを隠しているのでしょう。
出汁の良し悪しは蕎麦湯で延ばした時に分かります。良く取れた出汁は蕎麦湯で延ばしても不思議と旨味が薄くならない。ツユに山葵を溶かしてネギを入れ、蕎麦湯で延ばすとしっかりしたスープになります。
蕎麦を食べた後はこれが楽しみなんだな。

鴨汁については好みが分かれるでしょう。
木香の鴨汁はアッサリとした醤油風味の鴨汁。コクと旨味のある鴨汁とは違います。
鴨はクミンさんご指摘のとおり、合鴨の生を使ったものでした。ネギはしっかりと焼き目がついて香ばしさがあるのですが、鴨はそのままです。私は皮目を焼いて香ばしい鴨を入れてくれたほうが好きだ。
店主によると、『網焼きして出そうかとも思ったのだが、使っている鴨は焼いてみると鶏と変わらないような味になってしまう。せっかく肉の美味しい生を使っているのに、それでは良さが活きてこない』ので焼かずに仕上げているとのこと。
確かに肉は美味しいので地鴨を使っているのかと聞いてみたところ、チェリバリー種だという。チェリバリー種はいわゆる合鴨として流通しているもので、鴨特有のクセを抑えて食べやすく交配したイギリスの鴨。清かわが使っていると思われるバルバリー種はフォアグラをとるのにも使うフランス産の鴨。鴨らしさはバルバリー種のほうが残っている。焼くと鴨らしさが活きてこないと言う店主の言い分も分かります。
でも皮目だけバーナーで炙ったりすることは出来ないものでしょうか、店主。
やはり香ばしさが欲しいなぁ。
この暑い時期に鴨せいろを頼む客も客だから文句は言えません。しかし、鴨せいろは鴨独特のクセのある旨さを活かす蕎麦だと思っている。その鴨のクセと相性がいいネギと一緒に香ばしく焼き、蕎麦ツユとの相性を考えて鴨の脂でコクを加えて食べるほうが好きだ。
木香の鴨汁は脂によるコクがない。甘味も少ない。辛汁を身上とする木香のツユらしいと言えばその通り。しかし、矢打ちの鴨汁のように食べたあと口の周りがべったりとする程のものも行き過ぎかとも思うが、ある程度のコクは欲しい。
ただ、夏の鴨せいろとしては分からなくもない。どんなに管理しても風味が落ちる夏場の蕎麦に合わせるには、しっかりとコクがあって甘味も感じる冬場の鴨汁では蕎麦が負けてしまう。蕎麦を食べに来ているのか、鴨汁を飲みに来ているのか分からなくなってしまう。
あくまでも蕎麦を主体に考える木香の鴨汁は、矢打とは全く違う方向性を模索しているようです。
蕎麦粉は自家製粉ではないが、それに近い形にするために粉屋を選んでいると言う。そうして仕入れた粉は真空貯蔵しているのだけれど、それでも3日以内に使い切らないと風味が落ちるのだそうです。
それだけ気を使っている店だから、冬場にはまた違った形の鴨汁が食べられるのではないかと期待している。
品書きには他にもそそられるものがありました。
『木香の冷やしたぬきそば』、『鴨きざみねぎせいろ』。
『木香の』という冠をかぶせた冷やしたぬきとは、どんな蕎麦だろう。
『鴨きざみねぎ』とは、鴨と刻みネギの蕎麦ではなく、鴨の胸肉を刻んだものとネギをあわせた蕎麦だそうだ。
酒が豊富なわけでもなく、好みの細切りの蕎麦でもない。
それでも他の蕎麦も食べてみたいと思っています。
モグモグ系なので2枚食べるのが限度ですが、蕎麦粉の良さが出ていて結構気にいってます。

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