この数日でめっきり秋めいてきましたね。
夕方になると急に虫の声が聞こえるようになって来た。
秋刀魚は安くなり始めてるし、松茸の値も下がってきた。
キノコが美味しくなり始めると、名残の鱧が食べたくなる。
昔から梅雨の水を飲んだ鱧は旨くなると言う。
梅雨明けから美味しくなり、夏を経て秋になると姿を消す。
その最後の時季の鱧を名残の鱧と言い、出始めより香を増した松茸との組合せは秋の味覚の華だ。
神保町にいるときに鱧が食べたくなったので松翁に行った。

神保町と水道橋のちょうど中間ぐらい。
白山通りの二つ裏手に松翁はある。
場所は分かり難いので、はじめて行く人は大概迷う。
こじんまりとした店構えは、この店が蕎麦好きに名を馳せた名店だとは感じさせない。
でも出てくる蕎麦と天ぷらは旨いんです。
それに良い酒が置いてある。
土曜日は4時まで中休み無しなので、神保町での本屋巡りの帰りに寄るのに丁度良い。
昼下がりに松翁に寄って、買った本をめくりながら飲む日本酒は旨い。
蕎麦屋の定番の酒のツマミで四季桜や神亀、吉田蔵なんかを飲みながらユルリとした時間を過ごす。
もうね、なんとも言えないですよ。
この松翁ではその季節ごとの天ざるが楽しめる。
旨いのは旨いが、そのぶん値も張る。
松茸天ざる、鱧天ざるともに2300円。
ただのざるでも900円。
普段使いの蕎麦屋の値段ではない。
だけど、たまに神保町界隈に出かけたときに旨い蕎麦が食べたければ是非立寄るべきだ。
鱧天ざるを頼みました。
蕎麦は生粉打ちの十割蕎麦。
極細ではないが、腰が立っていて良く締まっている。
ツユは濃いのと淡いのとを選ぶ。
更科系の蕎麦ではないので、私はいつも濃いツユで頂く。
この店の特徴は天ぷらを一品ずつ、揚げたそばから持ってくること。
写真にある天ぷらは初めの鱧。
鱧の天ぷらがこれだけで2300円じゃ、さすがに高すぎる。
このほかに野菜が出てきて、最後にまた鱧。


店内の光源の関係で写真が暗いですが、左から鱧の天ぷらを二つに割ったもの、伏見甘唐辛子、トウモロコシのかき揚げ。
鱧と言う魚は白身の美味しさと言うものを実感できますね。
最近は脂の乗りの良い魚ばかりが持て囃されます。
さもなければDHAの健康パワーに着目した青魚。
でも白身魚の仄かな香りと甘みを楽しむのは、日本人に生まれた特権のようなもの。
肉の旨味にはない、サッパリとしたなんとも言えない旨さです。
この店の天ぷらは揚がる度に持ってくるものだから時間がかかる。
海老や穴子を頼むと、活けをさばくところから始めるのでもっと待たされる。
忙しいときに立ち寄り、蕎麦をすすって風の如く立ち去る蕎麦屋じゃない。
でも余裕を持って楽しもうとすれば、こんなに良い蕎麦屋はないんです。
スダチをサッと絞って食べる天ぷらには天ツユなんかいらない。
日本酒が欲しい。
突き出しの蕎麦味噌は柚の良い香りがするし、煮凝りや芋煮などを頼んでもはずしたことがない。
蕎麦を食いに行くというよりも酒を飲みに行くようなものかも知れない。
最近の高い蕎麦屋は蕎麦粉にこだわるあまり、量が少ないところが多い。
松翁だって、その日に使う分だけ電動の石臼で挽いていたり、産地にこだわったりしている。
しかし、量もキチンと出してくれるのです。
田舎と並蕎麦の合盛りを頼むと変化があって楽しい。
ただ最後の方が乾いた感じになってしまう事があるので、あまりゆっくりと楽しむのは禁物。
更に変り蕎麦も毎日出している。
茶切り、柚切り、胡麻切りなんかは他の店でもお目にかかるが、檸檬切りやペパーミント切りにいたっては他で出しているところを知らない。
他にも出している蕎麦屋はあるのだろうか。
ただ私が行くときにはだいたい定番の変り蕎麦なので、いまだに食べたことがない。
冷たい蕎麦でも変ったものがある。
じゅん菜そばとか、温たま納豆そば。
この店はおかしなモノは出さないだろうと信用しているから、一度頼んでみようと思っている。
次から次へと客をさばく薄利多売ではない。
値は張るけれどボッタクリでもない。
材料を吟味し、手をかける。
ワサビの色を見て欲しい。
一目で良いものに違いないと思えるそのワサビは伊豆天城からの直送だ。
注文ごとに天種をさばくだけじゃなく、揚げ上がりの味が落ちないうちに客席に持ってくる。
その代わり相応の値段を頂く。
その値段が客も相応だと思っているから長年続いている。
もっと旨い天ぷらを出す店も、更にこだわった蕎麦を出す店もある。
でもこの店に流れている時間は松翁独特で、他の店では浸ることが出来ない時間なのです。

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