銀座をふらついているときに、あるアイスコーヒーを思い出した。
深煎りの豆で淹れたコーヒーは、冷やしてあっても香り高く味に深みがある。
そしてアイスコーヒーに付きものの氷もコーヒーで出来ている。
だから時間がたって氷が溶けてきても、アイスコーヒーは薄くならない。
はじめて見た時は、こりゃ発明だと思った。
その店は銀座にあって、平日は午前10時から翌朝4時半まで開いている。
食べ物のメニューは、昼間よりも深夜の方が充実している。
いかにも銀座で働く人のための店なのだけれど、銀座に遊びに来た人にだって好い店だ。
お分かりの方も多いでしょうが、
銀座7丁目花椿通りの椿屋珈琲店です。
氷がコーヒーで出来ているのがわかりますか?
スタバやドトールが定着した今となっては、これだけで980円も取られるのは高い。
それなのになんだか好きなんですよね。
席が広いし、ゆっくりできるのがいい。
店内は大正ロマンをムチャクチャ意識したつくりで、ちょっとやり過ぎかとも思う。
でも大きな柱時計があったり、クラシックな感じの照明や東郷青児の絵があって静かで落ちつく。
開店してまだ10年ぐらいだから老舗でもなんでもない。
母体は新興市場に上場している会社。
雰囲気や仕掛けなんかは狙い通りというところなのでしょうね。
それでも居心地が良ければ、客としては何の問題もない。
銀座をふらついているときに休みたくなると、この店を使うことが多い。
人がいっぱいで騒がしい場所は嫌だし、休みたいのだからユッタリできるところが欲しい。
そんなときに丁度良い場所です。
この日は昼過ぎに銀座に出てふらふらした。
銀座人形館で好きな作家のビスクドールを見る。
ここに寄ると、欲しいものが出てきて困る。
人形というものはそれぞれ表情があって、見ていて飽きない。
同じ型から作ったものでも、一体一体放つ輝きが違う。
試作品を見て一目惚れした人形がやっと出来上がったと連絡を頂いたので、完成品を見に行った。
作品が仕上がったら一番に教えて欲しいとお願いしたのはもう3年以上も前だ。
随分と時間をかけられた人形だが、残念ながら一瞬にして私を惹きこんだ魅力と何処かが違う。
作家さんは磨きに磨いて創り上げたことは疑いようもないのだが、心の中にすんなりと入ってこない。
随分と迷ったが、今回は見送ることにした。
しばしオーナーと人形の話などして過ごし、銀座中央通りを渡って椿屋珈琲店へ。
そこで先程のアイス珈琲で一息ついた。
珈琲店を出てからは、日差しを避けながらまたふらふら。
明るいうちからちょっと飲みたいと思ったときは蕎麦屋に入るのも良いのだが、腰を落ち着けて飲んでしまいそうになるのが怖い。
そんなときには
福光屋に行く。
椿屋珈琲店を出て1つ裏手の西五番街通りを4丁目に向かっていくと、日本酒を売っている店がある。
酒屋とは少し違う明るい雰囲気の店は、金沢の酒蔵のアンテナショップだ。
黒帯、加賀鳶、福正宗などを作っている酒蔵なので、それらが店内においてある。
福光屋が選んだ酒肴も売っている。

この店内にバーカウンターがある。
ここで福光屋の酒が昼間から飲めるのだ。
本来はテイスティングをする場所なのかもしれないが、私はもっぱら日本酒バーとして利用している。
常時30種近い自分の蔵の酒が置いてある。
それが香り高いタイプ、香り高く重厚なタイプ、コクがあるタイプに分類されている。
それぞれのタイプで、さらに違った酒がある。
熟成酒も置いていて、5年、10年、さらに30年を超えるものも出してくれる。
一合ではなくワングラスで出てくる。
だからその日の気分によって、酒が選べて楽しい。
難点と言えば、若い従業員達のなかに日本酒についての商品知識がほとんどない者がいることか。
まぁ全ての従業員が古株と言うこともない訳だから、はじめのうちは仕方がない。
でも酒蔵のアンテナショップなのだから、可及的速やかに叩き上げたほうが良いと思うよ。
甘海老の粕漬け、蛸のワサビ漬け、塩辛。
どれも非常に上品に仕上げた酒肴。
居酒屋レベルのものではなく、料亭や割烹で出てくるような酒肴だ。
ここまで上品でなくても良いと思うが、これはこれで酒が美味しく飲めるのだ。
これを肴に福正宗の参年酒を飲む。
厚みが感じられて芯の通った美味しい酒だった。
フルーティな香りこそが大吟醸の身上と言うような酒が数年前に流行ったが、私はあまり好きじゃない。
香りばかりが立っていて、料理どころかツマミすら邪魔になる。
白身魚の刺身と日本酒の組合せは世界に誇れる文化だと思うのだが、香りプンプンの大吟醸と一緒になると刺身がちっとも美味しくない。
お互いを引き立てることがない。
福正宗の参年酒は不自然な強い香りはなく、塩辛や粕漬けの風味を殺すことなく楽しめた。
この店には究極のおむすびと言うのがある。
2階に不老庵という料理屋があって、これも福光屋が関係しているのだが、そこで握ったおむすびなのだそうだ。
冷や飯と冷酒と言うのは昔から相性が良いと言われるし、枡酒を塩で飲むのは呑み助の常道だ。
だから店が『飯と塩こそ最高の酒のアテ』と言うのは分かる。
酒呑みからすれば、むしろ常識と言うところでしょうかね。
でもねぇ、たかがおむすびで3000円。
完全予約制の不老庵の昼飯は、飲み物、税、サービス料込みで1万円。
それと比べても随分と高いおむすびです。
高麗橋の吉兆で修行した料理長自らが握ると言っても、なんだかなぁと言う感じ。
不老庵自体の経営やプロデューサーに何故か胡散臭さを感じてしまうからか。
このへんの話になると、銀ブラからとんでもない方向にずれていく。
私が物を知らないだけで、大恥をかくなんてことになりそうなので止めときましょうか。
経営やプロデューサーは置いといて、料理人に腕があり料理が美味しければそれなりの対価はキチンと払う。
松翁の季節の天ざるとたいして値が違うわけでもない。
たこの桜煮や穴子の白焼きを具としたおむすびなのだそうだが、近いうちに頼んでしまうような気がしている。
はっきり言って、どんなものが出てくるのかと言う興味だけです。
でも本当に旨い米をきちんと炊いて、良い素材に手間をかけた具を優しく握り込んであったら嬉しいだろうな。
そのおむすびを頬張り、旨い酒を飲む。
程よく炙った海苔の良い香り。
指についたピカピカで粒の立った米をねぶる。
そしてまた冷えた旨い酒。
そんな昼下がりを週末に過ごせたら堪らんなぁ。
3000円は高いけど・・・
もしも、もしもですよ。
『こりゃ、3000円払ってでも一度は食べてみる価値がある』なんて思えたらスゴイですよね。
そんなおむすびって、どんなものだか想像がつかないけど・・・
頼んじゃおうかなぁ。
そんなことを考えているうちに程よく酒が回ってきた。
外を見ると既に夕暮れ時になっていた。
人形屋、珈琲屋、酒屋をふらふらと回っただけだが、結構充実した一日でした。

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