カレー好きだから、カレーの本が出ると一応チェックします。
本屋に行く料理本コーナーにへばりついてカレー関係の知らない本がないか探してます。見たことのない本は必ず手に取る。
そしていつも思うことは、もう少し丁寧な本とか奥深い本がないものかということ。
料理好きな主婦が、家カレーのバリエーションを広げてみたいという気持ちで手に取るような本はたくさんあります。
市販のカレールーを使いながら、いつもとは少し違うカレーを作ってみたい。そんなときのちょっとしたアイデアが書いてある本は、こんな組合せがあるのかと読んでいて楽しい。
料理初心者向けに書かれた本は、タマネギの切り方から書いてあったりする。それはそれで、たまにしか料理をしない男の人にとっても優しく書いてあるのでいい。
だいたいの本がカレーの基本と思われることにサラリと触れて、簡単な調理法が載せている。そしていろんなレシピ。本の後半には、スパイスから作る『本格カレー』なるものの作り方を書いている。
でも意外に中途半端だと思うんです。
要するにオレンジページとかレタスクラブに載っている料理解説と目新しいレシピ以外のものがない。満足のいく本格カレーは実際にはなかなか作れない。
手軽に出来るいつもとちょっと違う料理の本自体を否定しているのではありません。最初に書いたとおり、それはそれで発想とか調理方法とかが読んでて楽しい。
でも初心者向けの本を片手に実際に初心者が作って上手くいくのか疑問だし、本格カレーの項目に入ると途端に手薄になる。
初心者向けの本で常に感じるのは、本当に読み手のことを思って書いているのかということ。
例えば初心者にとってタマネギを飴色になるまで炒めるのは難しい。
『鍋に大さじ2杯のサラダ油をひいて、微塵切りのタマネギを弱火で炒める。最初は水分が飛ぶまで強火にし、徐々に弱火にするのがコツ。焦がさないように気をつけてください。』
こんな説明が多いですよね。
でもこの説明で飴色タマネギが初心者に出来ると思いますか?
狐色にすることは出来ますが、飴色はまず出来ない。
火を弱くする実際のタイミングが分からないし、炒め上げた茶色と焦げた茶色の違いを知らない。途中から加速度的に色が変化していくことも知らない。鍋底に焦げが付き始めるとどうして良いか分からなくなる。
自分の経験からしても、途中で止めてしまうか、焦がしてしまうのがオチです。
だって初心者なんですもの。
何で段階的に写真を載せてくれないんだろう。
鍋の中と火加減の写真。
もちろん火力の違いなどがあって、写真があれば上手くいくというものではない。でも初心者にとっては大きな目安になる。
出来上がりの写真だけ載せても、初心者にはその通りできないんですよ。
本格カレーの説明も、『カレーを作っていくと、更に奥深い世界があるんですよ』というお披露目の意味で書いてあるに過ぎない。
普通の日本人はスパイスの扱いに関しては素人です。いろんな料理が出来る主婦でも、スパイスに関してはたいがい初心者なんです。実際に本の通りに作ろうとしても、ちょっとしたことが分からない。だけどちょっとしたことだから、そのまま適当に通り過ぎてしまう。
でもそのちょっとした事が、味に大きく影響することがあるんです。
東京カリ〜番長の水野仁輔氏の最新カレー本『カレーの法則』。
氏の
ブログによればカレー文化を揺るがす金字塔。
早速読みました。
確かにこれまでの水野氏の本よりも丁寧に書いてある部分が多い。
カレー文化を揺るがすとは大袈裟すぎるけれど、水野氏の本の中では一番好きかな。
カレーの法則とは
(素材+だし)Xスパイス+隠し味=カレー
のこと。
この法則自体は、趣味でカレーを作っている人にとっては自然と頭の中に出来上がっているものだ。
でも頻繁に作るわけではない人にとっては、簡素化されたこの法則は、カレーを作るうえで役に立つと思う。それぞれの工程で何でこれをこういう風にするのだろうと疑問が涌いた時や、自分なりのアレンジを試みるときの大きな筋道になる。
飴色タマネギを重用しないのも好印象。
飴色タマネギはカレー作りに欠かせないという神話は、嘘とは言わないけれど、不可欠なものじゃない。作りたいカレーによって色づく程度で良いときもあれば、じっくり炒めたものも使うことがあるということ。
調理途中の写真があるのも良い。
グリーンカレーペーストをフードプロセッサーにかける前と後とか、ドライカレーを作る工程の最後にオタマで取り除く油の量が見えるのは参考になるだろう。
自分なりのカレーを手作りしてみようかと思い立った人にとっては、今までの本よりはずいぶんと読み手に優しく書いてある。
それでも不満は感じてしまう。
最後の章は全てをスパイスから作る本格カレーの章なのだが、やはりここで足りないものを感じる。そんなものを作ろうとする人はマニアとかオタクなので、初心者とは違った迷いを持つものだ。
例えばカソリメティというスパイスを使った、トマトのバタークリームカレーのレシピ。
家にカソリメティなんかがある人は少ないでしょう。そんなものを持っている人は使い方を熟知していて本など必要ないか、カレー作りにハマっているけれど今ひとつ使い方がわからない人だ。
だから今ひとつ使い方が分からない人向けに説明をして欲しいと思うのですよ。


