以前レポートした押上の Spice Cafe に行った時、実はもう一件梯子したんです。
でもこちらは蕎麦屋。
既に名店の仲間入りしている、亀有の吟八亭やざ和。
押上でカレーを食べた後に向かったのは浅草。
創吉というプロ御用達のグラス屋さん。
銀座の名だたるバーのグラスも、この店から来たものが多い。
カクテルグラスやタンブラーなどが小さな店に並んでいる。
グラスにカットをつけるのも自分の店でする。
それから合羽橋へ行き、寸胴と濾し器を買う。
大きな鍋が並ぶ店内ではさほど大きく見えなかった15リットルの寸胴は、家のキッチンに並べるとかなり巨大でした。
家に帰ってから、『片付ける場所がないのに、またこんなもの買ってきて』とカミに思いっきり呆れた顔をされてしまった。
それから亀有へ。
浅草と合羽橋で適度な散歩をしたので、吟八亭やざ和の開店時間である5時になるとお腹がすいてきた。

久しぶりに訪れた店先は相変わらず個性的。
この店は十数年前に石臼挽き手打ち蕎麦の店として開店した。その開店当初は暇だったらしい。
以前亀有に住んでいたと言う蕎麦好きの友人は、この変わった店構えの蕎麦屋が出来たときからの常連。開店して直ぐにこの店の蕎麦の虜になった。
ところが客の入りは悪く、現在の名店の誉れ高い店とはまるで別のようだったと言う。
どの店も一日にして名店となった訳ではないのですね。
店主は脱サラして蕎麦屋を始めた。
当初は機械打ちの普通の街の蕎麦屋で、出前もしていたと聞く。
それが柏の名店『竹やぶ』の蕎麦に出会って本物の手打ち蕎麦に惚れ込み、そのまま竹やぶの阿部氏に弟子入りする。
柏の
竹やぶの阿部氏は、達磨の高橋氏とともに名人と呼ばれる。
ただ少々変わった御仁で、それは店の造りにも現れている。しかし打つ蕎麦は美味しい。
阿部氏が最初に修行した店は藪御三家の一つ、
池之端藪蕎麦。しかし池之端での修行期間は短く、22歳の時には柏駅前で蕎麦屋を始めている。ただの街の蕎麦屋だったが、紆余曲折があり試行錯誤の後に手打ち蕎麦屋として名を成すようになった。
だから竹やぶは藪蕎麦出身であっても、蕎麦自体は藪系ではない。
蕎麦もツユも藪系とは違う。


その竹やぶの蕎麦に惚れ込み修行したやざ和の店主は、やはり石臼で挽いた美味しい蕎麦を出すが酒の肴がまた旨い。
玉子焼きは出汁が効いている厚焼きだが砂糖などを使った甘いものではなく、下ろし醤油でさっぱりと食べるもので酒飲みには嬉しい。
にしんは身欠きにしんをじっくりと炊き上げたもので、こちらは優しくふくらみのある甘露煮。
他にも板わさや鴨焼きなどもある。とうふは自家製だと聞いたが、まだ試したことがない。
これらのツマミで酒を飲みながら、ぼんやりと外を眺めるのがいい。
入り口は1階だが、店自体は2階にある。大きな窓からは外が見下ろせ、店の前の交差点に何の気なしに目を落としていると時間がゆるりと過ぎていく。
20食限定の田舎せいろは、よくある太打ち蕎麦ではない。
あくまでも細打ちで喉越しはいいが、蕎麦がヘタってくるこの時期にしても香りがいい。
噛みしめる必要など全くないのだが、敢えて噛んでみれば見た目通り甘皮も挽いた蕎麦であることが実感できる。
器が焼き物というのも珍しい。
『田舎せいろ』なのだから、普通はザルやセイロに乗ってくるものだ。
このへんが竹やぶに惚れ込んだ店主の個性的なところなのだろうが、陶器に蕎麦を盛って出すというのは自信がなければ出来るもんじゃない。
水切れが悪いと、器が水浸しになってしまうからだ。
きっちりと水切りし、かつ蕎麦が乾かないように上手に面水(つらみず)が当たった蕎麦でないと出せない。
当然、食べ終わった後に器に水が溜まっていたなんてことはなかった。
これだけでも店主の力量が分かるというもの。
せいろは笊に盛って出されます。
本当は太打ちと細打ちのが一緒に出てくる夫婦そばを頼もうとしたのだが、昼だけで太打ちが終わってしまったという。
量は少なそうに見えるが、見た目から感じるよりもシッカリと量がある。
蕎麦粉を選び、石臼で挽く。釜で茹でる具合も、水切りも文句なし。
何より細打ちで腰が立っており喉越しがよい。香りもいい。
そして蕎麦ツユは辛口でキリリとしている。
850円という値段は決して高くない。
蕎麦を出すときに店主が『うちのツユは辛めだから』と、ことわりを入れていた。
蕎麦をどっぷりと浸してしまうと確かに辛い。しかしチョロリとつけるだけで蕎麦を啜り込むと、蕎麦の甘さを引き出すような加減なのだ。だから一瞬甘めなのかと錯覚してしまう。
ツユだけをとれば、新小岩の
旭庵のツユのほうが『旨いツユ』なのかもしれない。
でも蕎麦を食べるためのツユなのだから、その店の蕎麦にあったツユであれば好いわけだ。
この店の蕎麦の良さを活かす、この店の蕎麦にあったツユです。
寄り道をしていたとは言え、カレーを食べた後なのに田舎1枚、せいろ2枚を食べてしまった。
旨い蕎麦屋で気の合う仲間と過ごすというのは、贅沢な時間の使い方だ。

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