反則技のマティーニを飲んで以来、バーでマティーニを頼む機会が少なくなったのは先日書いた通り。
いつもはモルトを飲んでいて、ちょっと気分を変えたいと言うときにだけ頼んでいた。つまりマティーニが美味しいから、飲みたいから頼んでいると言うのとは少し違う。
でも最近、またマティーニを飲むようになった。
美味しいマティーニを見つけたから。
そしてそれは、随分と近いところにあった。
Rambleはもうすぐ5周年を迎える。
あの場所で5年も続いた店は初めてではないだろうか。
昔もバーのような店があったような気がする。
客家料理を出す中国麺屋もあった。
どの店も長くは続かなかった場所。
そんな場所だからという訳でもないが、バーができたのは知っていても入る気にはならなかった。
正直に言うと、まともなバーのはずがないと決め付けていたからだ。
夏の暑い日だったと記憶しているが、日没の頃に店の前を通るとドアが開いていた。
覗くわけでもなく、ふと目をやる。
通り過ぎてからスポーツジムの辺りまで来たときだった。
ちょっと待てよ。
バックバーの上段中央にあったのは、ポートエレンではなかったか。
中段に並んでいたのもモルトだったぞ。
あんな場所にそんな酒をいろいろと置いてあるはずがないよな。
見間違いかな?
そう思うと、どうにも気になってくる。
気になって仕方がないので、踵を返して店に入ってしまった。
入るなりバックバーを見てみると、はたして私の見間違いではなかった。
ポートエレンが中央に鎮座している。
脇をモルトがずらりと固めている。
それもオフィシャルだけではない。ボトラーズもたくさんある。
オフィシャルとはウイスキーを作っている蒸留所が売っている正規品。
通常、品質を安定させるために複数の樽の原酒を混ぜて加水してある。
これに対してボトラーズとは再販売業者によるもの。
再販売業者は蒸留所から樽ごと原酒を買い付ける。原酒は樽ごとに熟成の度合いが異なるので、再販売業者はどの樽が良い原酒かを目利きする。それを自分のところで更に寝かせてから瓶詰めして販売する。
したがって同じ蒸留所のオフィシャルとボトラーズでは味わいが全く異なるものが出てきたりする。
並みのバーならオフィシャルを置いておけば充分だ。
これだけのボトラーズを置いている店と言うのは、葛西・西葛西では他にないと思う。
あの夏の日以来、頻繁に伺っている。
5年前はマスターの他にもう1人バーテンダーがおり、両名ともにネクタイ姿だった。もう1人の方はその後、東京プリンスホテルに移った。
マスターはネクタイをしなくなった。
もともとオーセンティックなバーにするよりも、地元で気さくに営業する方が性に合っているのだろう。今のスタイルで何の違和感もない。
少し前に『うちのマティーニはヒルトップより旨いと言ってくれるお客さんがいましてね』などという話になった。
マスターの自慢話ではなく、そのお客さんの素敵な酒の楽しみ方の話だったのだが、『ヒルトップより旨い』と言う言葉に反応してしまった。
『そんなに旨いマティーニを出すようになったのなら、お願いしようかな』と言うと、『以前飲んだときに今日のマティーニは美味しいと褒めてくれたじゃないですか』と切り返された。
かすかな記憶を辿ってみれば、そんなことがあった様な気がする。
久しぶりに頼んだマティーニが随分と美味しかったことがあった。
反則技のマティーニを飲む前までは頻繁に頼んでいたので、マスターは私が極端にドライなマティーニが好きではないのを知っている。
その時は久しぶりだったこともあるし、たまたまバッチリと好みに仕上がったのか、ぐらいにしか思っていなかった。
ところがもう一度飲んでみると、これがとにかく美味しい。
以前のマティーニはここまでのものではなかった。
聞いてみると、以前飲んでいたものとはいつしかレシピが変わっていた。
ジンの角が取れてふくらみがあり、ただ単に強いだけのカクテルではない。
私にとってのマティーニは、飲みにくいジンを如何に美味しく飲もうかというカクテルだ。だから極端なドライマティーニは好きではない。丸みが必要だと思っている。
そんな私の好みからすると、このマティーニは確かにヒルトップを超えている。
オーバー・ザ・ヒルトップだ。
もちろんこれは私の好みであって、違う感覚でマティーニを飲んでいる人もいる。
Rambleに来ると最初は必ずマティーニにする常連さんがいる。
この人に作るマティーニと私に作るマティーニではレシピが違う。
バーテンダーは客の好みをカクテルに写さなくてはいけない。
だからこの店のマティーニは最高だなどと単純なことは言えない。
このマティーニのことを冗談でオーバー・ザ・ヒルトップと呼んでいたが、いつからかトップ・オブ・マウンテンになり、今やチョモランマとなった。
隣で飲んでいた人がチョモランマって何ですかと聞くから、尋常じゃなく美味しいマティーニですと答えると、その人も次の一杯はチョモランマになる。
飲むたびに『美味しい』を連発するので、いつもはバーボンを飲んでいる人が私にも作ってもらおうかと言いはじめる。
結構注文が増えていそうだ。
最近は口開けにビール。次にチョモランマ。それからラフロイグ。
私は反則技のマティーニの呪縛から解放された。
幸せである。

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