家にあるものの写真なのですが、左はフェヌグリークというマメ科のスパイス。メティシードとも言う。この香りはいかにもカレー粉を彷彿とさせる香りです。硬いスパイスですが、熱を加えるとなんとも甘い豊かな香りがしてカレーの風味が増す。
野菜や豆を使うカレーに使うことが多い。
そのフェヌグリークの葉もまたスパイスとして用いられる。
左がそれで、カソリメティと呼ばれます。フェヌグリークよりも香りは穏やかだが、香ばしい感じのするスパイス。
一般的にマイルドなカレーには欠かせないスパイス。
両方とも通常は省略されることが多いスパイスですが、加えるとカレーの香りに深みが出て良いものです。しかしこれらを使うレシピを載せるのであれば、そんなレアなスパイスを使う人向けの注意やアドバイスを書いて欲しいと思う。
カソリメティを使うと香りは良いのだが、葉の葉脈のような茎の部分が口に触る。作ったほうはカレーマニアだから気にならないどころか正に現地風で良いと思っているのだが、作ったものを食べさせられるマニアでない家族にとっては不快に感じる場合が多い。
扱い方を知らないとこれが悩みになる。


そんな時はカソリメティを掌で挟んで揉みながらこするんです。
何度か繰り返してフルイにかけると、左の葉の部分と右の葉脈みたいな茎に分かれる。この葉の部分だけを使えば良いわけです。
本格カレーを作るという他の本の中でも、この手の話しのようなものを書いているものは思い浮かばない。多分実際にカソリメティを使って料理する読者なんか極小数。その少数の読者のうち、口当たりを気にしている人なんか更に少ない。だから、そこまで言及する必要はないということなんでしょう。
まぁカソリメティの扱い方なんていうのは一つの例ですが、実用書としての、読み手の迷いを想像して痒いところに手が届くような本が見つからないというのは本当だ。
和食では
分とく山の総料理長である野崎洋光氏の書いた『美味しい方程式』シリーズという名著がある。
普段作っている家庭料理をもっと美味しくならないかと思っている主婦にも、たまに作る男の料理を本格的にしたいと思っている人にも、もう一度原点に戻ろうとしているマニアにも、それぞれのレベルで読み応えのある本だ。
カレーの法則という本の名前を見たときに頭に浮かんだのは野崎氏のこの本。
豚肉、鶏肉、牛肉、それぞれに相性の良いスパイスの組合せがある。
魚でも白身と赤身で組合せが違うだろう。そんなスパイスの法則。
タマネギの微塵切りの大きさと炒め具合のマトリックスと食材の組合せの法則。
ベースに使うトマトとヨーグルトの分量比率の法則。
本の名前を見た時には、こんなことが書いてあるのかとワクワクした。
実際はそういう本ではなく、入門書に近い。
それでもこの本を読めば、市販のルーカレーを使うだけじゃなく、手を加えてくれる人が増えるだろう。
日本人の好きなカレーは何も純インド料理である必要はない。
日本人向けインド料理ではなく、日本人が日本の米で食べて美味しいと思う『カレー』料理として発展していけば良いと思う。
イギリス式のカレーは明治からあるが、新宿中村屋の喫茶部でインドカレーを出すようになって80年弱。湯島のデリーが出来てまだ50年。家庭料理として広まったカレーが、専門店によって多様化したのはもっと新しい。
フランス料理や日本料理と比べると歴史も経験も浅い。
体系化するようなものじゃないかもしれないけど、これだけ親しまれているカレーは素晴らしい。皆が好きなのに歴史が浅いということは、誰でもマイスターになれる可能性があるということだ。
ただのレシピ本ばかりじゃ詰まらない。
カレーの法則に『タマネギの炒め方、切り方』と言う2ページがあるのだが、もっと言いたいことがあったはずだと思うし、いくらでも膨らむ題材だとも思う。
2ページしかないのは、編集の都合とか色々あるのでしょうね。
レシピよりもそんなことが知りたい私は少数派だろうけど、似たような人は必ずやいるはず。
専門店の調理過程が写真付きで載っている本も多々あるけれど、実際に同じように作っても似たような味にはならない。肝心なところが、分からないようにぼかしてあるからだ。
実際に作ってみるとそれが分かるということは、そういう本を作った人は実際にそのカレーを作ろうとしていないということか。
料理研究家や東京カリ〜番長の本は、書いている人が作っているからそんなことはない。
でも、やはり、入門書ばかりではつまらない。
痒いところに手が届く『本格カレーの実用書』が出てくるのを首を長くして待っています。

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